旅路 ---旅  -- 夏 --

旅路

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旅  -- 夏 --

 夏。
 年を経た森を抜け出ると、不思議な生き物が共についてきた。マーテルはノイシュというのよと、まるで生き物から名前を教えてもらったかのように、皆にその物の名を告げた。ユアンは行動範囲が狭まるとあまりいい顔をしなかったが、子供の懇願と愛するものの涙に弱いのはどの世界でも男に共通で、結局、連れて歩くはめになった。クラトスはもちろん依存はなかった。


 誰もいない海岸線が長く続いている。打ち寄せる波の音も今日の暑さをやわらげる効果はない。森のように日差しを遮るものは何もないから早めに通り過ぎるはずだったのに、ノイシュが海の中で遊び始めると、もう、パーティは動かない。
 青い空と見事なまでにこれまた青い海との境界線をノイシュの頭とミトスの金髪が上がったり、下がったりしている。クラトスは海岸に張り出した崖が作る日陰で横になっている。人影はまったく見えない。これだけ見通しがよければ、緊張する必要もないであろう。
 横たわっている砂地の上には、ひんやりとハマヒルガオが咲き、海からの風にわずかに揺れている。ミトスの明るい笑い声と波の音が眠気を誘う。


 波打際では、青い髪と萌黄色の長い髪が風のいたずらで絡まりあり、目にまぶしい。二人は裸足で湿った砂浜の上をゆっくり歩いており、その姿は陽を浴びて淡いエメラルド色と化す海の輝きを背景に現実のものには見えない。もう思い出すこともなくなったあの王宮で語られた吟遊詩人の唄もかくやと思わせるその景色は、クラトスの胸にわずかな痛みと今日も無事であることへの感謝を呼び起こす。
 白い乙女らしい腕が砂浜へすっと伸び、何かを拾っている。見やる青年の顔は強い日差しに影を作り、その表情は分からなかったが、受け取る手つきは優しい。
 クラトスは仰向けに砂地に倒れ、まぶしい空を遮るよう目の上に腕を起き、しばしのまどろみへと入ろうとする。


 砂地を歩いて近づいてくる音が耳に入る。足音は彼の横で止まると横に座る気配を感じる。潮騒とともに運ばれてくるユアンの香。腕で顔を覆ったまま、黙っている。
「クラトス。起きているのだろう」
 ユアンの問いかけにわずかに彼が座った側とは反対の方向を向く。彼の反応には構わず、ユアンが続ける。
「明日はヴォルトとの契約だ。もちろん、貴様の力は私が一番知っている。ミトスと貴様が並べば、恐れることはないだろう。だが、貴様の魔道力はアイオニトスを用いて潜在能力を引き上げたものだ。長期戦になると疲労も半端ではないはずだ」
 それは否定できない。自分自身も気づいている。持って生まれたエルフの力とは比べられない。だが、今言われてどうしろというのだろう。その分、それを補うためにも剣の扱いも身のこなしも常に鍛えているつもりだ。
「これを覚えているか」
 まだ、目の上を覆っている腕の先にユアンの手が触れる。手の中に何か温かい石を押し付けられた。その感触はひどく懐かしい。まだ、何も知らなかったあの頃にその温かさにまるで宝物のようにしていた石を思い出した。
「これは、私がお前にずいぶん前に渡したものではないか」
 起き上がって手の中のものを確かめる。ユアンは海の方を眺めながら、頷いた。
「そうだ。クラトスの母上が私に下さった。それは月の石と呼ばれている。人間の貴様たちがどうして感じたのかわからないが、その石をもっていると不思議と体の中に力が沸いてくるのだ。貴様と別れて、一人で過ごしていたとき、苦しくなるといつもその石と貴様たちを思い出していた」
 クラトスはじっと石を眺めた。夏の日差しのなか、鈍く光るその石は、語らないユアンの声を伝えきていた。
「私は今までその石に助けられていた。今度は貴様の番だ」
「ずっと持ってくれていたのだな」
「ああ、王宮でも、つらいときはずっとその石を握り締めていた。その石は貴様たちが私に接してくれるときの温かさをそのまま伝えてくれていた」


 ユアンは静かに立ち上がると、軽く、クラトスの肩をたたき、そのまま海へと歩いていく。先を見れば、ノイシュがマーテルとミトスに見守られて得意そうに泳いでいた。
 ユアンに気づき、マーテルが手を振り、ミトスが迎えに走ってくる。自分に向かっても、さらに手招きをするマーテルとミトスに腰を上げ、夏の日差しの中に出る。
 手の中の石がすべての想いが無になることはないと伝えてくれていた。
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