番外編(旅路)

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OVA仕様 仮初の甘さ

「ほう、これが繁栄世界の新しい技術か」
 クルシスの長は珍しく身を乗り出して、差し出されたものを眺めた。クルシスの最高幹部室には不似合いな甘い香が漂う。
「馬鹿らしい……」
 ユアンは机の上に鎮座する仰々しい皿をみて吐き捨てた。貴重なマナを使って、何が嬉しくてこんなものを作るのだ。そこには、甘ったるい香を放つ大きなケーキが乗っている。どうせなら、好物のイチゴと上品な生クリームで飾られていればいいのに。まっ平らなケーキの表面には、まるで切り取ってきたかのように、繁栄世界の景色が写し取られている。呆れかえったユアンのつぶやきに同調してくれるであろう同志は、生憎、会議に欠席している。
 誰も止めるものがないまま、怪しいケーキの説明が始まった。
「これは、映写の技と申しまして……」
 退屈な説明はロクに聞きもせず、ユグドラシルは小さなナイフをケーキに向かって放り投げた。
「メルトキオとサイバックはそのままでよしとするが、ここは問題だな」
 ケーキに写し取られた濃い緑のガオラキアの森の景色は、無残に切り裂かれた。軽く指を伸ばすと、ユグドラシルは一欠けらケーキをすくい取り、口に入れた。
「ユグドラシル様、何が入っているかわかりません」
 慌てるプロネーマの言葉にケーキを差し出した痴れ者が青褪める。もちろん、ユグドラシルはにやりと笑うと、忠実なるしもべの言葉を敢然と無視した。
「ガオラキアの森にしては味が甘すぎるな。そして、この奥はオゼットか」
 すでにケーキには興味を失ったユグドラシルは、軽く片手を振って、目の前のご機嫌取りに下がるようにと指示した。だが、ケーキを献上した男はしつこく食い下がる。
「こちらのケーキには如何様な絵でも写すことが可能でございます。例えば、ユグドラシル様のお姿なども」
 そこで、さすがにプロネーマが一喝した。
「たわけ者。ユグドラシル様のお姿を食べろというか。少しは身の程をしれ」
 だが、ユグドラシルはにやりと口の端に笑みらしきものを浮かべた。
「ほう、お前は私の姿を写したケーキをそのようにしたいのか」
 白い指が指す先には、真ん中ですっぱり切られたケーキがある。違います、と慌てて逃げ腰になる男に、ユグドラシルは追い打ちをかける。
「せっかくだから、お前がまず真っ二つになってみるか。さぞかし、甘い味がするだろうな」
 凄惨な笑みを前に、腰を抜かした男はプロネーマの部下に部屋から放り出された。
「お前の言うとおりだったな、ユアン。全くもって、馬鹿らしい話ではあった。だが、私の絵姿が写っていたら、お前はどうする」
 冷え冷えとした問いが放たれる。ユグドラシルはケーキのクリームにまみれたナイフを手先でもてあそんだ。何を期待している。私がお前を切り刻みたいとでも言うと思っているのか。鼻先で笑い、ユアンは躊躇いもなく答えた。
「見る前に遠慮する。私にはこのケーキの香が甘すぎる。とっとと片づけろ。会議の邪魔だ」
 軽くかわし、ユアンは横の部下にケーキを下げるようにと指示を出した。これ以上、たちの悪い冗談をユグドラシルに言わせることもない。


 今日の会議も何一つ前向きな話はなかった。長い髪を後へと払いのけ、ユアンは己の執務室へと入った。とたんに、さきほども嗅いだ香が漂う。軽く首を横に振り、ユグドラシルの有難迷惑な気遣いの結果をみた。さきほどのケーキが机のまさに真ん中に置かれている。やれやれ、と吐息と共に、ユアンはどさりと椅子にだらしなく腰を落とした。
 ユグドラシルの姿絵などついていたら、毒入りケーキよりも苦い味がするだろう。あの痴れ者もなかなかいいことを言う。ユグドラシルの姿絵を立ち割ったら、中から何が出てくるのだろう。あのクルシスの長をそのままに写せるなら、その芯に残っているものを確かめてみたいものだ。いや、知らない方が幸せだろう。胸やけするほど甘ったるい思い出だとしたら、却って薄気味悪い。
 ユアンは指先でケーキの端を掬い、一舐めした。思いのほか、それは甘い味ではなかった。








ケーキの正しい食べ方

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