セント・ヴァレンタインの惨劇

PREV | NEXT | INDEX

第二幕 イセリアの森近く、子供3名と大人3名がいる

 二月のわずかに過ぎたその日、ダイクの一階にはコレット手作りのおいしそうなケーキの香が漂う。日の差し込む窓辺のテーブルには、ロイド、コレットとジーニアス、クラトスとユアンが並んで座っている。
 今日は遠い昔の聖人、セント・ヴァレンタインを祝う日ということで、ダイクがドワーフ鍋を振舞ってくれるらしい。ドワーフは何事を祝うのにもなぜドワーフ鍋だけなのかと、ユアンがつっこむが、ロイドは首を捻るばかりだ。
「そういえば、クリスマスも、新年も、誕生日も、みんなドワーフ鍋だぞ」
 理由はさておき、それはそれで、すっきりしていてよいとクラトスが昔話を始める。とりあえず、差しさわりのある登場人物の名前や物を若干変えて、暖かい衣類に関する冷え冷えとした話が始まる。
「そんなわけで、私はセント・ヴァレンタインの贈り物には懐疑的なのだ」
 クラトスがしたり顔で数千年前の悲惨な贈り物についての話を終える。
 横でロイドとジーニアスとコレットのお子様三人組みがお腹を抱えて笑い転げている。その横でユアンがどこふく風と聞き流している。
 わかっているのか。お前のことだぞ。
「ロイド、クラトスさんが言っていることわかったかい。あの海賊服はやっぱり変なんだよ」
「そうか」
 ロイドはまだあの海賊服に未練があるようだ。
 よせばいいのに、コレットがロイドを煽る。
「ロイド、私は結構格好良かったと思っているよ」
「コレット、そうだよな。な」
 ロイド、これだけ話して、分からないのか。やはり、私が育ててやれなかったばかりに。がっくりと肩を落とすクラトスの横で、数千年前の三人組みとは別の意味で、彼からは計り知れない世界にいる三人組がじゃれあっている。
「なあなあ、その話を長々と聞かせてくれたのはさ。ク……父さん、自分は贈り物がないことの言い訳か」
 他のことはともかく、野生の勘だけはするどいロイドがたずねる。
「ロイド、クラトスさんはオリジンの封印を開放して体が弱っているんだから、そんなもの欲しそうに言ったらだめだよ。
 大体、僕なんて、今朝早くの最初の贈り物が姉さんの手作りクッキーだよ。睨みつけるから仕方なく一口齧ったら、目の前にお花畑が浮かんできたんだよ。もらわなくていいこともあるさ」
 がっくりと肩を落とし、申し訳なさそうな表情を浮かべるクラトスをジーニアスが訳知り顔でなぐさめる。
 ジーニアス、お前だけは常識があるようで良かった。それにしても、リフィルの腕前は旅も終わったというのに向上しなかったのだな。あれだけ我慢して食べた私の努力はどこへ消えた。


「ロイド。早くクラトスさんに差し上げたら」
 コレットがロイドに何かを押し付けている。ロイドも照れくさそうにしながら、こちらを見る。
 ユアンには悪いが、こういうときは本当に子供がいて良かったと思わず胸が一杯になる。そういえば、彼の大切な者はさきほどから一言も口を挟まないが、これは悪い兆候である。やはり、ユアンの前で親子の交流など見せ付けたら、落ち込むだろうな。
 クラトスの心配をよそに、ロイドがいかにも贈り物といわんがばかりの派手な包み紙に覆われたものを差し出す。
「これ、気に入ってくれるといいんだけど。俺、父さんの好みがよくわからないからさ、ユアンに教えてもらったんだよ」
 今、何か不吉な言葉を耳にした気がする。ロイド、誰に相談したと言ったのだ。奴のことを心配などしてしまったが、奴の行動を心配しなければならなかったのだ。どおりで静かにしていたわけだ。
 ちらと目を走らせれば、愛しいが頭痛の種でもあるハーフエルフは外を眺めるふりをしながら、部屋を脱出しようと後退を始めている。
「ロイドが出来ないところは、私も手伝ったんですよ。えへ」
 コレットがかわいらしく首をかしげながら言えば、ジーニアスも興味深々にクラトスが包みを開けるのを待っている。
 子供達の期待に答えねばならないが、とても嫌な予感がする。この軽さ、この手触り。なんだか、遥か以前に味わった苦痛が蘇る。
 案の定、美しい包装紙の中から出てくるのは、ラクダ色の手編みの物体。
「俺さ、編み物は初めてだから、コレットに教えて貰って、結構時間がかかったんだ」
 この地の英雄となった我が息子が夜なべして編んでくれた『は・ら・ま・き』を手に立ち尽くす過去の英雄。当然、子供達はクラトスが感涙にむせんでいると勘違いし、大喜びだ。
 一方、さきほどから話を聞いていた過去の三人組の生き残りは
「クラトス、私からは今日は贈り物を準備できなかった。許してくれ」
 と小声でつぶやきながら、動物的勘で命の危険を感じ素早く部屋を出て行く。
「父さん、泣くほど嬉しかったのか。良かった。俺、がんばって、パッチとか、ラクダのシャツとかも探してくるからな」
 ロイド、さきほどの話でマーテルが作ったものがこれと同じだと気づいていないのか。
「クラトスさん、私、ロイドと一緒に探してきます」
 コレット、うちの息子のボケをさらに煽るな。
「うっわー、ロイドもコレットも上手に作るな。もちろん、そのパッチとかを探すのは僕も手伝うよ」
 ジーニアス、お前だけは常識があると思っていた。
 クラトスの周りでぴょんぴょん跳ねて、彼の喜びもとい怒りに震える姿に全く勘違いのまま感動している子供達は、彼の口が詠唱を始めていることに気づいていない。
PREV | NEXT | INDEX
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送