セント・ヴァレンタインの惨劇

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幕前

 珍しく、平穏なままで新年を迎え、一行は風の町にいた。
 滞留している町は山の中腹にあり、深い谷を隔てた他の町との往来には頂上から飛び立つ飛竜が使われている。そのような場所であるから風は冷たく下から吹き上げ、真冬には少々過ごすのつらい場所でもある。
 しかし、明日の祭日に向けて、多くの市が立ち、買い物客に溢れているせいか、さほどの寒さは感じない。明日はセント・ヴァレンタインというこの地で生まれた聖人の生誕日であり、この地で愛の布教を始めたということで、祭日となっている。
 なんでも、セント・ヴァレンタインの日には、家族や親しい者へ、日頃の感謝と愛を込めて贈り物を交わす慣わしがあるらしい。特に想いを伝えたい相手に贈り物を渡せば、その日だけは贈られた相手は祝福された一日になるとされている。それが、体よく、愛を伝えたい恋人達の記念日のようになっている。
 穏かな新年を迎えたせいか、この地が豊なのか、人出は多く、店に置かれている品物も豊富で、見て歩くだけでも十分に楽しい。
 例によって、腕を組もうとマーテルに差し出した手をミトスに剣の平で叩かれ、ユアンが大げさに痛がっている。マーテルはミトスに向って駄目よとお小言を言いながら、ユアンの腕をさすっている。
 ミトス、無駄なことはしない方がよい。余計に見せ付けられるだけだ。
 前を歩いているハーフエルフ達ほど興味はなかったが、クラトスものんびりと崖に這うように作られた道沿いの店を冷やかしながら歩く。数軒目の店と崖の隙間から吹き付ける冷たい風に思わず、ぞくっと寒気を感じ、くしゃみをした。
 振り返った三人が心配そうにクラとスを見る。
「薄着がいけないのかしら」
「確かにその服装は寒そうだな」
「雪の中では、それではつらいよね」
 お前達だっていい勝負の服装ではないのか。しかし、心配してくれるとは仲間とはありがたいものだな。まだ、店をそぞろ歩くのに興味のありそうな三人を残し、先に宿に戻って休むことにする。
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