番外編(収束)

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OVA仕様 オリジンの封印解放 後日譚
 大嫌い

 レネゲードの基地は人影もなく、機器が停止した後のかすかな油のにおいが気になった。
 ユアンは半分意識を失ったクラトスを引きずるように運び込んだ。途中でいきなりマナの流れが変わった。 どうやら、クラトスの息子は精霊王との契約に成功したのだ。マナの流れに気づいたクラトスも ロイドの成功に目を細めていた。クラトスにマナを渡した甲斐が あったというものだ。
「おい、もう少しがんばってくれ」
 肩によりかかるクラトスに声をかけた。もつれる足の動きが少しましになった。
「後少しだ」
 天使化すれば飛べるはずだが、不安定に明滅するクラトスと自分のマナに躊躇った。 同志の命と引き換えの世界の統合は、長きに渡った己の生の最後の輝きにも感じられる。 ここで大地に飲み込まれてもいいのではないか。ユアンは肩にかかる重みに足を止めた。 いや、マーテルとの約束のこれは始まりだ。現在の世界の主人公達にもう少し贈り物ができるだろう。 重たい男の体を支えなおし、再度マナを同調させる。
「ユアン・・・」
 気づいたのだろう。クラトスが声を絞りだした。
「口をきくな」
 先を言わせないために、ユアンは冷たく遮った。
「貴様の息子が何をするのか、見ようと約束した。まだ、お前は見ていないぞ」
 こいつがでかすぎるから、運ぶの一苦労だ。自室の扉がみえ、ユアンは一息ついた。
「今、重いと思っただろう」
「は・・・」
 予想外の言葉が肩から聞こえてくる。思わず、クラトスの腕から手を放しそうになった。
「クラトス」
 珍しく、ユアンも言葉を返せなかった。それだけ言えるのなら、勝手に自分で養生しろ、と言いたいが、 ウィルガイアに行く手段を失った今、捨て置けないだろう。 数日空けていた部屋は冷えており、息を乱すクラトスを寝かせると、ユアンは身に着けている防具を毟り取り、慌てて一部の機器を再び動かした。 ぶうんと低い機械のうなりと共に、適温の空気が吐き出され、室内の照明が 明るくなった。
 寝台で荒く息を吐くクラトスの服を脱がす。いくつも重なっているベルトをはずし、 防具をパーツごと、なるべく傷にさわらないように取り去る。 腕も足も、胸や肩も古傷が重なった場所が開き、血がこぼれている。 クラトスがせき込むと、唇から再び血の混じった体液が流れ出た。
「まずは傷の治療だ」
 目を閉じたまま、クラトスが彼の寝台の上で動かない。
「もういい」
 てきぱきと血をふき取り、甲斐甲斐しく面倒を見るユアンに、クラトスが囁くように声をかけた。
「いい加減に自覚しろ」
 ユアンはため息を落としながらも、手当のために薬を塗る。クラトスの傷は ある程度は収まってきた。クラトスの石はまだ機能していると安堵した。 だが、数千年に渡る精霊の浸食は、かれの体内に計り知れない痛手を与えているだろう。 息子をかばったときにできた頭の傷がまた開き、血がぷつりと溢れてくる。
 軽く傷に癒しを与え、消毒薬で手早く手当をする。浅く息を吐きだされる度に、 血の匂いが感じられる。 クラトスの痛みが外傷だけではないことを教える。 おおよそ、目に見える傷を手当すると、 濡らした布でクラトスの顔に残る血の跡をぬぐった。クラトスがかすかに 顔をしかめ、相変わらず目を閉じたままだ。
「あれか、私が治療するより、拾ってくださいとでも書いて、貴様の息子の家の前に置いた方がよいか。 ダイク殿は面倒見がよさそうだからな」
「ユアン」
 さすがにクラトスが声をあげた。
「ウィルガイアに連れていってくれ」
 男の懇願にユアンは苦笑した。行けるならば、私だって行きたかった。 天に最も近くにありながら天とは正反対の あそここそが、二人にとって似合いの場所ではある。クラトスの治療にも、彼女への祈りへも、今しがた消えた永遠の同志への 哀悼にも最も相応しい場所だろう。 だが、今、二人は世界の輪から取り残された。
「我々の罪の象徴は、あの塔は崩壊した。私では連れていけない。貴様の息子の家の前で泣きつくのだな」
 クラトスがはっと目を見開いた。
「・・・」
 しばし、逡巡した後、クラトスは深いため息と共に目を閉じた。
「話したいことがあると言ってたではないか。聞きたいこともあると言ったぞ。死ぬなと叫んだのを聞いていなかったのか」
「怖い」
 クラトスがうめき声をもらした。
「もう一度ロイドの側に行くことが怖い」
「馬鹿な男だ。話をしなければならない相手が、聞いてくれる相手がいるのに、何が怖い」
 クラトスの体を拭うユアンの手つきが若干乱暴になった。
「痛い。ユアン」
「自業自得だ。ほれ、一応の治療は終わりだ」
 もう一度、クラトスの胸に手をあてて、マナの動きを見る。どうやら安定してきたようだ。 だが、念には念をいれて、とユアンは触れ合う部分に癒しのマナを継ぎ足した。大丈夫。数千年前のような 底なし沼へ水を注ぎこむような感触はない。それどころか、クラトスのマナが自分を覆っているような気がする。
 そこで、ユアンは目を見開いた。クラトスの腕がユアンの肩に回り、 ユアンはクラトスの胸の上から男の顔を見ていた。細められた目が彼の顔を観察している。
「治療は終わった。汚れた服をこれから洗ってやる。少しお前が回復したら、お前の愚痴を聞いてやるから 離せ」
「ユアン、お前こそ、なぜマナが揺らいでいる」
 これだから、数千年共にいた同志はやっかいだ。
「貴様の体調が悪いから、そう思うのだろう」
 ユアンはにこりと笑いかけたが、クラトスの目はユアンから離れない。
「いや、人間の私に分からないと思うなら大間違いだ」
 人と狭間の者のわずかな違いなど、数千年前から気にしたことはない。ユアンが言い返そうとする前に、 クラトスが服の上から彼の胸に触れた。
「石をはずしたな」
「今は不要だ」
「ロイドがなにをするのか見ないかと言ったのはお前だ」
「そうだ」
「では、私だけ残していこうとしているのはなぜだ」
「いや・・・」
「この部屋には何も置かれていない。お前のものが何一つない」
 何を見ているのか、と頭を抱えたくなったが、ユアンはぐっと堪えて、クラトスの腕を 自分の肩から引きはがした。クラトスの横に背を向けて座りなおす。 向いあって語る話題ではない。もう一度、煙幕を張っておかないとならない。 さっきは効果があったからな、とユアンはほくそ笑んだ。
「貴様は私のことなど興味はないくせに」
「そういえば、封印解放前に、よくも私を嫌いと言ったな」
「嫌いを嫌いと言って何が悪い。しかも数千年前のことだ」
「数千年前のことを言われて、私が今気にしないと思っているのなら、お前は大きな間違いをしている、ユアン」
 クラトスの手がユアンの二の腕を強く握り、仕方なく、ユアンはクラトスへと向き直った。
「クラトス、その手を離せ。しばらく休まないとだめだ」
「いや、お前が石を装着して、私の横で休むまでは離さない」
 ふうとため息をつき、ユアンは再びクラトスの胸を押した。
「では、手を離せ。横にもなれない」
 大怪我をしているくせに無理をさせてはならない。痣ができるほど強く彼の腕を握ってはいるが、クラトスの手はいつもとはくらべものにならないのほど熱い。ユアンはクラトスの腕を持ち上げ、自分の腕から引きはがすと、できるだけクラトスに触れないように、寝台へ横になった。
「輝石を出せ」
 しぶしぶとユアンは青い輝石をクラトスに渡す。クラトスは彼の上着を素早くはだけると、 要の紋の上に石を装着した。ぶるりとユアンの胸がはずみ、深海から登り切った鯨が空に吐き出すように、 彼の中に残っていたマナが外へと広がり、新鮮なマナが逆に入り込んできた。 思わず、息を弾ませるユアンの胸をクラトスの手が静かに撫でる。
「石をつけるだけにしては、貴様の手がしていることが違うぞ」
 ユアンの文句はクラトスの耳を素通りしている。傷だらけの顔がユアンをのぞき込み、 ユアンの耳元にクラトスの唇が寄せられる。
「あの絶海牧場で、ロイドが何をするのか見ないかと言ったな」
 ユアンは深くため息を落とした。言ったが、二人で一緒に見たいと言ったつもりはない。 親子の邪魔をするほど、ユアンは無粋な人間ではないつもりだ。 だが、傷を回復させることが先だろう。ここはクラトスの言うことを聞いてやろう。
「ああ・・・わかった、クラトス。だが、貴様、回復が先だろう」
 胸を撫でるクラトスの腕を持ち上げ、ユアンは起き上がろうとした。 だが、ひどい傷を追っているはずのクラトスまで彼にすがるように起き上がる。 寝台に投げつけるわけにもいかないからな、と彼の腰にすがるクラトスの手を 再度取り、互いに横になる。クラトスは痛みをこらえながら、ユアンへとにじり寄った。
「お前が私を嫌いと言った言葉を訂正しないかぎり」
 そこで、クラトスが唇をかんだ。まだ、痛みが引いていないのに動くからだ。 ユアンは深くため息をこぼし、自分のうかつな策略を反省した。 封印の解放に必要なマナを集めるためには、ある程度クラトスのタガが外れないと無理と判断した。 多少のアドレナリンが出たほうがよいと思ったが、まさかの副作用だ。 瀕死の男に耳元で切々とうったえられれば、彼も申し訳ない気持ちにはなる。
「悪かった、悪かった」
 宥めるようにクラトスの頬を撫で、ユアンは囁いた。だが、クラトスのまなざしは揺るがない。
「心がこもっていない」
 すみませんでした。心にもないことを言いました。うーーん、事実は事実だと思うけどな。
 そういえば、ロイドを傷つけてすみませんでした。 親子の絆を試して反省しています。ついでに、動揺しているクラトスをやっつけようとしたことも、 反省しています。しかも、やっつけられなかった自分の甘さも反省しています。が、まあ、貴様と私の 間だからしょうがないよな。ユアンはいくつかの言葉を頭の中に並べ、結局、 経験的に最も効果のある方法を選択した。
 クラトスの仏頂面、いや、クラトスの苦しそうな顔に軽く触れるような口づけを落とし、 もう一度優しく頬を撫でた。
「熱が出ているようだから、静かに寝ろ」
「私の傍を離れるな」
 わかったと言いかけて、思わず苦笑した。何千年、傍にいたと思っているのだ。 どうやら、一方的に宣言をした相手はそのまま眠りに、いや、気を失ったようだ。 ふいとクラトスが発していたマナの震えが収まった。 静かに起き上がり、ユアンは何もない自分の部屋を見渡した。
「傍らか・・・」
 互いに無理だろう、と声には出さず、再びクラトスの頬を撫でた。


   数日たつと、クラトスの具合はかなり回復した。ユアンが差し出す食事も、 治療も、黙って受けている。そろそろ切り出すときがきたかもしれない。 世界をめぐるマナの動きは勢いを増し、彼女と共に想像していたよりも 大樹の輝きが美しい。
「なあ、クラトス」
 ユアンは目を閉じているクラトスに話しかけた。どうせ、寝てはいまい。
「我らが想像していたより豊かなマナが感じられるな」
「そうだな。マーテルとお前がよくミトスに語っていたな。 もし、大樹がその勢いを取り戻せば、マナの輝きがどれほどかと。 私には見えなかったが、お前たちには見えていたのだな」
 意外にもクラトスは目を開け、すぐに寝台の横に座るユアンに答えた。
「いや、私にもここまでとは見えていなかった。今は息が苦しいくらいだ」
 ユアンの言葉にクラトスがはっと身を起こした。
「まさか、石を外しているのか」
「貴様の前ではもうしない」
 にこりと笑いかけると、クラトスが猛然と言いつのった。
「ロイドが何をするのか見ようと言ったのはお前だ。 私を置いて立ち去ろうとするな」
「貴様に黙って去るつもりはない。クラトスだって、この先のこと、 ずっと考えていただろう」
「ロイドのために、私は何ができるだろうか。 私はあの子に何も与えられなかった。 あのとき、あの子を失ったと思ったとき、どうして 自らの目的まで失ったと思い込んでしまったのだろう」
 俯き加減にクラトスが言葉を連ねる。ユアンはその反応に安堵した。 まあ、この後ろ向きな姿勢も体の回復に合わせて変わっていくだろう。 この数日、切り出そうとしていたことを簡潔に伝える。
「その勢いで素直に息子と話せ」
「ロイドには・・・」
 また、力なくクラトスは言葉尻を濁した。
「言っただろう。話せる相手がいるときに話せと」
 四千年前、私たちも多くの言葉を交わした。どの一つも貴重な宝石よりも輝き、 澄み切った小川の水よりも透明だった。ユアンは遥かに過去に思いを馳せ、 愛しい女(ひと)と少年の面影を胸に浮かべる。 ふわりと風に広がる彼女の髪が彼の首筋を掠め、甘い香りが鼻孔をくすぐった。 耳に届く彼女の声が今でも胸を熱くする。
 ユアンの夢想はクラトスの声に破られた。
「だから、ユアン、今はお前と話したい」
 さすがにロイドの父親だけのことはある。口説き文句と思わずに吐き出される言葉の数々に翻弄されて、数千年。なぜだか、 最後はいつも絆されてしまう。さすがに、この場面で 弱っているクラトスのいいようにされてはならない。 わざわざ、私から押してやっているというのに、なに怖気づいているのだ。 愛しい息子と過ごしてほしいという私の気遣いに黙って応えろ。 とっとと息子のところへ行って、二度と、私の元には帰ってくるな。 私達は消えゆく過去の遺物なのだから。


 こんな日にまで心を乱すなんて、「嫌い」という言葉は訂正してやる。私はこいつが大嫌いだ。
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