唐桃

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宣下

 その命が下された日、軍師は南方方面軍の将軍達と共に要所の視察で王都を離れていた。だから、皇帝がこの一月、唯一人で秘かに練り上げた人事に異を唱える者はいなかった。
 筆頭書記官にして宰相補佐のゼロス・ワイルダーが王都警備隊の重要性を訴えたが、後任にフォシテスの下で副官を務めるボータが押されれば、否とは言えなかった。リーガル大将軍も軍の配備が想定したものとは異なったことに戸惑いを隠さなかったが、皇帝が若き将への期待を述べれば、こちらも強く反対をする理由を見つけられなかった。
 直々に指名されたクラトスは、その与えられた名前の大きさと責務の難しさに驚きはしたが、もちろん、皇帝から親しく声をかけられれば、平伏してその命を受けた。脇に控える年老いた将軍達からも若すぎるとの声も上がったが、皇帝がクラトス・アウリオン准将の近々の手柄をあげれば、それ以上の意見は出されなかった。
 予想していたとは異なる軍の配備は、その勝敗によっては国庫に多大な影響を及ぼす。困惑が隠せないゼロスは、御前会議が終わるや、リーガルに事情をたずねようと、大将軍の執務室を訪れた。
「おっさん、あれは一体なんだ」
「ゼロスか。そんな大声で叫ぶな。私も驚いている」
「あいつの有能さは認めるが、それも平時っていうか、秩序ってやつを作るときの場合だ。あんたの下で前線の経験を積んでるならまだしも、何も知らないひよっこのままだぜ。いきなりはないんじゃないか」
「お前の言うとおりだ。陛下はユアン様ときちんと話し合われたのだろうか。どうも、先週、軍師様と話し合った結果と変わっていて、何を申し上げてよいのか、正直悩んでいる」
「俺様としては、いきなりの膨大な出費に頭が痛い。それも、あんたに戦の勝敗をかけるならいいんだが、今度の賭けはでかすぎる」
「そうなのだ。西の街道をまとめたクラトスの手腕は素晴らしいものだ。それが合っての進軍なのだが、肝心のクラトスを前面に出されてはな」
「ひょっとして、陛下……」
「何だ」
「いやはや、まさかこんな大事なことで、陛下が私情を挟まれるなんてことはないよな」
「軍師様のことか」
「あんたもようやく分かってきたみたいだな」
「だが、あの方がお仕事を疎かにされているわけでもないし、もちろん、クラトスの仕事ぶりは素晴らしい。二人が、あの、えっと、親しくしているからといって、陛下が気にされるようなことは……」
「おっさん、恋人同士だって言ってやりなよ。最近、ユアン様はさして隠されていないぜ。それより、アリシアちゃんから聞いていないの」
「何をだ」
「いや、おっさん、陛下はあの二人の仕事ぶりには文句は言わない。っていうか、文句言えないぜ。あれにけちつけたら、あんたはともかく、他の将軍達が真っ青だ。それより、……。俺様の気のせいかな。なあ、陛下も軍師様をクラトスと同じような目線で見ているような……」
「ゼロス、一体何を言い出すのだ。ユアン様はマーテル様の夫君だったのだぞ」
「ま、あんたに相談しても、わかってもらえそうもないな」
「わかった。わかった。アリシアにその……、ありえないとは思うが、……。その辺りは聞いてみよう」
「おっさん、頼んだぜ。さてと、おおがかりな人の移動だからな。親衛隊から相当人を動かすことになる。金庫が心配だから、フォシテスにもちょいと話をつけておくか」
「ボータを出すとなると、王宮親衛隊にも誰か代わりになる者を宛がわないといけない。近衛師団は陛下のおつもりでは街道を王都警備隊と共に預かることになりそうだから、やはり、南方面軍の縮小しかないだろうな」
「そうそう。俺様なんて親衛隊にどう」
「ゼロス、お前は残念ながら、文官だ。だが、お前こそ、私情を挟んでいるのではないか」
「ありゃ、おっさんもご存知でしたか」
「ユアン様がアリシアに零されたそうだ」
「油断ならないな。おっさんの情報網も近頃はなかなかだな」
「馬鹿をいうな。とりあえず、親衛隊内部での昇進については、フォシテスと話す必要がある。すまないが、お前の話が済んだら、こちらに来るように伝えてくれ」
「了解。アリシアちゃんによく話を聞いといて。とりあえず、軍師様には借りがあるから、早馬出しておくか」
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