旅路 ---決別

旅路

PREV | NEXT | INDEX

対決

「ミトス、お前はマーテルを連れて、奥に行け」
 囁くように命令を出す。
「でも、ユアン。あなたも一緒に行きましょう」
「黙って、マーテル。もう人が入ってきている。行け、ミトス。ここは、私が防ぐ。もし、2時間後に約束の場所へ行かなかったら、そのまま、外に出て、南へ逃げろ。私には構うな」
「僕も戦うよ。二人で切り抜けよ。」
 ミトスが毅然と言う。
「駄目だ。ここまで来て、我ら全員が倒れるわけにはいかない。早く行け」


 話している間にも、洞窟の手前に人の気配が集まることがわかる。あの村の二日も滞在するのではなかった。どこで、情報が漏れてしまったのだろうか。ハーフエルフとは分からないように十分注意していたつもりだったが、村の誰かに気づかれ、密告されたのだろう。


「この奥は私が見てくる。お前達は待て」
 一度たりとも忘れたことのない声が遠くから響く。小石がじゃりと音をたてて、大柄な男が近づいてくることが感じ取れた。あの声のせいで、体がしばられたように動かない。会ってはならない。互いに会ってはならない。そういい聞かせても、一度想いに支配された体は動かない。


「誰かいるか」
 低く誰何する声。じっと動かず、相手が近づくのを待った。
「ユアン、やはり、お前か」
 クラトスの声は懐かしく、緊張していた体から力が抜け、息を吐き出した。
「クラトス、久しぶりだな。ここで、お前に会うとは思わなかった」
 密かにダブルセーバーを握り直す。なぜ、クラトスがここにいるのだ。王国軍がそこまで迫っているのだろうか。
「全く変わっていないな」
 その声は穏やかに彼の胸をくすぐる。
「お前は見違えたよ」
「5年、5年もたった。お前をずっと探していた」
 クラトス、なんと言ったのだ。
「悪いが、お前に追いかけられるような理由はないぞ」
「ユアン、お前に謝りたかった。私が何も知らずにいつもお前を困らせていたことで謝りたかったのだ」
 クラトスが何を言っているのか、わからなかった。お前だけだ。私を信じ、何も差別せず、私を私として見てくれたのは。お前の家族だけが、私を何の打算もなく愛してくれた。見捨てた私が謝ることはあっても、クラトスが何を私に謝るというのだ。


「すまなかった。ユアン、あのとき、私は何も知らなかったのだ」
「何を言っているかは、わかるつもりだ。しかし、その話はやめてくれ。もう過ぎ去ったことだし、私はお前に感謝こそしているが、謝ってもらう必要はまったくない」
「しかし、私のせいでお前が酷い目にあったこともあっただろう」
「それはない。私の身に起きていたことは、お前とはまったく関係ない。確かに私は王のなぐさみ物だったが、その理由は私と王の間の問題だ。貴様と出会う前からすでにそうだったのだ」
 クラトスが息を呑むのが聞こえた。
「私たちが会う前、そんな小さいときから」
「あのとき、薬を与えて放ったままで、貴様の前から消えたのは、すまなかった。王から厳しく問いただされただろうな。しかし、お前は王族だ。無事だと思っていたよ」
「あの薬のせいでしばらく臥せっていたからな」
「クラトス、これ以上は時間がない。すまないが、見逃してくれ」
「ユアン、お願いだ。後しばらくだけ私の話を聞いてくれ。人払いしてくるから、そこで待っていてくれ」


 クラトスは来たときと同じく、落ち着いたゆったりした足取りで戻ってった。洞窟の外で数人の話し声が聞こえた。そこで、以前と同じく黙って立ち去れば、良かったのだ。そうすれば、彼をその後何千年もの長きにわたって、不自然な世界に縛り付けずにすんだはずだ。だが、成長したクラトスの姿をもう一度見たいという願望を抑えることができなかった。


 しばらくすると、クラトスは本当に一人きりで小さな明りをかかげて戻ってきた。
「ユアン、私はずっとお前を探していた。父は昨年、流行病でなくなった。お前ももしかしたら噂で知っていようが、私は将軍職を正式に拝命した。陛下からお前を探すようにとの触れが出ていたから、陛下の手の者より先にお前を見つけてようと、時間のあるときは、お前の隠れそうな場所を探していた。あのとき、お前の部屋にいきなり入ったことを許してくれ。お前が黙っていなくなったのは当然のことだ。お前の気持ちも斟酌せずに、自分の気持ちを押し付けるだけで、お前のことを傷つけたのではないかと、そればかりが心配だった」


 クラトスは別れたときの私が知っている少年ではなかった。今では、国の行く末を左右する判断を下し、多くの民への責務を真っ当するべき、重責の地位にあるものに特有の打ちひしがれたような疲労感を漂わせていた。
「先ほどから言っているが、私がお前をおいて去ったのは、お前の気持ちから逃げたわけではない。他の理由なのだ」
 この先を言うか、言うまいか、一瞬躊躇った。しかし、クラトスの昔と変わらず想いをこめてじっと私を見つめる目線を見ると、ここで決着をつけねばならないことを悟った。


「お前も知っていよう。王妃がずっとふせっていて、公式の場には出たことがなかった」
 クラトスは不思議そうにこちらを見た。話が突然変わった理由がわかっていないのだ。
「私は生まれてはならなかった王妃の息子だ。彼女はヘイムダールへ向かう巫女だった。私の父となったものははヘイムダールで祭祀を預かり、神託を巫女に告げるものだった。つまり、ヘイムダールの族長の息子でエルフだ。全ては、王と王妃が婚約した直後に始まり、私の出産とともに終わった。婚姻は破棄できず、父は暗殺され、結果、母は意識のないまま私を出産するに到った。王は王妃の裏切りで狂気にかられていた。だから、そのまま、闇に葬られれば良かったものを、私は密かに母の侍女の手で、お前も知っている例の修道院の付属孤児院に預けられた。運悪く、お前の父が学問の出来るものを広く登用しようと触れを出し、その結果、いなかったはずの私は王宮に召し出された。十二歳だった」


「ユアン」
 クラトスが何かわかったように声を絞り出した。
「もちろん、お前の父上も私も、それが何を意味するのか知らなかった。確かにお父上が私の頭脳を王立科学研究所で役立てるよう進言してくれなかったら、ずっと、孤児院のままで、ひっそりと埋もれていたかもしれない。でも、こと、こうなってしまった。生憎、私の顔は母ゆずりだったらしい。王宮に召し出されたその日に陛下の目にとまった。貴様の家庭教師と称して、お父上がたまに私を王宮から解放してくれなかったら、後は、研究所にとじめられているか、弄ばれるだけだったのだ。お前がなついたからと言って、ひどい目にあったわけではない。その前から同じだった。ハーフエルフだからという理由だけではないことに気づいたのは、数年たってからだ。気づいたことがわかると、扱いはもっとひどくなった。王は確かに気が触れていた。母に当たっていた怒りを全て私に向けた。母が人質なので、逃げ出すこともできなかった」
 クラトスが持ってきた明かりの油がチリと煙をあげて揺らいだ。


「あの晩、お前が、お前が、王から私を守ると言っていっくれたとき、どれほど、その気持ちが嬉しかっただろう。だが、お前たちは気づかなかっただろうが、あのとき、私の母が亡くなったのだ。人には感じられないほどのわずかなマナが私と母の絆だった。ついに、私の足かせがなくなったことに気づいた。だから、王が宮殿に戻るのを見て、わかったのだ。今日しか、私の自由はないと。つなぐ鎖が消えたら、いっそ厳しく監視されるに決まっている。だから、勘のよいお前が気づいたように、あの晩、出ることに決めた」
 クラトスが以前と同じ、真摯で溢れる想いをたたえた琥珀色の瞳で彼を見つめた。


「あの後、父に言われた。同じことをするなと。何を言われているのか分からなかったが、やがて気づいた。お前の気持ちに気づかずに自分の感情だけを押し付けていたことに」
「違う。クラトス、そんなことはない。王とお前ではまったく違うのだ。クラトスの気持ちは本当に嬉しかった。何の打算もないお前の思いが、お前達の家族の支えがなければ、とっくに私は死を選んでいた。主席研究員とはいえ、王の命ずるままにおのれの良心に恥じる殺戮兵器しか生み出せない自分。夜になれば望まぬまま、あの男を閨に迎えなければならない。そう、私はお前にこれ以上卑しい自分を気づかれたくなかった。だから、立ち去った。お前が気に病むことは何もない。全ては私が生まれたせいだ」
「お前は何も悪くないではないか。お前こそが犠牲者だ」
 クラトスはあの晩と同じように何の躊躇いもなく、私の体を抱きしめた。二人の息が互いの頬をかすめ、やがて、クラトスの腕が静かに私の背を這いのぼってくると、彼の唇が私の唇を求めた。すまない。お前の気持ちにこたえることはできない。なぜか、心のどこかに喪失感をいだきながら、それでもそっと彼の胸を押しやった。
「今回は、突き飛ばさないのだな」
 クラトスは淋しそうにつぶやき、抱擁を解いた。


 お前のことは好きだ。しかし、共にはいられない。この5年間だけでも、どれほど、違ってしまったことか。私は変わらないが、お前は私を置いて時と一緒にどんどん進んでいくではないか。一旦破られた誓いはもとには戻せない。口にはできない想いが思いがけないだけ残っていると気づいて動揺する自分を抑え、クラトスにはっきりとわかるように告げる。
「クラトス。お前に言ってないことがまだある。私は今、ハーフエルフの仲間と旅をしている。そして、その一人と婚約している」
 クラトスが息をのみ、あとずさる音がやけに大きく響いた。
「だから、お前と共にいられることはないのだ。もう、私のことは忘れてくれ」


 後にたてかけていたダブルセーバーを握りなおすと、クラトスが立ち尽くしている側と反対に進んだ。数歩、行くと、後から手を捕まれた。
「ユアン、聞いてくれ。今のお前の立場も気持ちも聞かずにすまなかった。私はただお前の無事が嬉しかっただけで、自分の想いを押し付けたかったわけではない。自分の想いを偽るつもりはないが、お前を困らせることをするつもりもない」
「では、この手を離してくれ」
 クラトスは手を離さなかった。低い声で彼が続ける。握られた手は燃えるように熱かった。ひどく、のどの乾きを覚えた。
「私は今春、王の不興をかって、将軍位からは解任された。都から追放されているのだ。最初はお前が与えてくれたこの魔道力が重宝されていた。しかし、力の使い方がわかり出すと、お前が言っていたマナの動きも見えるようになった。そしてそら恐ろしくなった。この世界のマナがとても薄くなってきていることに気づいたのだ。我々が戦さで使いすぎた。お前がいたころの陛下なら、私の言うことに耳を傾けたかもしれない。だが、陛下は父の危惧とおり、王妃がなくなられ、お前が消えてから、普通ではなくなった。おそらく、お前が理不尽にも受け止めていてくれた狂気の行き場が戦さに変わったのだ。王国軍の正義は消えた。今は狂気による大量虐殺を行っているとしか思えない。大量にマナを使う兵器の使用に異を唱えたところ、王国軍には不要だと言われた」


 うち沈んだ表情でうつむくクラトスは、あの別れたときの少年と不思議に重なった。手を静かに離し、クラトスへと向き合う。この男を将軍職から解任するようでは、王の狂気も行くところまで行ったのだろう。クラトスは心持ち、顔を上げると、彼の顔を見つめながら、話を続けた。
「ここ数年、マナの減少を止めるために戦っている一行があるという噂を耳にしてきた。奇妙なことに、その一行は赫々たる戦果をあげながら、わずか、一人の子どもと女、そして青い髪の男の三人のハーフエルフだけだと伝えられた。王国の他の将軍たちは誰もその報告を本当とは信じていなかった。だが、それで私はわかったのだ。お前はいつも言っていたよな。世界の力はすべて理に従って使わなければ、必ず、曲げた理のひずみを直そうと、さらに世界がゆがむと。マナを使った兵器は、マナを我々が生きていくために使うよりも遥かに速いスピードで消費する。だから、マナの減少はさらに一層加速されている。それを止めるためにも、我々が引き起こしているマナを生み出す大樹をめぐる争いは終結しなくてはならない。ずっと、お前の言っていたことを考えていた。そして、気づいた。きっと、戦っているのはお前達だと」
「クラトス、そのような途方もない話に頷くわけにはいかない」
「ユアン。ずっとお前を探していたと言っただろう。私もだてに王国の将軍位にいたわけではない。隣国の総統がこの前暗殺された。その後立って継承者はひどく穏やかな人物だ。あの国がここにきて王国へ和平の使者を送ってきたのは、誰の差し金だ。6年前の王国と同じ戦法で前線の民心を把握しているのは、誰の案だ。この数年、お前達が動いてきたことを否定できないであろう。私は誰よりもお前の傍にいたつもりだ。だから、お前の戦略を見間違えるわけがない」


 クラトスは少し自嘲気味にそこまで一気に言い終えると、口を閉じた。そして、両手をためらい勝ちに上げると、彼の両肩をつかみ、彼の顔を覗き込んだ。
「さきほどいた兵達は私を慕ってここまでついてきてくれたが、いつまでも、私の側に置くわけにはいかない。だから、さきほど、都へもどるように命令した。私は自由だ。私のお前への想いはもう二度と表には出さない。絶対にお前に迷惑はかけない。私はお前の理想を信じている。だから、お前の側においてくれ。お前の力になりたい。ならせてくれ」
 じっと、見つめあう。クラトスの真剣な眼差し、誘ってはいけないとささやく自分の理性。やがて、先に目線をはずしたのは自分だった。


 クラトスと共に洞窟を抜け、小さな池のほとりに出た。ミトスが待ちかねて、私を見るなり走り出し、後のクラトスを認めて不安そうに我々をかわるがわる見た。マーテルがゆっくりと近づいてくる。
「ユアン、心配したわ」
 マーテルの手をとり、「すまない」とつぶやき、指先に口付けを送る。
「この方はどなた」
 マーテルは軽く首をかしげ、私の手を握る。
「私の古い知り合いだ。クラトス・アウリオン、王国の騎士だった。今は私たちの味方だ」
「クラトス・アウリオン。あなたがあのクラトスなの」
 ミトスがうっとりするように名前を口にした。
「剣をとれば、その前に立って居られるものはいないという剣神」
「まあ、クラトスって、ユアンがいつも口にする思いやりのある賢い少年のお名前と一緒だけど」
「それはずいぶんと思い違いされているようだな。私はただのクラトスだ。剣神でもなければ、もちろん、少年でもない。ユアン、お前は私のことをどういっているんだ」
 クラトスは恥ずかしそうに私を小突くと、
「ユアンと話し合った。私はあなた達の力になりたい。邪魔でなければ、一緒に行動させてくれ。よろしく頼む」
と、マーテルとミトスに手を差し出した。ミトスとマーテルは二人で顔を見合わせて笑う。
「私はマーテル。こちらは弟のミトス。ユアンと一緒にマナを大地にとりもどすために、ずっと旅をしているの」

PREV | NEXT | INDEX
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送