夢のお話

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第五夜

 月の下、青白く輝く銀世界の平原を男は歩き続ける。足元で夜の寒さに表面だけ凍りついた雪がサクッという音と共に砕ける。その音さえ吸い込むような静寂があたりを支配している。
 誰にも会いたくはない。だが、会いたい。心の中で矛盾した思いが駆け巡り、いつもなら、気づくわずかな気配を察することができなかった。ぼんやりと立っていた己に苦笑する。
 背後に暖かなマナを感じる。放出している本人は何も気づいていないだろう。
「……クラトス」
 呼びかける声に自然と振り向く。このまま無視して去ることもできたはずだ。だが、彼は子供の声を振り切ることはできない。さりとて、正直に全て打ち明けるにはまだ何の準備も整っていない。
 月明かりに、彼女とそっくりの目が輝き、じっと彼を見据える。何も答えてはならない。
 その目のひたむきさに、以前、彼に語ってくれた夢の話を思い出す。この子がいとも簡単に彼の前に捧げてくれた宝石のような言葉を頼りに、暗闇を手探りで歩き、寒さを凌いでいると言ったら、さぞ本人は驚くだろう。同志が聞けば、相も変わらず夢見がちと笑うことだろう。
「……壮健でいることだ」
 健やかであれとずっと願っていた。今日も突き放さなくてはならないはずの者に、真実の言葉がわずかにこぼれる。
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