セント・ヴァレンタインの惨劇

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第一幕 風の町にて、とある4人

 翌朝、早目に休んだおかげで、すっきりと起きる。外も日が差し、今日一日、天気が良さそうだ。宿の一階にある食堂へと下りていくと、早起きなハーフエルフ達がすでに席をとって、彼を待っていた。
「お早う。クラトス。大丈夫か」
 ユアンが空いている席を指す。
「ああ、もうすっかり元気だ。心配をかけてすまなかったな」
「良かったわ。クラトス、聞いてちょうだいな。あなたが宿に戻ってから、お店を回っていたらね、この地には素敵な習慣があることを聞いたのよ」
「セント・ヴァレンタインの日と言って、お世話になった人に贈り物をあげるという慣わしがあるんだってさ。いつも世話になっているお前が風邪をひいたからさ、何かを贈ろうと三人で相談したんだ」
 気づかないようでも、私の苦労(と忍耐力)を知っていてくれたのだな。そうか、やはり、わかっていてくれたのか。
「そんな気を使わないでくれ。気持ちだけで十分だ」
「そういわずに受け取ってくれ。私たちの部屋に用意してあるから、食事が終わったら、お祝いしよう」
「言っとくけど、ユアンと僕の部屋だからね。姉さまの部屋は隣さ」
 そうか、また、ミトスに邪魔されたのだな。ユアン。


 ミトスとユアンの部屋へ皆で行けば、テーブルの上にきれいに包装紙に包まれた贈り物がすでに三つ用意してあった。
 いかにも昨日の賑やかさを感じさせるような赤のハート模様が散っている薄いベージュ色の包み紙の上から、これまた、マーテルが喜びそうな紗に織ってハート模様を浮かび上がらせたリボンが掛けてある。
 私にここまで気を使ってくれるのか、お前達の気持ち、確かに受け取るぞと、クラトスも目頭が熱くなる。

「クラトス、おめでとう。私からのプレゼントよ」
 マーテルから渡された贈り物は想像したよりもふんわりと軽い感触だった。包みを開けると、そこには薄茶色をした手作りと思しき筒型をした用途不明なものが入っていた。
 マーテル、何だかわからないが、わざわざ自分で作って、私に用意してくれたのか。ありがとう。
 しかし、これは一体どういうものなのだ。どうやって、使うのだ。
「クラトス、気に入ってくれるかしら。あなた、その格好では寒いでしょう。こちらの町で聞いたら、寒い格好をしている男の子にはこれが一番と言われて、昨晩一生懸命作ったの。『はらまき』というらしいわ」
 察するに、このくすんだ色の茶色のものは、お腹に巻くものらしい。しかし、これを私がどのようにしろというのだ。いくらなんでも、この服の上から着けるわけにはいかないだろう。
「クラトス、遠慮するな。マーテルの贈り物なのだから、私のことなど気にせずに是非使ってくれ」
 ユアンがまた横から馬鹿なことを口走る。誰がお前になぞ遠慮するものか。しかし、お前ではないから、さすがにマーテルの手作りの贈り物といえども、今、ここで、この格好の上から着用するのは遠慮したい。
「クラトス、折角姉さまが作ってくれたというのに、気に入らないの」
 ミトスまでが文句を言ってくる。お前達のファッションセンスというものはどうなっているのだ。TPOというものがあるだろうが、さすがにヘイムダールの出身ではそのようなことは知らないか。
「いいのよ。ミトス。クラトスは優しいから下手なものだと、はっきり言えないのよ」
 マーテルがほんの少し俯いてしょんぼりすれば、例え、それが大地色の非常に地味な『はらまき』でも、断った方が悪いとしか、言えないだろう。
 じとっとこちらを見るユアンとミトスの目線が痛すぎる。わかりました。早速、着用させていただきます。


「私からもクラトスに贈り物があるのだ。これを受け取ってくれ」
「これは、なんだ」
 ユアンが差し出すものは、なんだか受け取ってはいけないオーラがすでに漂っている。数歩、後ろの下がりかけ、命がかかっているわけではないのだから、逃げるなと自分に言い聞かせる。
「ユアン、お前まで気を使ってくるとは、本当にありがたい。後で見るからな」
 恐る恐る手を伸ばしながらも、まずは開けずにすます言い訳を考える。しかし、相手もさるもの、にっこりといつもの見た目だけは清々しい笑顔を浮かべ、クラトスに近づいてくる。
「そう、遠慮するな。まあ、開けてみろ」
 後ずさりをするクラトスの手にユアンが紙包みを押し付ける。マーテルのきらきらと期待の輝く眼差しと、ミトスの剣の師匠へ送るには熱い目線を感じれば、ここでこの包みを開けないわけにはいかないだろう。
 手にとったものは、さきほどよりはやや重く、すこししなだれた感じがする。
「お前まで作ってくれたのか」
 少しでも時間を稼ごうと、ゆっくりとリボンをほどきながら、尋ねる。
「いや、マーテルと違って私はさすがに一日では作れるほど器用ではないので、店で買ったものだ。マーテルのものとコーディネイトできるように苦労したぞ」
 リボンをほどく手が止まる。この素晴らしい『はらまき』にコーディネイトできるようなものがこの世に存在しているのだろうか。ユアン、お前はコーディネイトとはどういう意味か知っているのか。
「早く開けてみて」
 ミトスが急かす。
 仕方なく、リボンをほどき、包みをこれまた馬鹿丁寧にはがすと、中からだらんとしたやはりアースカラーの物体が出てきた。
「こちらの地方ではな、こういう寒い季節にいい年をした男はみなこれを着用しているそうだ」
 いい年とは、どういう意味だ。一体、何歳のことだ。大体、私をいくつだと思っている。お前達だっていい年をしているだろう。そもそも、これこそをどこにどうやって着用しろというのだ!
「パッチといって、通常は下穿きとして使うらしいのだが、お前の服装ではな、ちょっと下に穿くのは難しいかと思って、大きめのサイズで上から着用するように、店の人に頼んだつもりだ。どうだ、サイズはいいだろうか」
 手から贈り物が零れ落ちる。これを上に着用する。正気で言っているのか。
 いかん、気が遠くなりそうだ。そうだ、風邪がぶりかえしたに違いない。部屋に戻ろう。ふらふらと逃げ出そうとするクラトスの前に、ユアンがクラトスが取り落としたパッチを持って、立ちはだかる。
「顔色が悪いぞ。さあ、これを着用すれば、暖かくなる」
「そうよ、クラトス。確かに顔が青いわ。大変、熱が出るまえに、どうぞ、着てちょうだいな」
「クラトス、今日の稽古はあきらめるから、無理せず、それを着て暖かくして」
 三人に取り囲まれたクラトスは、壁際へと追い詰められる。まるで悪霊に操られたゾンビに取り囲まれて逃げようのないホラー映画の主人公の心持で、想い(怨念)のこもった『パッチ』を着用する。
 その周りで、ニコニコ笑っている三人のハーフエルフの影に、クラトスがとげのついた長い尻尾と二本のうごめく角が見えたと思っても、責める者はいないだろう。


 自棄になったクラトスがたずねる。
「ミトス、お前も私に渡すものがあるのだろう」
 もちろん、ミトスもユアンと同じく見た目だけは清々しい笑顔で力強く頷く。
「クラトス、お前のマントの下に着れば寒くないと思って、これを贈り物に用意したんだけど、気に入ってくれるかな」
 マーテルとユアンがニコニコと笑顔を浮かべるなか、ミトスも照れくさそうに包みを差し出す。
「ミトスも探すのに苦労したのだよな。お前のサイズはなかなか見つからなくてな、五軒ほど店を回ったな」
 ユアンが真面目な顔で説明をする。マーテルはまるでようやく巣立ちをしたヒナをみる母鳥のようにミトスを見遣っている。
 ミトスはそんな二人に見守られて、クラトスへと一歩進む。一歩後退しようにも、後は壁だ。クラトスの震える手に、これまた、予想外に軽い感触の紙包みが乗せられる。
「『ラクダのシャツ』というらしいよ。ユアンが買ったパッチに合わせた方がいいと思っていたら、お店の人がこれが一番だと勧めてくれたんだよ」
 マーテルが促すようにクラトスを見る。
 わかりました。開けさせていただきます。あなたの目に入れても痛くない、見てくれだけはかわいらしい弟さんに感謝して、着用させていただきます。
 心の中で呪詛をつぶやきながらも、包みをほどく。中からは、キャメル色の落ち着いた雰囲気(他に何と言えばいい!)のシャツが出てきた。
 ミトス、お前もか。元老院の議員達の前で、子飼いのブルータスにぐさりとやられたジュリアス・シーザーの気持ちもいかばかりかと思うような衝撃を受ける
 そんなクラトスの落ち込みなど、どこふく風でハーフエルフ達がはしゃいでいる。ユアンが良くやったとでもいうように、ミトスの肩をたたいている。いつもはその手を勢い良く払うくせに、なんだ、ミトス。その満足そうな顔は。


 お前達、計ったようにこの怪しい薄茶色で統一しているのは何か悪意でもあるのか。クラトスの思考が四次元世界を彷徨っている間にも、ハーフエルフ達はうれしそうに微笑んでいる。
「いいぞ。クラトス」
「似合うわ。クラトス」
「クラトス。こんなにぴったり合うとは思わなかったよ」
 心底、口々に褒めるハーフエルフ三人組を前にして、三人の服装センスについて、深く考え込むクラトスだった。
 数千年後にわが子の服装センスについて、また頭を抱えることになるとはこのときの彼は知るよしもない。
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