旅路

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 国境をなす峠道は険しい。まだ日も明けぬ内から出立したが、日が差すと、もうむっとした空気が漂い始め、草いきれの中を汗をぬぐう。


 先日、この地域の連絡役をかってくれていた地元の羊飼いの青年が慌てて連絡を持ってきた。どこで、誰が仕組んだのかまでは分からなかったが、この地域で要となるはずだったハーフエルフの同志が数人、暗殺されたとの報せだった。部屋にいた仲間の間に、怒りと動揺が走り、しかし、表立って動くには数も力もないことは皆知っていた。
 まずは、怒りから復習に逸る青年達を静めると、ユアンは、最も信頼できる友人にマーテルを託し、ミトスと共に暗殺された同志の家を夜中に訪れた。彼らが目指す隣国との和平を望まない軍と軍に先導された商人たちがすでに動き出しており、どうにか家族へ害が及ばないようにと逃がすの精一杯だった。
 ミトスは思ったより冷静にこの出来事を受け止めており、何がこの裏切りの原因にあるのか気づいているようだ。だが、確信がないのだろう。ユアンに向ってそれを話そうとしてはいない。ユアンもミトスと同じことを考えていた。
 一度に主要だったものが数名倒されたからには、内部で事に精通しているものが寝返ったに違いない。しかも、ハーフエルフだ。来週に予定していた軍部への抗議行動を準備するために同志が軍の中枢部であるあの建物の裏の貸し部屋に入ったのは、暗殺される数時間前だ。知っていたのは、わずか数名。
 数週間前から情報が洩れているような気はしていた。だから、一部のものには誤った情報を流していたのだが、予想は違っていた。信頼していたものから、理由もわからず、このような仕打ちを受けるのは、身を切られるよりつらかった。


 二人の周りを取り囲む気配を感じる。
「ユアン。10人くらいはいるようだね」
 ミトスの声が震えている。
「ああ、我々がこちらへ逃げることを知っているのだ」
 ユアンもミトスの気持ちが分かる。
「これで、姉さまが逃げられるだけの時間は十分に稼いだと思っていいの」
 ミトスは、ユアンが敢えて、知られている場所に向っていたことに気づいていたのだ。声が震えいてると思っていたのは、きっと、恐怖ではない。ミトスがこちらに来て最初に友人になったと思っていたあのハーフエルフの裏切りに対する怒りだ。
「ミトス、自分を抑えろ。これから、我々は生きてマーテルに会うためにはかなり厳しい戦いをしなくてはならない」
「言われなくてもわかっているよ。でも、悔しい」


 周りのものが彼らに近づいてくるのが感じられる。この先は隠れ家だが、すでに知られてしまったからには、あちらにも手が回っているだろう。ある程度、開けた場所で迎え撃った方が勝率は高い。
 ミトスも全く同じことを考えているのは、背後で剣を抜く気配から分かった。彼は、すでに手にマナを集中する。近づいてくるものを効率よく弱らせるために、至近の敵はミトスに任せる。閃光が彼らの目をくらませ、しかし、その閃光が打ち込まれた瞬間にユアンもインディグネイションを放ち、ミトスが背後で敵を倒したことがうめき声でわかる。
「ユアン、右へ」
 ミトスが再度敵をなぎ払い、彼も言われたとおりに一歩踏み出しながら、左後方の敵へサンダーブレードを落とす。
「予想より多いな。20人はいるかもしれない」
「敵も僕達を侮っていなかったね」
 彼の正面から切りかかってくる剣をダブルセイバーで受け、正面からライトニング を浴びせると、ミトスが前に動くのにあわせて、一歩下がる。
「もっとも薄い場所にサンダーブレードを落とす。切り崩してくれ。一度動かないときりがない」
「いいよ。やって」
 サンダーブレードが発動すると同時に二人で走る。ミトスの力を信じ、彼は後ろを振り向いて、再度、ライトニングを放ち、慌てて追ってこようとする者達が互いにぶつかり合うように、周りの道を崩す。
「よし、時間稼ぎはできたぞ」
「こっちも空いた」
 二人はそのまま、真っ直ぐ敵を飛び越して走り出す。


 しばらく走ると、そのまま袋小路に飛び込み、さらにその先に作っておいた溝の奥にある抜け穴に飛び込む。しばらく、息を殺し、周囲の動きを待つ。さきほどの場所から数人の男達が走りこむのが聞こえる。
「こちらは行き止まりだ」
「よく、調べろ」
 男達が動き回っているのが、わかる。できるだけ、息を殺し、マナを止める。
「いないぞ」
「あちらの方向に何が音がしたぞ」
 誰かの怒声で、皆が去っていくのが分かる。そのまま、かなりの時間を二人で暗闇に伏したまま過ごす。


「どうにか、いなくなったようだね。どうする。町を脱出するためにどちらへ出るのが正解かな」
「我々が戻ってくるとは思わないだろう。あの隠れ家の裏の道がいいだろう」
 二人はこっそりと道をもどる。さきほどの争いがあった場所は避け、隠れ家へと回り込む。無言のうちに、その家の裏庭から町の周囲を取り囲む外壁の崩れた場所へとたどれる細道にはいる。
「やはり、来たか」
 軍の将校の声が聞こえ、突然、目の前を明かりに照らされる。
 息を呑む間もなく、容赦なく繰り出される剣にミトスの肩から血が噴出すのが目に入る。しかし、ミトスも踏みとどまり、引き抜いた剣の根本でその剣を受ける。彼もダブルセイバー で背後から襲い掛かる剣を受けるが、二人ともさきほどの戦いで疲れており、これ以上、相手と互角に渡り合えそうにない。
 そのとき、ユアンの背後からふいに現れた人影にもう駄目だとあきらめた瞬間、その人物は彼の相手をエアスラストで吹き飛ばした。
「早く、逃げて」
「裏切り者が、のこのことご登場か。我々を裏切って、ただですむと思うなよ」
 将校が声をあらげる。ミトスがはっとしたように振り向いて気がそれたそのとき、ミトスを狙っていた剣をその人物が体で受ける。
「マルクス、裏切り者がさらに裏切るか」
 将校が剣を再度振り上げたその瞬間、ミトスの剣がその将校を貫く。ユアンも背後の二人にサンダーブレードで止めを刺す。
「マルクス! 」
 ミトスが自分の目の前で崩れ倒れる友人を抱える。
「ミトス。ごめん、妹が人質に取られて、どうしようもなかった。許してくれ」
「どうして、それを言ってくれなかったの。妹さんはどこにいるの」
ミトスに抱えられたままの友人は力なく首を振る。
「奴らにだまされた。もう、殺された後だった。本当にすまなかった。私を許してくれ」
「ユアン、助けられないの」
 駆け寄り、その手を取るが、急所に受けた剣の傷は深く、鮮血がミトスの服を染めるばかりだ。ゆっくりと首を振るユアンにむかって、ミトスの腕の中の友人が最後の力を振り絞ってつぶやく。
「ミトスを治してやって。ミトス、お前の夢がかなうことを祈っている」
 彼の傷を抑えるミトスの手から血がまだ滴り落ちるが、すでに、友人の目は閉じ、力なくミトスの肩に伸ばしていた手が地に落ちる。ミトスが涙を一筋こぼし、友人を地に静かに置く。
「僕が彼を誘ったから、マルクスも彼の妹も命を失ってしまった。僕は、どうしたらいいんだ」
 ユアンも言葉は出ない。平和であるなら失わなくてよいものが、いつも、どこかで理不尽に消えていく。それを止めるために戦っているはずなのに、目の前の死に動揺する。
 黙って、ミトスを抱きしめ、共に、友人のために涙と祈りを捧げる。そして、弔うことも適わないまま、すばやく、町から出る。


 汗にまみれたまま、上ってきた道を振り返る。遠くに見えるあの町は昨日のできごとも、その前に密かに画策されていたできごとも、あるいは、ほんの些細な理由で処刑される人々の嘆きも、まるで嘘のように、平和に作りものめいた美しさで佇んでいる。
 夏の日差しは空気をゆらめかせ、それにあわせて、ぼんやりとわずかに歪んで見える町は、無辜の民の犠牲で得られた秩序という幻想の上に築かれている。
「この数ヶ月は何のためにあったのだろう。大事な友達を苦しめて亡くすためだったのかな」
 ミトスが町を見下ろし、悲しげにつぶやく。
「誰にも止められないことがある。この戦いの悲しさを、恐さを知らなければ、本当に勝利することはできない。だから、ミトス、彼のために泣いていいんだ」
「いや、僕は今は泣かない。必ず、もどってくる。それまでは、泣かない。絶対にこのまま、見過ごしにしないよ」
 ミトスはそうつぶやくと、もう、町の方は振り返らず、暑さのなか、決然と道を登る。


 強い日差しが木々の合間からはっきりと感じられ、峠まで近づいたことを教えてくれる。マーテルが待っているはずの国境向こうの村まではもうわずかだ。

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