「後は頼む。」
そうつぶやいて立ち上がる男へかける言葉はなかった。
いまさら、何を言えばいいのだ。
お前の代りになれれば。とは言えない。
今も愛している。とも言えない。
行くな、とも言えない。
任せておけ、とはさらに言えない。
我が子とはこういう存在なのだろうか。
自分も全てを賭けてもおしくない存在であったのだろうか。
もし、マーテルを助けられていれば、
もし、ミトスの心をとめられていれば、
もし、お前と一緒に地上に降り立つことができたならば、
もし、私がお前を倒していれば、
お前はこのようなつらい戦いに到らずにすんだのか。
頭の中をありとあらゆる選択肢が浮かび、どれもが消えた。過去は取り返すことができず、ただ残されているのは、勝ち取ることのみで許される未来だ。それは、すでに彼のすべきことでもなければ、あの男がすべきことでもなくなっていた。自分達はとうの昔に機会を失い、自らを犠牲に次の世代へ希望を託さなければならない。
決着は見なくともわかった。突然、マナの勢いが変化する。あまりの長きに傍らで感じていたためか、今、消え行こうとしていることが信じられなかった。しばし、呆然とたたずんでいたが、かの息子の叫び声に我を取り戻す。
確かに、自分達は機会を失った。しかし、まだ、彼らを助けられることもあるはずだ。ましてや、繰り返させてはならない。自らの腕の中で愛するものを、肉親を失うつらさを味わあせてはならない。今の希望を絶望に変えてはならない。
後を頼まれたのは自分だ。力不足ではないかと躊躇う足を叱咤し、倒れ付した男のもとにかけよる。
「クラトス、マナだ。」
この数千年、試したことのなかった癒しを全力をもって行う。四千年前、抱えていた体は二度とぬくもりをとりもどさなかった。ふところにある指輪が彼の力に共鳴して、熱くなるのを感じる。それは、あの忘れえぬ遥かなときに、後から放たれる救いの光と同じ感触がした。同時に、マーテルとは異なる、抱えるのも難しいほどがっしりとした体躯にマナが集まり、血が巡るのがわかった。
見慣れた琥珀色の瞳がゆっくりと開き、彼をとらえた。
「私は死にそこなったのか。」
心の中で何かわからぬものへ感謝を捧げ、その体をそっと抱きしめた。
後日