バレンタイン小話

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  公園にて  

 ケテルブルクの公園は、今日もしんしんと雪が降っている。この季節、たとえわずかに日が顔をのぞかせても、落ちてくる雪は止まない。白く覆われた広場には、転々と子供達の足跡が残り、その先にある雪だるまは今にも泣きそうな表情で、ぽつねんと立っている。


 ゆっくりと誰も歩いていない真白な雪の上を歩く。目の前のベンチで男の子がなにやら小さな機械を弄っている。音を立てずに近づくと、ゆるくウェーブのかかった黒髪の男の子は、真剣は表情で精巧なおもちゃと思しき機械の部品を順番に嵌めているところだった。
「……」
 覗きこんだとたんに、下から明るく大きな黒い瞳で見つめ返された。
「何をしているのですか」
「さっき、あそこでころんだら、この飛行艇の部品が取れてしまった。だから直しているんだ」
「おや、だいぶばらばらになってしまいましたね」
 彼が脇に座っても、男の子は振り向きもせず、熱心に組み立てなおしている。少し、考え込んでは、汚れた部品を丁寧に拭き、順番を並べ替えている。
「こんなに古くなって……。そろそろ、新しいものの方がよいのではありませんか」
「これがいいんだよ。こいつの癖は全部知っているもの」
 男の子はこちらも見ずにそう断言した。
「全く同じ物でも、これでいいんですか」
「全く同じ物なんてないよ。こいつはこれ一つだけさ」
 簡潔に答えながら、男の子は再び慎重に部品の並び替えを行った。
「そうですか……」
 器用そうな小さな指が、今度は自信を持って動き始めた。彼はわずかにちらつく雪が、少年の黒髪の上に舞い降りる様をぼんやりと眺める。



 亜麻色のおかっぱの女の子がサクサクと軽く雪を蹴散らして、こちらに走ってきた。
「ああ、お兄ちゃん。ここにいたんだ。皆、カマクラでカードゲームをしようって言ってるよ」
「早くおいでよ」
 そっくりな顔をしたお下げ髪の少女がもう一人近づいてきた。
「もう少しで出来上がるから、待ってろよ」
「だって、寒いもん」
「そうだよ。寒いよ」
 少女達はばたばたと足を慣らして、兄をせかす。
「お嬢さんたち、ではこちらにいかがですか」
 彼がコートを開くと、二人は躊躇いもせずに彼の膝の上にのった。コートの前を合わせて、両腕で抱きしめてやれば、二人は満足そうに笑い出した。
「一体、何がおかしいんですか」
「だって、大人しく待っているんだもの」
「そうだよ。待っているのだもの」
「私だって、怒られるのは嫌ですからね」
 彼がそう答えれば、二人はまたきゃっきゃっと互いに声をあげた。
「静かにしろよ。気が散るだろう。……、よし、これを入れればできるぞ」
 横で地に膝をついて真剣に最後の部品を入れていた男の子がようやく立ち上がった。とたんに、彼の膝から女の子達は滑り降りると、兄の手を掴み、勢いよく公園の向かいにあるかまくらへと走り出す。
 かまくらの入り口には同じような年頃の子が数人、手を振って待っていた。


「ようやく、静かになりましたね」
 振り返らずに声をかければ、ベンチに座っている彼の首にふんわりと腕が巻きつけられた。
「なんだ、分かっていたの。つまらない。せっかく驚かそうと思っていたのに、がっかり」
 まるで子供のように拗ねた声を出す愛しい人へと振り向けば、雪の結晶が黒髪の上に金銀の砂のように散っている。雲の合間から差し込む一筋の陽にきらりと輝く。
「あなたのことはどこにいてもすぐわかりますよ。それに、今日はいつも以上に甘い香りがする」
「ぶぅー。おだてても何もしてあげませんよ」
「いつもどおりで結構ですよ。それで十分です。ところで、隠し持っているものは頂けるのでしょうか」
「あの子達は温めてあげるのに、私は無視するの」
「おや、妬いてくださるのですか。でも、ご存知でしょう。あなたが一番だということは……」
 彼がまきつけられた腕を引けば、大切な人はふわりと彼のふところへと座り込んだ。
「まったく、いつまでたっても口じゃ敵わないものね。はい、お待たせしました」
 細い指が彼の口元へ甘い香の粒を押し込む。無言でこちら見上げる黒い瞳が、彼の言葉を待っている。
「う……ん。今年も一段とおいしいですよ」
 ついでに、少しだけ開いた小さく形よい唇へ口付けをすると、彼女は慌てて彼の膝から飛び降りた。
「ジェイド、子供達が見ているのに、何をするの」
「アニース、別にいつものことですから、気にすることないじゃないですか」
「……。もう、知らないんだから……。後はあの子達にあげるわ」
 あちらでぴょんぴょんと手を振って招く子供達の方へと、彼女がずんずんと歩き始める。
「今日はバレンタイン・デーですから、サービスでもと思ったのですが、お気に召しませんでしたか。せっかく作っていただいたのに、一つしかいただけないのは残念です」


「父様が母様にチューしてた」
「そうだよ。キスしてた」
 かまくらの前で、やや黒味がかった紅玉の瞳を輝かせて、女の子が二人で飛び跳ねている。
「静かにしろよ。母様が照れて暴れるから、黙ってろ。いつものことだろ」
 冷静な兄の一言がさらに母親の気持ちを逆なですることに気づいている双子達はくすくすと笑った。
 照れているのですね、と揶揄するような父親の声に母親が立ち止まるのが見えた。兄はがっくりと肩を落とす。
 案の定、大好きな父様に向かって、振り返った母様が雪球を投げつけている。双子達は大はしゃぎで走り出した。
「雪合戦しよう」
「そうだね。雪合戦がいいよ」
「おい、母様をねらうなよ。お菓子を持っているからな」
「皆でやろうよ」
「そう。皆で父様をやっつけよう」
 他の子供達もてんでにかまくらから走り出し、公園はいきなり賑やかになる。
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