唐桃

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結の歌

 見るも眩しい輝きの中に溶け込みながら、竜は青い光を放ち崩れ落ちる皇帝の体をそれは優しく抱きかかえました。そして、滝のように落ちる雨と激しい稲光の中、外へと飛び出し、天に向ってあがっていくではありませんか。
 慌てて皇帝を取り戻そうと矢を番える警備の兵士達に向かい、まるで天が遮るかのように雷が落ちてきました。その光に目を眩まされた兵士達の上を、竜は名残惜しそうに数回旋回した後、光の矢となり、真っ直ぐ西へと消えたのでした。
 あたり一杯に大音響が鳴り響き、一面真っ暗闇に覆われました。
 ようやっと、今でにない天変地異が静まり、周りで倒れ伏していた者達が目を覚ませば、皇帝の愛用していた剣が雷に打たれでもしたかのように折れ曲がって落ちている以外、そこには何もありませんでした。皇帝の刃に貫かれた若い将軍も、見るも無残な姿の軍師も、正気を失った皇帝も忽然と虚空に消え、決して見つかりませんでした。
 まだ明けやらぬ空を青い巨大な竜が小さな金色の輝きと共に西へ行くのを見たという人がわずかながらにいるだけでした。
 帝国は皇帝なき後、急速にその力を失い、ついには将軍達の争いの果てに小国へと分かれ、二度とあの栄華がよみがえることはありませんでした。
 今は名も忘れられた国のそれは遠い遠い昔のできごと。



 静まり返った村人達に深く礼をすると、盲いた楽人はゆっくりと琴をしまい、背中にかけて立ち上がった。若くも年老いても見えるその美しい面は何の表情も浮かべず、杖にすがり、呼ばれているかのようにいきなり西へと歩き出す。
 我にかえった村人が何がしかの礼をと追いかけると、村はずれに楽人の連れだろうか、背の高い男が待っていた。
「そこの方、お待ちください。どうぞ、お礼を」
「西はしばらく村もありますまい。どうぞ、今宵の宿を」
 口々に声をかける村人達へ、この辺りには珍しい整った面をした赤い髪の男が頭を下げた。
「気遣いはありがたいが、先を急ぐのでな」
「あちらに、我々を待たれている方々がいるのですよ」
 かすかに微笑んだ楽人も連れの言葉に頷きながら、独り言のようにつぶやく。
 護衛であろう男が楽人の手を貴人に対するごとく恭しげにとれば、二人はそのまま日が落ちる彼方へと真っ直ぐ歩き始めた。
 白雲のごとく今が盛りと咲き誇る唐桃に覆われた丘の端を越える二人を残照が照らし、楽人の長く青い髪がきらりと輝いた。
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