唐桃

PREV | NEXT | INDEX

煌光

 それは光の中から現れ出で、たちまちの内に部屋一杯に広がった。部屋から溢れ出す気は何ものをも寄せ付けず、皇帝だけが部屋の中でそれと向かい合っていた。
「お前は一体……。だが、この気はユアンと同じ……」
 ミトスは激しい痛みとともに光に呑み込まれようとしている利き腕を抑えた。
「ミトス、わからないか」
「ユアン、いや、違う。お前があのとき私に答えてくれた者なのか。お前が実体だったのか」
 すべてを圧倒する青い光に包まれながら、竜は煌々と目を輝かせて皇帝を見つめる。
「そうだ。以前お前があの玉へ呼びかけていたとき、答えたのは私だ」
「そんな、今までどこにいた。なぜ、答えてくれなかった。あ……」
 皇帝は痛みに口をつぐんだ。
「ミトス、すまない。私の気に共鳴して、取り込まれそうになっているな」
 竜が辺りをも凍らせる冷たい息をミトスの利き腕に吹きかけると、ぎらぎらと光を放出していた剣は静まった。それにつれ、竜の実体が部屋の中で明らかになり、ミトスを巻き込もうとしていた光は弱まった。
「何をする気だ……」
 皇帝は氷よりも冷たくなった剣を振り落とそうとしたが、まるで体と一つになったかのようにふりほどけなかった。
「ミトス、お前は誓った。この地を、こ地国の民を幸せにするために剣を振るうと。だから、あのとき、お前が私を救ってくれたことに報いるため、私は差し出せる全てを剣に与えた」
「私の剣だ」
「だが、お前は誓いを破った。その剣でお前に信を置く者を貫いたとき、誓いは消え去った」
「ユアン、お前がクラトスを見ているからだ。だが、もうクラトスは生き返らないぞ」
 竜は血に濡れたクラトスの体とその横に倒れている皇帝の軍師へ一瞥をくれると首を振った。
「私はユアンではない。あれを愛していたのは私の器だ。私自身は大地に生きるものへこだわりはなかった。お前以外は」
 竜が悲しげに答えれば、ミトスの目ははっとしたように見開かれた。そのとたん、皇帝の手から、帝国のの象徴であり、力の源でもあった剣が滑り落ちた。床に辺り、響く高く澄んだ音に、クラトスの横に倒れていた軍師が身動きした。
「大地の主よ、何と呼んでいいのだろうか。竜よ。あの水晶球に中にいたのはあなただったのか」
「私はその昔、お前の祖先に器ごと閉じ込められたのだ。あの器は人間だった。だからこそ、球の結界を破ることが叶わなかった。お前が私を呼び出すまで」
「しかし、あのとき……。現れ出でたときは、あの者が、ユアンが私に話しかけたきたのだ」
「そうだ。器と私は長らく一緒だったからな。どちらがどちらかもうわからなくなるくらい長い間、あの球の中にいた。だから、お前の気が結界を越えて届いたときには驚いた」
「私が器……」
 竜の話が聞こえたのだろうか、クラトスの血にまみれた青く長い髪の軍師がぼうぜんとつぶやいた。
「そうだ。お前は私をこの地に結びつけるために私に捧げられた器だ。遥か昔、生贄として神殿に送られた。私の力に壊れない器が必要だと気づいた初代皇帝が己の息子を生贄にしたのだ。覚えていまい」
「ああ、……。そうだ。この王宮はどこか見たことがあると思っていた」
「この者は私の祖先なのか」
「そのとおりだ。人間に気の力が自由に操れる者は滅多に現れ出でない。それを知っていた初代皇帝は私を水晶球に収めることで、この地から私の力が去らないようにと謀ったのだ。あの頃、久しくこの地から離れていた私はお前達人間に興味がもった。よく空からお前達の営みを見ていたものだ。ある日、この地から私をはっきりと呼ぶ声がした。天空から降りると強大な気の持ち主が神殿にいた。それが、初代皇帝だ」
 竜は懐かしそうに語った。
「会ったとたんに分かったよ。皇帝は、私でさえ覚えの無い黎明のときに、我々の血から分かれた者の末裔だ。私達はたちどころに共鳴した。初代皇帝の話はおもしろかった。その息子であり、器となったその者の気と私の気はまるで同じ血が流れているかのように同調した。
 だが、我々は天をつかさどる者。地に這うお前達と違い、神殿より外では、地上に長く留まれない。生贄に差し出されているとは気づかないで、そこの器と私は神殿でよく話をした。話に聞く地上の生活をより近くで見たくなった。
 ある日、もっと長く地上にいたいなら、気を融合すればいいと皇帝に囁かれた。ひどく、簡単なことに思えた。皇子ももちろん気軽に頷いた。ほんのお遊びと互いに思っていたからな」
「そうだった。神殿で受け入れたのだ。体の中が熱くなり、頭の中にあなたの声が響いた」
 ゆらりと軍師が起き上がり、あたりを見回した。
「思い出したか。私の力はすべてお前の中に納まった。そのときだ。お前の父が私をお前ごと水晶球に閉じ込めたのだ。さすがに我らが末裔、その力を侮っていた。この姿のままであれば、血の薄まった子孫ごときにいいようにされないものを。生憎、器の力では結界を張られた水晶球から出る術がなかった」
「冷たく、透明で静かだった。あなたが絶望の叫びをあげるのが聞こえた。それから、ずっと眠っていたような気がする」
 夢を見ているように軍師は答え、だらりと手を床に落とした。そのとたん、横に倒れているクラトスに触れ、軍師ははっとしたように床に落ちているクラトスの体に縋り、その手を探りだし握った。
 ミトスは竜の話に首を振った。
「どうして、水晶球からお前達を呼び出したときに、器であるその男しか答えなかったのだ」
「この地の気を集めていた神殿はとうに崩壊した。今ある神殿はただの模倣だ。私が実体を結ぶためにはそれなりの気が必要だ。それが証拠に今、お前は動けまい。あのときは、この器を介してしか、お前に影響を与えずに話すことが適わなかった」
「クラトス、クラトス……。しっかりしてくれ」
 皇帝の横で、ようやく正体の分かった軍師の悲痛な叫びがあがった。
「水晶球で答えてくれたのは、あの器ではなかったのか」
「あれはずっと眠らせていた。我らが末裔とは言えども、代を重ねて血は薄まりただの人間も同然だ。私とて寿命を伸ばすにも限界があった。そうだ、あなたに答えたのは私だよ」
「答えてくれたはずのお前を私はずっと求めていた。よくやく目の前にできたというのに、お前は、……。今、お前はこの地を見捨てようと、私を見捨てようとしているのだな」
「ミトス、あなたは変わった」
「お前が変えたんだ。ユアン、お前は私に力しか与えなかった」
「ミトス、間違えるな。私はユアンではない。あの器ではない。私は忘れない。あなたが私に与えてくれた希望を。もう誰にも呼びかけられないと絶望していた私に幼いあなたが話しかけてくれた。このまま石の中で凍り付こうとしていた私をあなたが目覚めさせてくれたのだ。
 こっそりと私を訪ねてきてくれるあなたが待ち遠しかった。私のために一生懸命に様々な話をしてくれるあなたが好きだった。今なら言える。とうとう、成長したあなたの呼び声が永遠の牢獄であったはずの水晶球から私を救いだしてくれたとき、私はあなたに持っている全てを与えた。だから、あの透明な球の中からは伝えられなかった私のあなたへの想いも力も、全てが剣のへと吸い込まれ、あなたの誓いで封印された」
 竜は悲しげに首を振り、ミトスの方へと身を寄せた。皇帝は足元でクラトスをかきいだく寵臣をうつろに眺めていた。
「もう、いいだろう。ミトス。これがあなたが得た結末だ。これ以上、あなたの望むことの手助けはできない。それに、私はこの地に長くいすぎた。もう、帰らねばならない」
「ああ、私が望んでいたのは、お前と共にあることだったのに」
 皇帝はゆるゆると幼児のように首を振った。その様を見ながら、竜は再び強く光を放ち始めた。その光に腕を挙げて目を覆った皇帝へと、竜は凍る息をはきかけ、その冷たさにミトスは体を震わせた。すぐさま、今度は皇帝の体の中から青い光がこぼれ始めた。
 横で軍師がクラトスに重なるように倒れた。
「何をする。私の体が……」
「私は知っている。マーテルに刺客を差し向けられたことを誰が黙っていたか」
「お前は私にだけ振りむかなった。私を差し置いて、マーテルを選んだ。クラトスを選んだ」
「ミトス、まだわからないのか。あれは私を人間の形に留めるためのただの器だ。本来の私はずっとあなたと共にあったのだ」
「ああ、私は何ということを……。そうだ。ずっと、共にあったのに。なぜ、分からなかったのだ。なぜ、私は分かろうとしなかった」
「私が去るとき、あなたも、あの器も、全て消える。共にこの国も」
 すでに揺らぎ始め、光に呑み込まれようとする皇帝が最後の力を振り絞って、自らの根源ともいうべき竜へ話しかけた。
「ユアン、いや、大地の主よ。待ってくれ。今も私のことをわずかでも想う気持ちがあるなら頼む。この国の民は許してやってくれ。彼らに罪はない。私もこの王宮も消えても、それだけは……」
 光は急速にその輝きを増し、部屋の中のあらゆる物はその渦へと巻き込まれていった。
「ミトス、永遠に一緒だ」
PREV | NEXT | INDEX
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送