番外編(収束)

PREV | INDEX

OVA仕様 オリジンの封印解放 後日譚
 the polar star

 夜風が冷たく、彼の髪を嬲る。この世界はまだ活きている。 そして、自分の生もまだ続いている。
 身じろぎもせず、彼は夜空を見つめている。
 時間が立つにつれて、星々が動くなか、真ん中にある極星だけが 回らずに瞬いている。青白い光は記憶の彼方にあるあの人の 輝きにも、あっさり別れを告げて宇宙の彼方へと消えた 同志にも感じられた。
「見守ってきた」
 誰にともなく、語り掛けた。随分と長い間話していなかったので、 声が掠れ、彼のつぶやきは誰も答えることなく、夜風に 運ばれていった。
 そういえば、最後に人が訪ねてきてどれだけたったのだろう。
 誰かが見れば、大樹の根に掘られた彫像だと思うかもしれない。 時間の感覚はとうに失われており、気づけば朝焼けに照らされ、 ふと目をやると陽が山際に落ちていく。青空の温かさにマナの 流れを追い、夜空の清々しさに過去の思い出をたどる。 世の流れは、マナと精霊のつぶやきから知り、人の交わりが たまには騒々しい鉄の匂いと一緒に、たまには燻る魔道力の煙と共に、 多くは止まることのない小川の囁きのように届いた。
 その間、大樹は営々とマナを生み出し、この地に在り続けた。 この世が健やかにあれと願いはしたが、彼が何かをすることはなかった。 長いときの中、身近に感じた灯が一つ、一つ、消えていった。 よく議論を交わしたハーフエルフの姉弟はどこにいったのだろうか。 テセアラ王国の人達はもう思い出せない以前に散っていった。 同志の親族も、またたくマナに微かな存在を感じるが、彼を記憶にとどめている者たちはいないだろう。 全てが伝説の域となり、彼の記憶も定かではない。
 唯一動かない極星は時の経過からまぬがれている。
 極星の確かさに目を閉じると、かそけく彼を呼ぶ声がした。 あの人の声だろうか。大樹の精霊だろうか。呼ぶ声は霧の奥から 届き、手を伸ばせば届きそうなのに、誰なのかは判然としない。 心地よい声を感じ、動こうとしない手をもう一度前に伸ばした。
 ふいと手の先に別の温かさを感じた。
「クラトス」
 長く呼ばわっていない名前が口から零れ出た。
 理性は囁く。同志には二度と触れられない。あの男は遥かな宇宙を彷徨い、この地へ 戻ることは能わない。
「ありがとう」
 感謝の言葉はゆっくりと伝えられた。目を開ければ、そこに同志は 立っているのではないか。だが、前の虚空を確かめてしまったら、 この地に留まっていられるだろうか。彼の魂は同志を求めて 飛び去ってしまうかもしれない。誓約は誓約だ。目を閉じたまま、彼はただマナの 温かさを感じる。
 やがて、長らく感じたことのない 鼓動が胸の奥にどくりと響き、彼は理解した。
「お疲れ様、クラトス」
 温かい吐息が彼の耳を擽り、真珠の輝きにも感じられるそれは 彼の手を通し、体全体を覆い、胸にある石を揺るがした。 堅く目を閉じ、確かに感じられる輝きをそのまま受け取る。
「貴様と共に在るのはずいぶん久しいな」
 潮が引くようにすっと虚空に消える輝きへ、ユアンは囁いた。
 そして、祈った。遠く虚空に漂う父祖の都で、消え行く同志に 彼の声が届くようにと。ありがとう。

 ゆっくりと瞼をあければ、変わらぬ極星が目に痛かった。
PREV | INDEX
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送