旅路 ---旅  -- 春 --

旅路

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旅  -- 春 --

 春。
 このところ、初冬から膠着状態が続いている国境の争いは危惧していたほど大きなものとはならず、小競り合いが国境近く起きている程度の小康状態を保っていた。鄙びたこのあたりもご多分に漏れず、戦火の影響は受けていたが、冬からこっち、戦いが収まったこともあり、ずいぶんとのんびりとした雰囲気であった。
 クラトスは春の陽気に雲雀のさえずりを聞きながら、埃っぽい街道を歩いていた。どこかで、村の子供達の陽気な遊び声が聞こえ、街道沿いの畑もよく手入れされている。これから古い森へ入るにあたって、必要なものを少し仕入れることにした。落ち着いているとは言えども、王国内ではあるから、ハーフエルフの3人が出向くより、クラトスがよいであろうということになり、道中行き過ぎた村まで戻り、買い物をすることになった。


 マーテルが買い物に同行したがっていたが、過保護な弟と心配性の婚約者に引き止められていた。こんな状態だったら、一緒に来させても良かったかもしれないと思う。何か買いたいのかと、頭は切れるのに恋愛感情にはとことん鈍い婚約者に問われて、ただ、欲しいものがあるかもしれないから、雑貨屋を覗きたいと答えていた。が、クラトスは彼女が内緒で買いたがっているものに薄々気づいていた。
 先週、南の町の古い宿屋に泊まったときのこと、彼がいつもの稽古から戻ると、崩れかけた古い土壁で囲まれた宿屋の裏庭の陽だまりにマーテルがいた。人の気配に慌てて隠そうとしたが、クラトスと気づくと、あの柔らかな微笑みを浮かべて、内緒にしてねと頼んできた。膝の上には色とりどりの糸と途中までできかけの組紐があった。ユアンの髪留めがこの前のモンスターとの戦いで壊れてしまったのを思い出した。
 村の入り口には、春を告げる長い枝がうなだれた大きな柳の木があり、日の光に透明感溢れる柳の新緑はマーテルの髪を思わせ。雑貨屋に入り、乾パン、チーズなどの保存食と剣の手入れをするための油を頼む。
「あんたはどこから来たのかい」
 気さくな雑貨屋の女主人はたずねる。
「南からだ」
「南にはうちの親戚がいるんだけど、今年は戦さが少ないから、あちらも一息ついたと言ってたね」
 話しながら、商品をまとめ、代金の計算をしている。
「ああ、すまないが、きれいな色の紐はあるかな」
「あるよ、何に使うんだい。どの色がお好みかい」
 女主人は後の棚の上をさす。そこにはそれこそマーテルが喜びそうなだけ、色数多く紐が並んでいる。
「髪をとめるために使うのだ。夏の空の色のような髪に合う色があれば、それを頼む」
 彼が答える。
「おやおや、あんたのいい女(ひと)へのおみやげかい」
と女主人は冷やかし気味に笑いながら、練り絹のまろやかな白とさきほどの煌めく柳の新緑色の紐を渡してくれた。


 森の入り口へと戻る。日は高く上り、昼が近いことを教えてくれる。一人で足早に歩いたせいか、汗ばんでくる。まだ、森からはかなり離れているので、入り口側で待っているはずの3人の姿はまだ目に入らない。奥に入ってしまったのだろうか。
 そのとき、鳥のさえずりと共に風にのってかすかに楽の音が届いた。それは、春の喜びを、このうららかな日を感じさせ、浮き足つような心持ちにさせた。森の際に、まるで森の木々に溶け込むようにハーフエルフ達が楽器を奏でていた。
 ミトスの心躍るような軽やかな笛の音にマーテルの柔らかなそよ風の歌声が絡み、その旋律を印象的に際立たせるようにユアンの竪琴が静かに爪弾かれている。
 立ち止まり、まるでエルフ達がいるかのように森と同化し、大地と溶け合っている彼らを見遣る。その純粋な音に酔いながら、しかし、彼らには自分とは異なる血が流れていることを感じ取る。


「クラトス。遅いじゃないか。お腹がすいてしまったよ」
 ミトスが彼に気づいて笛を降ろす。無造作に合切袋の中に笛を放り込み、駆け寄ってくる。そのとたん、かかっていた魔法が解けたかのように、回りの音が聞こえ出し、森の中を渡る風に木々がざわめき、鳥が梢の上で高らかにさえずる。
 ユアンも抱えていた竪琴を切り株に立てかけ、優雅に立ち上がると横にいたマーテルの手を取り、こちらに向かって歩いてくる。春の女王と夏の王。昔読んでもらったおとぎ話。現実にはない妖精の世界。手の届かない場所。
 ほんの少しだけ、色紐を買ってきたことを後悔する。
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