番外編(収束)

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OVA仕様 オリジンの封印解放 後日譚
大好き

 救いの塔が粉々に崩れ、空中に消えていく。ロイドがなした。息子への愛しさと 感謝と申し訳なさが彼の心の中を彩り、代わりに数千年輝いてた金色の楔が その色を失っていく。彼を支える男も息を飲んで目の前の光景を見ている。あえぐように息をし、その後、思い直したかのように、彼を支えなおした。
 体中の細胞が千々バラバラになろうとしている。まるで、幻影の救いの塔に立ち、地上を眺めていたとき のように、彼の体が消えゆこうとするのを他人事のように観察する。 精霊の王は一瞬二人を睥睨したかと思うと、何も告げずに消えた。 数千年抱えていたにしては、あっさりしたものだ。精霊らしい反応に、 慌ててロイドを頼むと伝えたかったが、足はもう動かなかった。 崩れ落ちる彼を横にいるお節介な同志が支えた。
「クラトス、マナだ」
 いつ聞いても気持ちの良い声が、彼の様子に慌てている。引き攣った声色に さきほどの衝撃が少し和らいだ。すこしは私を心配しているか。嫌いでもマナを 分け与えてくれるぐらいの配慮はあるわけだ。
 だが、ユアンは私のことを嫌いだったのか。なんてひどい告白を するのだ。黙って逝かせてくれればいいものを。クラトスはユアンが差し出すマナを 押し返そうとしたが、精霊王を解放した体は彼の言うことを聞かなかった。
 次に気づくと、ユアンに抱えられたまま歩いていた。もうこのまま放り出してくれと 思うが、意識は混濁し、どこに向かっているのかも分からない。 ユアンがしきりに声を掛けてくる。胸が苦しい。そんな声でもう私を呼ぶな。
「おい、もう少しがんばってくれ」
 ユアンの声が耳元で聞こえる。ユアンの肩に寄りかかり、彼の青い髪が 歩く度に彼の顔や肩を撫でていく。こんなにも近いのに、 ユアンの気持ちが分からない。嫌いな相手の面倒をみないほうが いいのではないか。そもそも、私がこんな様だから、ユアンはあんなことを 言ったのだ。苦しい胸に無理やり空気を呼び込む。 クラトスはどうにか自分の足に意識を寄せた。
「後少しだ」
 クラトスの意識がまた覚醒した。ユアンはまだ傍にいる。ここはどこだろう。 見たことがない場所だが、ハーフエルフ達の技術がそこかしこに見られる。 ユアンがいた基地だろうか。ふと、意識が遠くなりかけると、ユアンが 彼の体をもう一度下から支えなおした。体全体が温かくなり、 自分のものではないような足がどうにか自らを支えた。ユアンのマナが、 彼の体に入り込み、隅々まで血を通わせる。もう、 私に構って欲しくない。ただの同志として、命を長らえさせられても、 何をしていいのか分からない。私の役目は終わったはずだ。
  「ユアン・・・」
 クラトスは声を絞りだした。
「口をきくな」
 ユアンの冷たい声が耳を通り過ぎる。自分にかける声の冷たさに気が遠くなる。
「貴様の息子が何をするのか、見ようと約束した。まだ、お前は見ていないぞ」
 何を言っているのかわからない。そのとき、ユアンが廊下に手をついて、 深くため息をついた。クラトスがよりかかるユアンの首筋がうっすら汗で 濡れている。嫌いな相手を運べば、それは鬱陶しいだろう。もう 放り投げてくれ。なにか気に入らないことでも言えば、 叩き投げるだろう。クラトスはユアンへ声を掛けた。
「今、重いと思っただろう」
「は・・・」
 予想外なことに、ユアンは優しく彼に呼びかけただけだった。
「クラトス」
 薄暗い部屋の中へユアンがクラトスを運び入れる。 その部屋に覚えはなかったが、ウィルガイアにあるユアンの居室の 雰囲気が漂っていた。促されるままに寝台へと横たわった。やはり、 ユアンの部屋に違いない。かすかにユアンの香がする。思わず、クラトスは 息を乱した。
 ユアンはすぐに寝台から離れ、向こうでグリーブがごとりと音をたてて放り投げられた。 扉からユアンが飛び出す気配が感じられたが、追いかけようにも動けない。 なにやら、体をゆすられる感触に、いつの間にかユアンが戻ったことが わかった。ベルトをはずす手慣れた手際に、クラトスは意識を呼び覚まされた。 静かに、しかし、的確に防具がはずされる。ユアンが息をのんだからには、 かなり傷が深いのだろうか。
 長年の経験で自分の傷の程度はおおよそ分かる。 このまま放置されれば、さしもの彼の存在も消えるだろう。 それが一番彼にとって相応しい結末に思える。 長すぎる生がさらに延ばされても何もうれしいことはない。 クラトスがせき込むと、唇から再び血の混じった体液が流れ出た。
 ユアンが優しく彼の口の端を布で拭う。
「まずは傷の治療だ」
 涙だけは見せられない。ユアンの動作に動揺し、クラトスは 寝台から逃げ出せなかった。どうにか、声をふりしぼり、 治療を止めようとした。
「もういい」
「いい加減に自覚しろ」
 ユアンはため息を落としながらも、手当を続ける。ユアンが無意識に 放出するマナの力と輝石の力で、クラトスは 傷がある程度は収まってきたことを理解した。 ユアンが、ロイドをかばったときにできた頭の傷に触れる。 ユアンの指先の冷たさに体を震わせ、 浅くなる息を堪えようとしたが、胸に重石がのったように苦しい。
 全身を覆う痛みが薄れるころ、ユアンがくすりと笑った。
「あれか、私が治療するより、拾ってくださいとでも書いて、貴様の息子の家の前に置いた方がよいか。 ダイク殿は面倒見がよさそうだからな」
「ユアン」
 さすがにクラトスは声をあげた。息子が何をしたか、何をしたいか、 それをやり遂げる意志も、もう分かった。 後は自らを片付けるだけだ。この世界に居場所はない。 存在理由であった封印は消えた。
「ウィルガイアに連れていってくれ」
 彼の懇願にユアンはすこし目を見開き、それから優しく答えた。
「我々の罪の象徴は、あの塔は崩壊した。私では連れていけない。貴様の息子の家の前で泣きつくのだな」
 青いユアンの目が彼から逸れ、視点が彷徨う。クラトスがはっと気づいた。 彼に付き添うという選択肢以外に、ユアンには選ぶ道があったはずだ。彼女の存在が真に消えるとき、 傍にいるという究極の選択肢をユアンは何一つ躊躇わずに捨てた。 この数千年、ユアンの目から悲しみが消えたことはあったのだろうか。 かすかに焦点の合わない青い瞳の向こうに、死ぬなと叫んだ息子の琥珀色の瞳が よぎる。ユアンはこれからどうするのだろう。
「・・・」
 しばし、逡巡した後、クラトスは深いため息と共に目を閉じた。
「話したいことがあると言ってたではないか。聞きたいこともあると言ったぞ。死ぬなと叫んだのを聞いていなかったのか」
 片時も忘れないロイドの言葉をユアンが淡々と繰り返す。 まるで、自分には関係ないというように。
「怖い」
 また失うのが怖い。
「もう一度ロイドの側に行くことが怖い」
 再び失って、それでもロイドの前にまっすぐに立っていられるだろうか。何よりもかけがえのない息子の視線を 受け止めることができるだろうか。クラトスは胸の内の苦しさに歯を食いしばった。
「馬鹿な男だ。話をしなければならない相手が、聞いてくれる相手がいるのに、何が怖い」
 彼の表情を、言わんとすることを勘違いしたのだろう。クラトスの体を拭うユアンの手つきが若干乱暴になった。
「痛い。ユアン」
「自業自得だ。ほれ、一応の治療は終わりだ」
 ユアンが彼の胸に手をあて、目を閉じてマナの動きを感じている。 なぜ、そんなに穏やかな表情をしている。嫌いと言った相手を癒して、 やっていることが逆だろう。クラトスは触れるユアンの手の 軽さにはっとした。動かない腕を持ち上げ、ユアンの体に触れた。 これだけ弱っていなければ、すぐ気づいたのに。 クラトスはなけなしの力を振り絞り、ユアンを抱き寄せた。
 ゆっくりとユアンの目が開き、透明な青色の瞳がクラトスを見下して、すぐに横に逸れた。
「治療は終わった。汚れた服をこれから洗ってやる。少しお前が回復したら、お前の愚痴を聞いてやるから 離せ」
 クラトスは渾身の力を振り絞り、ユアンに縋った。
「ユアン、お前こそ、なぜマナが揺らいでいる」
「貴様の体調が悪いから、そう思うのだろう」
「いや、人間の私に分からないと思うなら大間違いだ」
 人とハーフエルフの違いなんて、天使の力の前では大した差ではない。 お前のマナの力をずっと感じてた私が気が付かないとでも思うのか。 何かをごまかそうと笑みを浮かべて口を開けかけたユアンの姿に、 クラトスは無遠慮に服の上からユアンの胸に触れた。
「石をはずしたな」
 クラトスが感じた通りだった。これほど、マナを消費して何をしでかしている。
「今は不要だ」
 ユアンが目を合せずに小さな声で答えた。
「ロイドがなにをするのか見ないかと言ったのはお前だ」
「そうだ」
 やはり、ユアンは目を合せない。数千年の同志だ。表情を変えないことが 何かを隠しているとクラトスに告げる。今のユアンの状況に、クラトスは 確信した。
「では、私だけ残していこうとしているのはなぜだ」
「いや・・・」
「この部屋には何も置かれていない。お前のものが何一つない」
 何か違和感があると思った。自分の口から出るとクラトスの確信はさらに深まった。 確かに何も持たないで過ごしてきたが、何一つ持たなかったわけではない。 互いにすぐに動ける範囲で何某か愛着するものがあったのは、数千年で 分かっている。彼女が愛した小箱、ミトスが拾った煌めく貝殻、クラトスが 渡した戦術の本、ウィルガイアに置いてきたはずがない。あそこを出たときに ユアンが何も持たずに出るわけがない。だが、ここには何もない。
 彼の指摘にユアンは何も答えず、クラトスの腕を 自分の肩から引きはがした。その勢いに、腕が痛むのか、胸が痛むのか、クラトス は分からなかった。ユアンが彼に背を向けて座りなおす。 弱いマナの煌めきがさらに不安定に揺れた。
「貴様は私のことなど興味はないくせに」
 軽くユアンが口にした。その声音がクラトスを不安にさせ、また、怒りを呼び起こした。
「そういえば、封印解放前に、よくも私を嫌いと言ったな」
「嫌いを嫌いと言って何が悪い。しかも数千年前のことだ」
「数千年前のことを言われて、私が今気にしないと思っているのなら、お前は大きな間違いをしている、ユアン」
 クラトスは痛みをこらえ、ユアンの二の腕を掴んだ。力が入らず、ユアンはこちらを振り向かない。
「クラトス、その手を離せ。しばらく休まないとだめだ」
「いや、お前が石を装着して、私の横で休むまでは離さない」
 ふうとため息をつき、ユアンは振り返ると再びクラトスの胸に手をあて、マナを放出した。
「では、手を離せ。横にもなれない」
「輝石を出せ」
 しぶしぶとユアンは青い輝石をクラトスに渡す。クラトスは彼の上着を自分でできうるかぎり素早くはだけると、 要の紋の上に石を装着した。
 ぶるりとユアンの胸がはずみ、ユアンが大きく息を吸った。周囲の温度が上がったと 感じるほどマナが集まり、 輝石が明滅し、やがて落ち着いた。ちらちらと揺らいでいたユアンのマナが輝き、 クラトスも包む。 思わず、息を弾ませるユアンの胸をクラトスは静かに撫でた。 とりあえずの危機は回避できた。
「石をつけるだけにしては、貴様の手がしていることが違うぞ」
 ユアンの文句は相手にせず、クラトスはユアンの表情を伺った。 深い諦念と微かな安堵がその面を彩っている。私だけこの世界に置いては いかせない。必死の思いで ユアンの耳元にクラトスは囁いた。
「あの絶海牧場で、ロイドが何をするのか見ないかと言ったな」
 ユアンは深くため息を落とした。
「ああ・・・わかった、クラトス。だが、貴様、回復が先だろう」
 少なくともこの場での了承は勝ち得た。もう一度、ユアンの胸を撫でると、 彼の気持ちを無視するようにユアンは起き上がろうとした。 駄目だ。まだ、伝えていない。ユアンの腰に手を伸ばすと、 さきほどより顔色のよくなったユアンが今度はすがるクラトスの手を 再度取ってくれた。 そのまま、くすくす笑いながらユアンが彼の横になる。クラトスは痛みをこらえながら、ユアンへとにじり寄った。
「お前が私を嫌いと言った言葉を訂正しないかぎり」
 そこで、クラトスが唇をかんだ。決して放さないからな、と言うには 体が弱りすぎている。ここは大人しく回復したほうが良いだろう。 横でユアンがクラトスへと体を向けてきた。
「悪かった、悪かった」
 宥めるようにクラトスの頬を撫で、ユアンは囁いた。だが、そんな言葉で 謝られたと思われてはかなわない。マナの揺らぎに気がついたときの 衝撃はこれからきちんと癒してもらうつもりだ。
「心がこもっていない」
 どんな表情で言っているのだろうと思いつつ、クラトスはどうにか言葉を 吐き出した。何を思ったのか、しばらく考え込んでいたユアンは にこりと満面の笑みを浮かべ、彼の顔に軽く触れるような口づけを落とし、 もう一度優しく頬を撫でた。
「熱が出ているようだから、静かに寝ろ」
 多少の反省はしたようだが、もう一押し言っておこう。
「私の傍を離れるな」
 口から言葉を押し出すと同時に暗闇が襲ってきた。ここまで体が 弱っていなければ、と歯噛みしていることにユアンは気づいただろうか。
「傍らか・・・」
 ユアンの声が遠くで木霊し、ユアンの手が、再びクラトスの頬に触れる感触がした。


   数日たつと、クラトスはどうにか動けるまでに回復した。彼が指摘したせいか、 ユアンのマナも安定し、クラトスの不安も収まった。 少なくとも、二人でいる間、ユアンは彼の世話と 治療に専念しているようだ。だが、そろそろ、話し合わなければならない。 世界をめぐるマナの動きは勢いを増し、大樹の息吹を感じるが、 それがユアンをこの地にとどめる力となるだろうか。
「なあ、クラトス」
 ユアンが話しかけてきた。
「我らが想像していたより豊かなマナが感じられるな」
 ちょうど、都合がよいかもしれない。クラトスも体を半分起こし、 ユアンの表情を伺いながら素早く答えた。
「そうだな。マーテルとお前がよくミトスに語っていたな。 もし、大樹がその勢いを取り戻せば、マナの輝きがどれほどかと。 私には見えなかったが、お前たちには見えていたのだな」
 クラトスの前でユアンが懐かしそうに半ば目を閉じて答える。
「いや、私にも見えていなかった。今は息が苦しいくらいだ」
 ユアンの言葉にクラトスがはっと身を起こした。
「まさか、石を外しているのか」
「貴様の前ではもうしない」
 ユアンがしれっと答えた。まったく悪かったと思っていないことが その表情からわかる。
 私の前ではもうしない。だが、私が回復したら、お前から離れたら、 何をする気だ。
 クラトスはどうにか自分を押さえ、冷静に訴えた。
「ロイドが何をするのか見ようと言ったのはお前だ。 私を置いて立ち去ろうとするな」
 おやおや、とでもいうように、ユアンが軽く瞬きをし、 首を横に振った。
「貴様に黙って去るつもりはない。クラトスだって、この先のこと、 ずっと考えていただろう」
「ロイドのために、私は何ができるだろうか。 私はあの子に何も与えられなかった。 あのとき、あの子を失ったと思ったとき、どうして 自らの目的まで失ったと思い込んでしまったのだろう」
 俯き加減にクラトスが言葉を連ねる。
「その勢いで素直に息子と話せ」
 ユアンがからかうように、クラトスを諭した。 ロイドとのことは、心配してもらわなくても考えている。 だが、お前と私の間に決着をつけなければ、この部屋から出るわけにはいかない。
「ロイドには・・・」
 言いかけて、クラトスは言葉尻を濁した。 この世界に執着のない風情のユアンをどうやったら説得できるだろう。 いつでも、他人には興味がなかったのはこのハーフエルフの方だ。 私は限られた命の人間だから、その力は限られていたから、数千年前、目の前のことに手いっぱいだった。 だが、 ユアンはそれこそ、自分よりもずっと長い生を送っていたのだ。
 多少は斟酌してくれてもいいのじゃないか。
「言っただろう。話せる相手がいるときに話せと」
 優しくユアンがクラトスを諭す。そのまま、ユアンは再びその視線を宙にまどわせた。 何を考えているのだろう。目の前の自分を置いて、ユアンの意識が遠くを彷徨っている。 確かにユアンの言うことは当たっている。クラトスははたと気づいた。
「だから、ユアン、今はお前と話したい」
 クラトスの答えに、ユアンの目が少し開き、頬が赤らむ。 なんだ、簡単なことだった。クラトスはユアンの手を自ら握りこんだ。


 「嫌い」という言葉は今すぐ訂正しなくてもいい。私がお前を大好きなことは何をもってしても変えられないのだから。

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