春のお話(迷走)

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朧月夜(その二):調査

 ユアンが半ば強引にクラトスとその部下の調査へついてきた。なんの変哲もないその中規模な町は、みかけとおり、クルシスが作り出した宗教を軸に静かなときを送っていた。この近くに人間牧場ができることなぞ露とも知らない人々は平和なまどろみの中にいる。もちろん、ハーフエルフとの軋轢も遠い世界のことにしか感じていないはずだ。
「クラトス、貴様がこんな調査をする必要はないはずだ。ユグドラシルは何を考えている。地図を見れば明らかだったが、ここに来ても結論は変わらない。近すぎる」
 ユアンが不快そうにいった。
「だが、一度はユグドラシルも許可を与えたからな」
「いや、最初の計画と規模が違いすぎる。あの男はどうも信用がならない」
「やはり、再度、場所を変えるように進言するか」
「そうだな。私の部下が幹部の会議に流れてこない書類を手にいれた。前に出されたものとずいぶんと変わっている。あれを事前に幹部達に内々に見せれば、ブロネーマとフォシテスあたりも反発するだろう」
「お前が動いてくれれば、話は早い。私からも地上の状況はあげておこう」
 数時間の調査の結果を二人で話し終えれば、ユアンはさっさとクラトスと町の外へと連れ出そうとする。
「クラトスの部下はもう返せ。これから後は貴様と私だけで十分だ」
 背後で指示を待つクラトスの部下をちらとみやり、ユアンが囁く。
「ユアン、神子がいる村の様子を見にいくのではないのか」
「それは貴様と私で足りるだろう。それに神子そのものに関しては、貴様の部下の範疇外だ」
「しかし、記録もせねばならないし……」
 クラトスが部下の前で腰に手を回してくる能天気な恋人の態度に口をつぐんだ瞬間、恋人は間髪いれずにクラトスの部下達へ振り向き、にっこりとうなずいた。
「記録をとるものがいるそうだが、私がする。だから、皆、本日の仕事はおしまいだ」
 そういうなり、クラトスに「それでよいだろう」としなだれかかる上司の恋人の姿に、クラトスの部下達は心得たもので、さっさと仮基地となっている天幕の外へ出て行った。
「勝手に人の部下に指示をだすな」
 我に返って、彼にとっては非常識、他の者にとっては日常茶飯事の行動をとる恋人を押しやった頃には部下の姿はなく、クラトスの怒鳴り声は恋人の口の中に吸い込まれる。
「クラトス、怒るな。二人の方がはやい」
「待て、ユアン。こういうことは仕事が終わってから……」
 ユアンを引き剥がそうとするクラトスの首筋に軽く舌先を這わせば、抗議の声は尻すぼみになり、腕の力はわずかに弱まる。
「誰もいないのだから、少しはいいだろう」
「この……馬鹿……」
 ユアンの唇がクラトスの抗議を吸い込み、天幕の中は恋人同士の速い息遣いだけが響く。


 ユアンは約束とおり、今回の神子の周辺の記録を丹念に撮っている。
 何せ、多少のご機嫌とりでは、怒り心頭に発している恋人を宥めることは不可能だ。あの天幕の中での一部始終はさすがに外に聞こえていたはずだ。配下の者たちがそんなことはとっくのとうに当たり前と思っていることを、ただ一人認識していない剣士はさきほどの出来事を思い出しては、怒りで青ざめ、続いて、己のうかつさに顔を赤くしている。
 本来なら、神子の適合結果さえあれば、すでに神託を下すことは無駄であることは一目瞭然だ。だから、調査など形式的なもので、きちんとしたものなど不要だとユアンが主張する。しかし、部下の前で骨抜きの姿を見せつけてしまった恋人はそんな彼の言葉に耳をかそうとしない。
 それどころか、すねた恋人は今にも剣を抜きそうな勢いでやたらと細かい指示を出してくる。こういうときは、逆らわずに大人しくして、己の稚気溢れた行動に我に返るのを待つしかない。
 まったく、私なぞ、部下の前でクラトスが我が物であることを見せびらかしたいくらいなのに。それもろくにさせてくれないどころか、何をいつもくだらないことに拘っているのだ。つきあい始めて、何百年立っていると思う。ウィルガイアで知らない者など誰もいないじゃないか。大体、あいつの部下共も仕事が減ってうれしそうだったぞ。
 人影もまばらな奥まった村の片隅で適当に状況を書き入れながら、ユアンはクラトスが聞いたら、さらに青筋をたてて怒りそうなことを考えている。後ろで「あちらの家の情報も忘れるな」「こちらの畑は誰のものだ」などと、小姑のように細かいことをあげつらっている恋人は、二人でいるだけで部下に見せ付けることになっている事実さえ気づいていない。
 さんざん、クラトスの言うとおりにこき使われたユアンは、すぐにでも報告書を出しにウィルガイアへ戻ると言う頑固な恋人を宥めすかす。金輪際、お前の言うことなど聞くものか、古い遺跡などどうでもよいと一人だけ帰ろうとするクラトスだが、こんな時間にたった一人で新たな調査地へと向かうのは危険かと、大切な青い髪の想い人がつぶやけば、くるりと振り向いた。
 調査地なんてあるわけないが、こうでも言わなければへそを曲げた恋人は梃子でも動きそうにない。ユアンはおおげさにどうやら古い遺跡の周辺で巨大なモンスターの影が映っていたと力説する。とにもかくにも、神子の村に影響があってはいけないから、調べるだけ調べなくてはと、不安気な様子を見せれば、恋人はそんな危険なところにお前だけで行かすわけにはいかないと頷いた。
 二人の部下達がやりとりを聞いていたら、噴き出すだろう。ユアン様はクラトス様と稽古をするときは、「ああ、もう腕がなまってだめだ」などと、すっかり腕を落とした振りをしているが、単に一生懸命稽古するのが嫌なだけなのだ。それが証拠に、互角に長時間戦えるクラトスがいないときなぞ、瞬時に相手を倒して、さっさと稽古を終わらせている。か弱いユアン様を守らねばならないなどと的外れなことを考えているのは、クラトス様だけだ。
 ユアンの巧みな説得のすえ、ようやく二人で目的地にたどりつく。
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