唐桃

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噂話

「ユアン様のことか。クラトス、お前も話には聞いているだろう。亡くなられたマーテル様の夫君だ。陛下の信頼も篤い軍師様だ」
 こちらに来てから懇意にしており、上司でもある親衛隊長のフォシテス少将に尋ねた。隻眼のフォシテス将軍は、名門の出ではないが、その勇猛さと武官にしては並外れた行政力をかわれて、親衛隊の長を何年も務めている。王宮のことは何でも知っていた。
「我々も滅多に会うことはない。マーテル様がご存命の頃は、月に二度の御前会議には宰相や大将軍と共に皇帝のお側に控えられていたのだが、ここ数年はとんとお姿を見ることが減った。マーテル様を失われて、陛下も大変嘆かれたのだが、ユアン様もいたく力を落とされて、しばらくは後宮のお部屋から一歩もお出にならなかったそうだ」
 クラトスは彼を虜にしたあの美しく、だが、悲しみに縁取られた青い目を思い起こした。
「そういえば、お辛そうな顔をされていました」
「そうか、マーテル様とは大変仲睦まじく過ごされていらっしゃたからな。しかし、クラトス、どこでご尊顔を拝見したのだ」
「先日、書庫へ書類を取りに行こうしましたら、中からお一人で出てこられました」
「それは珍しい。そうか、近頃は後宮からもお出になられるようになったのだな。最近まで、ユアン様は後宮からこちらにはほとんど出て来られなかった。陛下もそれは心配されて後宮に留まられ、陛下までが御前会議に臨席されない有様だった。
 マーテル様がお亡くなりになった年は全く姿をお見受けしなかったので、ユアン様はもう帝国の政事にはかかわらないとばかり、皆思っていた。陛下が何度も説得されたのだろう。一昨年あたりから、また、御前会議には顔を出されるようになった。
 それでも、他の公式行事はほとんど欠席されていた。それが、半年前に任官式に顔を見せられて、こちらも驚いたものだ。そういえば、クラトス、お前が任官したときだ」
「そうなのですか。では、お目にかかれたのはとても幸運だったのですね。でも、その高貴なお方が供も連れずにお一人で歩いていらっしゃいました」
「陛下と同じく、術使いだ」
 フォシテスは彼にも似合わず、そこだけ、声を潜めた。
「では、皇族のご出身」
「だろうな。皇帝の血筋でなければ、術使いはいないはず。だが、実際のところ、ユアン様が王宮にいらっしゃられたのは今の陛下が即位されてからと聞く。だから、陛下とマーテル様以外、ユアン様が陛下とどういうご関係か詳しいことは誰も知らない」
「何でも見通されているような雰囲気だったのは、そういうことだったのですね」
「ああ、何でも人の心が読めるとか、先がわずかながら見えるとか、そういう噂を聞いている。そのせいだろうか、皇帝陛下は何かとユアン様を頼りにされていらっしゃる。
 それに、陛下は外交にはご熱心だが、内向きのことは、それほど関心をもたれない。だから、ずっとユアン様にお任せにされていらっしゃった。マーテル様がご存命のころは、ユアン様はお一人でこちらにいらっしゃって、親衛隊への指示など直接頂いたものだった。
 だが、最近は陛下がお召しになったときにようやく顔をだされるだけで、私も一月前に例の王都大門の件を申し上げるまで、ここ一年くらいユアン様にはお目にかかっていなかった。
 クラトス、よく、お声をかけていただけたものだな」
「はい、お優しくて、夢のようでした……」
 うっとりと答えるクラトスにフォシテス将軍が笑った。
「ああ見えて、非常に鋭いお方だ。お声をかけていただいたということは、お前の仕事がそれだけ良かったからだ。これからも心して励んでくれ。お前は確かに真面目で、何事も丁寧に調べている。それに、出してくる案もよく練ってある。
 ユアン様の覚えがめでたければ、このところ、王都の治安で後手に回っている王宮親衛隊としても助かるからな。がんばってくれ」
「はい。もったいないお言葉をいただきましたからには、精一杯務めさせていただきます」
 クラトスはフォシテスの言葉に頭を下げ、わずかばかり、後ろめたく思った。上司にこのように褒められながら、自分は何を考えているのだ。
 さすがに寝ても覚めてもユアン様の姿が目にちらついているとは言えなかった。郷どころか王宮でも滅多にお目にかかれないあの美貌の虜になってしまったなどと知れたら、武官にもあるまじきことと、ここにはいられないかもしれない。
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