番外編(収束)

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OVA仕様 オリジンの封印解放 後日譚
Love has NEVER been over (Eternal Love)



Love is over, 悲しいけれど
終わりにしよう。きりがないから
Love is over ワケなどないよ
ただひとつだけ、あなたのため
      Love is Over, 作詞・作曲 伊藤薫 より



 古い歌がユアンの脳裏に繰り返される。どこで聞いたのか、もう思い出せないが、 随分と胸に響いた。まだ、彼女が傍らにいたから、自分のこととは思えず、 それでも愛が苦くも、辛いことにもなりうることを、予感していたような気がする。
 クラトスがずいぶんと回復した。そろそろ、この部屋から追い出さなくてはならない。 何を躊躇っているのか、クラトスはなんのかんのと肝心のことははぐらかし、 ユアンが語るこの世界の姿を聞きたがる。 クラトスの息子やその仲間がいれば、それでいいのではないか。未来は彼らの手にあり、 ユアンの言葉は数千年前の夢想に過ぎない。それは、ロイド達の未来が多少は彼の夢と重なってくれれば 嬉しいかぎりだが、ユアンは引き際は心得ている。 一方で、クラトスと語り合うことの心地よさから離れられない自分がいる。
 今宵の夕食の後、ユアンは調合した薬を渡しにいくと、クラトスが寝台に腰掛け、 愛用している剣を磨いていた。
「ようやく、大剣を持てるようになったか」
 ユアンが声をかけると、クラトスが頷き、軽く剣を払った。空気を切る 軽快な音が部屋に響く。
「まだ、稽古には早いぞ」
 ユアンの声にクラトスも大人しく賛同した。
「そうだな」
 くるりと剣を回し、クラトスは鞘に収めた。そして、彼が持ってきた薬湯を受け取ろうと 片手を伸ばした。
「お前が作る薬のおかげで、すぐにでも稽古できそうだ。相手が必要だが」
 一息で薬を飲み干し、クラトスはユアンの答えを待っている。
「貴様の息子がしてくれるだろう」
「ロイドと対峙する前に、勘を戻す必要がある」
「私はもう武器は持たない」
 この数日の会話はこの繰り返しだ。
「どうして、素直にロイドと話そうとしない」
「あの子の怒りを受け止める必要がある。あの子の信頼を踏みにじったのは私だ」
「それは、貴様が意図的に踏みにじったのではないだろう。あの状況で最も最善の策だっただけだ」
「ユアン、お前は全てを知っているから、そう言えるが」
 大剣を寝台脇にたてかけ、クラトスは寝台の上に寝転がった。 心ここにあらずと薬湯の入った器を片手から片手へと移し、 クラトスは天井を睨みつけている。
「クラトス、貴様の息子だ。ロイドは貴様がしてきたこと、全てを受け入れられる。そうでなければ、 精霊王と契約ができるはずもない」
「それでも・・・」
 言いよどむクラトスの脇にユアンも座り、空になった器をその手から取り上げた。
「いずれにしろ、回復することが一番優先だ」
 ユアンの手がクラトスの頬を撫でると、クラトスの手がその上から 重なってきた。古い歌曲が頭の中で鳴る。お前のために 私ができることは、回復ぐらいしかない。ユアンの心の中の 声が聞こえるわけもなく、クラトスが彼の手を強く握りこむ。
「なぜ、武器を持とうとしない」
 クラトスが唐突に話題を変えた。
「それは、なんと言えばいいのだろう」
 ユアンはしばらく考え、言葉を継いだ。クラトスは彼の手を放すことなく、 黙って待っている。
「これからはマーテルが望んだ世界、いや、ロイド達が、皆が望む世界になっていくはずだ。 私は彼女の望みを叶えるために、貴様も知っているように、 多くの血を流した。それこそ、数え切れないだけ。 いや、私が覚えられないだけの血だ。それでも、私には叶えられなかった」
 深いため息を落とすと、ユアンは自らの手をクラトスの戒めから抜いた。 互いにひどく手に汗を掻いていた。全てを分かっている相手であるにも関わらず、否、 それだからこそ、今でもクラトスの前で認めるのは 辛かった。しかし、告げなくてはならない。息を数回整え、ユアンは静かに続けた。
「だから、 一つとなった世界で、私は、これから、私自身は一滴たりとも血を流したくない」
「そうか。だが、血を流さないために、お前が消えることはないだろう」
 あくまでも理性的なクラトスの言葉にユアンは激しく首を振った。
「これは、私の、私なりのけじめだ。いや、違うな。それでは自分を取り繕っている。 私は私を信じていない。血を流すことを恐ろしいと 思っても、わが手を止めることはなかった。だから・・・私の存在が今最も恐ろしい」
 クラトスが身を起こし、ユアンの肩を抱き寄せた。 ユアンの耳元でクラトスが囁く。
「なら、私も消えるべきではないか」
「・・・貴様にはロイドがいるだろう」
「ユアン、私もそうだ。我達は二人とも手を汚しすぎた」
「いや、貴様は守るための剣だった。私は・・・滅ぼすための剣だった」
 何をとクラトスは聞かず、ユアンの長い髪をそっと撫でた。 しばらく、二人は寄り添ったままでいたが、クラトスが再び口を開いた。
「先日、私が話をしたいと言ったとき、お前はこういったではないか」
 マーテルが望む世界のこれが始まりだ、とクラトスがユアンの言葉を繰り返した。
「私達は長生きしすぎた。だが、幸か不幸か命がまだある。だからこそ、始まりの先を見る義務もあるのではないか。 もう手を出せない。手を出すことは許されない。だが、この世界の一端は私達が原因だ。 見ずにすまされることだろうか。お前がこの世界を見ずして逃げて、マーテルも、いやミトスも 納得すると思っているのか。この私が・・・」
 クラトスの手がユアンの肩に回され、二人は向かい合った。 逸らそうと目を伏せ、やがてユアンはクラトスの強い眼差しに向き合った。
「貴様こそ、ロイドに打たれて消えようとしているだろう」
 きらりと怒りを滲ませ、青い瞳がクラトスを焼き尽くす。 今度はクラトスがたじろぎ、目をそらした。
「卑怯なことはするな。ロイドの手を汚させるな」
「では、ユアン、手助けをしてくれ。私と稽古したところで、血は流れないだろう」
 クラトスが二人の緊張を払うようにユアンを抱き寄せ、彼の耳に囁く。
「この私がロイドの前に立てるよう、助けてくれ」
「私に甘えるな。だが、そうだな。この世界を我が目で見なくてはならないのかもしれない」
 ユアンはそう言うと、クラトスの背に手を回し、諦めとも、 了承ともつかない吐息をこぼした。 クラトスは長い髪ごとユアンを抱きしめ、その背を宥めるように軽く撫でる。 ふと、寝台脇の小机に小さな花瓶がクラトスの目に留まった。 小さな花がうつむき加減に活けてあった。
 深い安堵と喜びをのせて、クラトスは答えた。
「ああ、我々は見なくてはならないと思う」


   数日後、ユアンは結局クラトスの相手をした。レネゲードの基地に放置された 練習用の剣はうっすら埃を被り、拾い上げると、埃はふわふわと漂い、 どこかへと広がっていった。空の彼方へと散り、消えたものは二度と戻らない。 だが、彼はまだ生きている。ユアンは久しぶりに手にした剣を 軽く振った。淡い後悔はあったが、いつも感じていた武器を取ることの寒々しさは 湧きあがらなかった。
 多少なりとも手加減したつもりだったが、クラトスの重い剣筋を 相手を傷つけずに受けるのは重労働だ。 そういえば、遥か昔の旅で、ミトスやクラトスと打ち合っていたときは これほど疲れなかった。やはり、稽古は大事だな。 だが、クラトスの回復は早い。明日には彼が押されるだろう。
 ユアンはさっぱり汗を落とすと、寝室の前にある居間と呼ぶには殺風景な部屋の 長椅子に転がった。
 久しぶりに心地よい眠りが彼を包んだ。
 マーテル、お前の望みに応えるためには、私はまだまだ修行が必要そうだ。


 いきなり、胸の上を何かが押しつぶし、彼の眠りを邪魔した。
「お、重い」
 ユアンは悲鳴を上げた。
「クラトス、私の上から降りてくれ」
「今重いと思ったな、じゃなくて、言ったな」
「ああ、言ったとも。とにかく、人の寝入りばなに襲い掛かるな」
 ユアンはクラトスを自らの上から追いやろうと体をひねった。 悪いことに、クラトスに自分の寝台を譲り、長椅子に寝ていたものだから、 クラトスと長椅子の背の間で身動きもできない。
「襲い掛かったわけではない。恋人の戯れだ。さきほどは稽古に付き合ってもらったからな。礼だ」
 もみ合う二人の動きに長椅子がぎしぎしと軋んだ。
「いつ、どこで、私と貴様が恋人になった」
 ユアンはクラトスの腕の下で背骨がおられそうなほどの拘束を振りほどきながら叫んだ。
「正確には3780年前の双竜の月、ウィルガイアの私の部屋で」
 なんだ、それは。私の記憶ではクラトスが自分勝手かつ偉そうに一方的に演説していただけだぞ。 演説のテーマは愛に多少関係していたかも知れないが、いつ私が頷いた。
「私は貴様が嫌いだったのだ」
 この言葉は、今回は全く効き目がなかった。にやりと笑ったクラトスはあっさり答えた。
「四千年前のわずかなときはな」
 ユアンはしょうことなく、続ける。ま、お約束だからな。
「貴様だって、私に興味がなかっただろう」
 もちろん、クラトスは再びにこりと笑って流した。
「四千年前のわずかなときだけだ」
 一応、これもお約束だ。
「私は貴様が嫌いだ」
 叫ぶユアンの口をクラトスが自分の口でふさいだ。 じたばたと暴れていたユアンの足は力を失い、クラトスの胸を押しやっていた 腕はたくましい首へと回された。 長く激しい接吻に、二人の間で短く息が交わされる。
「私はお前が好きだ」
 クラトスが抵抗しなくなったユアンの耳にささやき、長く青い髪を梳いた。 力を失ったユアンの腕がクラトスの背を撫で、 はぁと長いため息が落とされた。 クラトスはわずかに体をずらし、ユアンへ負担がかからないように 斜めに体を重ねた。もうユアンは動かず、ただ優しくクラトスの背を 撫でるだけだった。
「貴様の気持ちは・・・分かっている」
 ようやくユアンが答えた。
「ずっと前から分かっていた」
 わずかに潤んだ青い目をクラトスは覗き込み、 額を秀でたユアンの額に押し付ける。
「よかった。私達はずっと恋人同士と思っていた」
「そうだな。それは認めよう」
 ユアンはクラトスの背を軽く宥めるようにさすり、 起き上がろうとした。
「嫌いという言葉は取り消してくれ」
 クラトスはユアンの耳に熱い息を吹きかける。
「貴様はいつでもまっすぐすぎる」
 ユアンはもう一度クラトスの胸を押した。
「それに、このままでは長椅子が壊れる。起きろ」
 しぶしぶとクラトスは体を起こし、ユアンはクラトスの横へと 座りなおした。
「ユアン、恋人の語らいに長椅子が壊れるはないだろう」
 あくまでも話題を変えようとせず、クラトスがユアンを詰った。 ああ、少し回復するとこれだからな、とユアンは嘆息した。 もうちょい、稽古のときにたたきのめしておけば良かった。 でも、とユアンは頭の中でこれから言おうと思うことをさらう。
 私がレネゲードを組織し、貴様がウィルガイアを去った。そのとき、 我々はもう終わったのだ。新しい世界は二人を二人のままで受け入れる 余裕はない。これ以上、きりがない。互いのために、ここで終わりにすべきだ。
 黙りこくるユアンの顔をクラトスが両手で挟んだ。
「今、終わりにしようと言わなかったか。何を終わりにしたい」
 どうやら、独り言が漏れたようだ。焦るユアンの気持ちに気づいたかのように、 色が濃くなり赤い瑪瑙のような瞳がユアンの瞳を捉える。 凍り付いたユアンの 乱れた髪を後ろへと払いのけ、クラトスが その髪を追うように顔を寄せた。クラトスがせわしなく吐き出す息が 頬をくすぐる。 どきりとするのは、マナが足りないわけではない。 忌々しいことに、この男の眼差しが、声が、態度がそうさせるのだ。 数千年にも渡って、編まれてきた絆がそうさせる。
「だが、何にでも終わりはくる」
 ユアンは男の表情を見ないように、目を閉じ、 静かに話しかけた。
「終わらないものもある」
 クラトスがユアンを抱きしめ、耳もとにささやいた。
「お前のマーテルへの愛は消えたのか」
 その低い声には不似合いな言葉がユアンの耳をくすぐる。
「私のアンナへの愛は永遠だ。消したくても消せない」
 さらに、クラトスが続けた。今、この男は何を言ったのだ。 ユアンは混乱する頭で何か答えようとして、深く息を吐きだすだけだった。 ユアンにも、ましてやミトスの前で一度も語られなかった名前が クラトスの口から飛び出した。 あまりに不似合いな言葉を吐き出すクラトスに何を言えばいい。 精霊王の封印を解放したことで、どこか、ねじ切れたのだろうか。 回復途上で何か体内バランスが壊れたのだろうか。 私の治療が間違っていたのか。
 驚いているユアンの耳元でクラトスが明確に言葉を紡いだ。
「そして、私は、お前が私のことを嫌いでも、好きだ。大好きだ」
「止めてくれ」
 ユアンはクラトスの言葉を止めた。
「いや、お前が分かるまでいつまでも伝えるつもりだ。それは好いてくれた方がさらによいが、 お前の気持ちは尊重する」
「こんな不毛な言い争いはきりがない」
「不毛なものか。私を生かしているものだ」
 ああ、大嫌いなはずの男のなんと愛しいことか。
 クラトスが言いつのる唇に、今度はユアンから口づけを与える。 先ほどから熱のこもる二人の間に、何も入れないほどの熱気が立ち上った。 しばらく、咥内での触れ合いを楽しんでいたユアンは、 ゆっくりと唇を離した。
「ユアン・・・」
 追いかけるクラトスの唇に指をあてる。
「止めたのは、クラトスに本当のことを言いたかったからだ」
 クラトスの強い眼差しに再び胸がわしづかみされる。
「大好きだよ。嫌いと言ったのは、そうでも言わないと クラトスに封印の解放をさせられそうもなかったからだ。 貴様の命とこの世界を天秤にかけると思うと、自分が何をするのか 分からなかったからだ。そして今、世界のために優先すべきことを 忘れてしまうかもしれないからだ」
 クラトスはユアンの髪を慈しむように撫でた。
「お前に忘れて欲しいような気もするが、お前が誓いを破るなど無理なことも分かっている」
 クラトスの囁きに、深い安堵を覚えるのは、彼に甘えすぎているからだろうか。 今更なのかもしれない。二人の時は長い。知らないことに怯えず、分からないことを認め、相手を受け入れることに誇りを覚えた。 それは消すことは出来ず、今も彼の生に寄り添っている。クラトスの簡潔な言葉に 感謝すべきは自分だった。好きだ。
 そのまま、ユアンは長椅子から立ち上がった。
「ユアン」
 不安そうにクラトスが声をかける。
「まだしばらくここで暮らす必要がある。貴様はまだ全快していない。長椅子は壊したくないから、 寝室へ行こう」
 そのまま、ユアンは 寝室へと歩きながら、するりと夜着を床へと落とした。 はっとクラトスが息を飲む気配がしたかと思うと、 彼が近づき、素肌の肩に熱い手をかける。 その手をひっぱり、 ユアンはクラトスを寝台へと思い切り引き倒し、 両肩を押さえて、彼の 顔を覗き込んだ。
「まだ回復していないと思うが、クラトス、文句を言うなよ」
 ユアンがからかい気味にささやくと、クラトスも不敵に答えた。
「ユアン、お前が倒れなければな」


   失ったかもしれない。
 だが、自分の中にそれはひっそりと在る。
 終わったわけがない。
 終わるはずもなかった。

 終わりにしたいと思ったのはなんだろう。
 手から零れる苦しさも、それに勝る愛しい思い出も
 感じたことは心の内にそのままある。
 自分で終わりにすることも、相手が終わりにすることも出来ない。

   二人で作りあげたものは、それぞれの中に在り、二度と引き返せないのだから。
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