唐桃 番外編

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夏の離宮(四)

 正面入り口脇の通用口には離宮の管理をする侍女や侍従がずらりと並んで、軍師を待っていた。準備ができたと伝える召使達に、手伝いは無用と言い渡して、軍師はクラトスを自分の部屋へと連れていく。離宮の広く長い廊下は人影はほとんどなく、先を行く軍師の軽い足音とその後を従う若い武官の武具のがちゃりという音が響く。
 廊下の端には、碧玉の象嵌が施された漆塗りの扉があった。ユアンが軽く手をあてると、滑るように扉は開き、先に広く窓の開け放たれた部屋の様子が見えた。軍師は慣れた足取りで部屋へと入る。クラトスは、入り口で立ち止まった。
「ユアン様、お気遣いは感謝いたしますが、私はこのままでも平気です。それに、こちらはユアン様のお部屋。汚してはいけませんから、手伝いの者の場所をお借りできれば……」
 クラトスが言いかける言葉に、中に入りかけた貴人はくるりと振り向き、彼の手を引いた。
「お前の着替えを他の者に見せるなど、もってのほかだ」
「ユアン様、何をおっしゃいます」
 軍師の擽るような物言いに青年はわずかに首を振り、それでも軽く頬を染めた。軍師はその様を見るや、さらに強く手を引き、部屋の奥へと押しやった。
「ぐずぐずするな」
 軍師の部屋は、長春宮と同じく、漆塗りの箪笥が壁際にいくつか置かれ、その上に、青瑠璃ガラスの花器が飾られている。広々と開け放たれた窓際に置かれた、これも漆塗りの卓の上には、軍師がさきほど命じたように、着替えが置かれていた。
「申し訳ございません。ユアン様の服をお借りするなど、畏れ多いことです。季節も夏でございますし、さきほども申し上げましたがしばらくすれば乾きます」
「いや、私がお前の制止を聞かずに先に行ったのがいけないのだし、それに、その服を着たお前が見たい。きっと似合うと思う。ほら、池の蓮の葉の明るい緑の色だ。お前の髪が映えるぞ。着て私に見せてくれ」
 期待に目を輝かせる軍師の表情にクラトスは再度文句を言えず、黙って頭を下げた。これ以上今日の予定を遅らせないようにと、慌てて胸当てをはずし、剣と一緒に脇の机に置くクラトスの姿を軍師は部屋の壁に寄りかかり、楽しそうに見つめる。
「ユアン様、準備をします間、主室でお茶でも召し上がり、お休みください。管理人が用意するとさきほど言っておりました」
「いや、気にするな。それより、あちらに湯が準備されているそうだ。早くいけ」
 湯の用意がしてあると告げられた左脇の小部屋に用意されている衣服を持って行こうとするクラトスの背後を軍師がついてくる。
「あの、ユアン様、一人で出来ますので、ご心配はご無用です」
「なに、私も手を清めたい。汗をかいたしな」
 軍師が邪気のない笑顔を見せれば、青年はその姿にうっとりするだけで、高貴な恋人があらぬことを考えているまでは気づかない。


 小部屋の奥の壁際には湯の張られた桶が用意されており、右脇の卓に折りたたまれた白布が置かれていた。小さな角の小机に小さな香炉が置かれ、ゆるりと煙を燻らしていた。
「ユアン様、どうぞお先に手を清めてください」
 その言葉に軍師は軽く手を桶につけたかと思うと、くるりとクラトスと向き合った。
「気をつかうな。さあ、お前もさっさと濡れた服を脱げ」
「あ、いえ、……。あの、ユアン様、どうぞあちらへお戻りになってください」
 軍師の本音を見抜くには付き合いの短い初々しい恋人は、目の前の軍師の笑みに見とれて立っている。軍師は無防備に少しだけ開けられているクラトスの首筋に濡れた指先を這わした。
「クラトス、早く服を脱げ」
「ユアン様……」
「さきほどから、お前の濡れた姿を見せつけられて、もう我慢できそうもない」
 言うなり、軍師は驚いて答えの返せないクラトスの頭を片手で押さえつけ、深く口付けを与える。しばらくは夢中でユアンの与える愛撫に応えていたクラトスは、軍師の手がいつの間にか着衣を肌蹴け、自分のふところへと忍び込んでくる感触に、慌てて軍師の手を振り払おうとした。
「……。何を……。何をされるのです。あの、午前中に池の見回りと設備の確認をしなくてはなりません。ユアン様、まだ、検分が終わっておりません」
 どうにか気を取り直して、クラトスが軍師から離れようとすると、軍師は薄い麻の上着に手をかけ、いきなり脱がせ始めた。
「検分など、どうでもよい。後はお前とここで過ごす」
「何をおっしゃるのです。ユアン様、お止めください」
 口では抵抗しながらも、軍師のなすがままに着衣を脱がされるクラトスは肌蹴た胸に優しく這わされる手に息を呑む。
「他の者には、お前とここで打ち合わせをするので、その間、庭を中心に見回るように言い置いた。そんな悩ましげな風情で私を見るな。今朝からお前を見る度にどれほど私が我慢をしていたと思う」
 そう言いながらも、細く品のよい軍師の指は器用に武官の服を取り払い、腰にかかる下穿きの紐をするりと抜き取る。
「私が清めてやるから、そのまま真っ直ぐ立っていろ」
 気を取り直して、一歩下がろうとするクラトスの腰をするりとユアンの長い腕がまきつき、片手はゆるりとクラトスの背中を上から下へと撫でた。恋人の戯れのような愛撫に、免疫のない武官は熱い感触に体をかすかに震わせ、息を呑み込む。
「あの、お手を煩わせるわけにはまいりません」
「恋人の素肌に触れるのだから、面倒なわけがないだろう」
「ユアン様、自分でできます」
「クラトス、わかっていないようだな。お前は黙っていればよいのだ。まさか、私がそこらの召使のようにお前を清めるだけだと思っているのか」
 軍師は半分、事の呑み込めていないクラトスの顔を両手で挟むと、再び長い情熱的な口付けを与えた。
「いろいろ、教えてやると言ったことを忘れたか。クラトス、もっと知りたいだろう。昼まで時間はたっぷりある。呼ぶまで、召使達も来ない」
「お待ちください。まだ、夜にも入っておりません。そもそも、今日は仕事で……」
 高貴な恋人を突き飛ばすわけにもいかず、クラトスは数歩後ろに離れようとし、たちどころにひんやりとした壁に当たった。ユアンは抵抗しようとするクラトスに、無駄だと教えるような深い笑みを浮かべる。そして、クラトスの肩を壁に押し付けるように片手で押さえながら、再び空いた手で腰から脇の下へとするりと撫でる。
「クラトス、夜では見えないこともたくさんある。そう、仕事、仕事と
色気のないことを言うな。すげなくされると、もっと求めたくなるものだ。静かにしていろ」
「ユアン様、……。着替えにそんなに時間をかけるわけには……」
「私と打ち合わせだ。大体、私とお前の仲だ。気にする者などいない」
「部下にしめしがつきません」
「お前は少々力を抜いた方がよい。そうしないと、お前の部下達はへとへとになってしまうぞ。もちろん、私との付き合いもだ。四角四面なことばかり言うな」
「お手を離して……。ユアン様……」
 軍師の強く求める眼差しと、経験したこともない巧みな愛撫の前に、初心な恋人は喰いしばる口元から深いため息にも思える喘ぎを隠すことはできない。後は、軍師のするがままに、その腕に身を委ねる。
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