番外編(旅路)

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OVA仕様 結成前夜

 秋の夕暮れどき、外が暗くなるのは早い。ユアンは隠れ家として利用している崖際の小さな家で、一人、明日のための調べ物をしていた。王宮に出向き、王に訴えると、姉弟は昨日から首都へと出向いている。彼もマーテルとミトスを守るために、一緒に行きたかったのだが、数年前まではこの地と敵対した軍に所属していたこともあり、却って危ないと二人にはやんわりと断られてしまった。
 ミトスの直訴がこの国を変える最初に一歩になるとは思えない。正直に言えば、ユアンは二人が王宮に出向いて、意見を述べることも止めて欲しかった。まだ、声高に平和を唱える時期ではない。それどころか、大樹の危機を訴えれば、すなわち、マナを利用することを控えるように訴えれば、魔科学が発展したこの国の方向性が違っていると取られかねない。
 そこまで考え、ユアンはこの国の有力者への再度の根回し、国教会への接触、運が良ければ、軍の有力者への接触と、今後出来る方策について、書き出し、明日からのすべきことをいくつか並べ、その有効性について、今まで集めてきた様々な情報から検討を始めた。夢中になっていからだろうか、かなり手元が見えにくくなり、時間が相当たったことに気づいた。
 二人はまだ帰ってこない。
 思わず、ユアンは立ち上がった。やはり、一緒に行けばよかった。ミトスの腕は確かにこの辺りの人間を凌駕している。しかし、国王の側で、姉を守りながら戦うことになれば、それは難しい事態となるだろう。とりあえず、首都近くまで迎えにいこう。マントをはおり、扉を開けたところで、彼は人の気配に気づいた。
「マーテル……、ミトス……」
 茜色の空に、金髪と萌黄色の髪が風で揺らいでいる。ユアンはそこで、慌てて剣に手をやった。明らかに、二人以外の異質なマナを感じた。特に敵意を示されていないが、この隠れ家の周囲は荒野となっており、取り囲まれでもしたら、やっかいなことになる。
「ユアン、とてもいいことがあったの。聞いてくださいな」
 無防備にマーテルが彼に駆け寄ってきた。背後から、見知らぬとはとても言えない人物がミトスと親しそうに話ながら歩いてくる。
「あ、あれは……」
 ユアンは絶句した。
「クラトス将軍が私たちの話に賛同してくださったの。王宮に行って本当によかったわ。私達の仲間が増えたのよ、ユアン」
 ユアンが棒立ちになっているのにも気づかず、マーテルが嬉しそうに報告する。
「ク、クラトス将軍が……、仲間に……」
 赤い髪の背の高い青年がユアンに向かって近づいてきた。
「クラトス将軍、こちらがユアンよ。私達を助けてくださっているの」
 マーテルが整った面立ちの青年にユアンを紹介した。
「初めまして、美しい方」
 赤い髪の青年は、まるでこのぼろ小屋が王宮であるかのように、軽く膝をかがめ、ユアンの手に挨拶の口づけを贈った。
「は、初めまして……とは……。な、なんて無礼な奴だな、貴様は」
 クラトスの手から素早くを手を引くと、ユアンは文句をつけた。横でミトスがけらけらと笑っている。
「クラトス将軍、ユアンは男だよ」
「あら、男でも素敵な人は素敵よね」
 マーテルが場違いな反応を見せた。マーテルの笑顔にユアンはつい怒りを忘れた。
「その通りです。美しい方を美しいということは何もおかしくはないと思いますが、お気を悪くされたのなら、ご容赦ください」
 まだ、ユアンをうっとりと見つめ、赤毛の青年は悪びれもせずに頭を下げた。まだ文句を言おうとするユアンをしり目に、ミトスがクラトスを小屋へと押し込む。マーテルもにこにこと笑いながら、ユアンの背中を軽くたたき、ユアンもマーテルに引かれるようにと小屋に入った。


 いかにも王宮で洗練された風の青年は、剣神の二つ名からは程遠い優雅な姿勢で、小屋のベンチに腰掛けた。暖炉脇のロッキングチェアにマーテルを座らせ、小さな丸椅子にミトスが腰をかける。ユアンは自分がいつも座るベンチを我が物顔で占有しているクラトスをなるべく目にいれないようにと、ベンチの端に彼に背を向けるように座った。
「ユアンというお名前なのですか」
 尋ねる物言いも上品に、青年がわざと背を向けているユアンに話しかけてくる。私を覚えていないとは、いい性格をしている。むっとして答えないユアンにマーテルがそっと手を伸ばして答えるようにと促す。
「クラトス将軍、私に覚えがないのですか」
 刺々しくユアンが答えを返すと、青年は琥珀色の瞳を見開き、困惑した。
「どこかでお目にかかりましたか」
「貴様、戦場で勝負したことを忘れたのか」
「あ、いえ、あなたも戦場に……出られたと、それで、私と勝負ですか……」
「………」
 ユアンはむっつりと黙り込んだ。こっちは命がけで向っていったというのに、何だ、この余裕の態度は。馬鹿にしているのか。それも戦場でまみえたのは、一度や二度ではない。
「あなたのような方にお目にかかって忘れることなど……ありえない……」
 大袈裟に驚き、それからクラトスが首を傾げた。その様子に、ミトスがひとしきり笑ってから教えた。
「クラトス将軍、ユアンはシルヴァラント側の兵士だったんだよ」
 青年の琥珀の瞳がユアンを穴が開くほど見つめる。ユアンは思わず顔を赤らめた。こいつの無遠慮な視線は一体なんなんだ。マーテルならいざ知らず、それ以外の者からこんなに真正面から見られたくない。ユアンの怒りの目線は全く青年には通じなかった。
「それは……、ユアン! まさか、あのダブルセイバーを振り回すシルヴァラントの騎士。それは失礼いたしました。鎧を脱いだ今のお姿からは、よもや、あのような業物を扱われるとは思わず……。もちろん、あなたの活躍は敵ながらあっぱれといつも感心しておりましたとも」
 あっけらかんと朗らかに、かつ心にもない釈明するクラトスに、ユアンの怒りは今や爆発寸前だ。人を馬鹿にするにもほどがある。ダブルセイバーを振り回して、何が悪い。人が何を武器に使おうとそれは勝手だろう。しかも、私を忘れているなんて。これだから、人間は信用できない。マーテルもミトスも、なにをこんな見た目だけいい男を隠れ家まで連れてくるのだ。自分のことは棚にあげ、ユアンはクラトスの悪口を頭に思い浮かべる。
 怒りのあまり、一瞬息を吸い込み、文句を言いかけたユアンを差し置いて、前に座るミトスがけらけらと笑っている。
「ユアン、ほら、見る人が見れば、あのダブルセイバーはお前には似つかわしくないんだよ」
「いや、ミトス。人の得物は、見た目で選ぶものではない」
「その通りです。美しい方は何を持っていらしても美しいものです」
 その口が言うか、と思うような美辞麗句を青年が囁き、さり気なく、ユアンの手の上にクラトスの手が重ねられた。何をするんだ、この男は。慌てて、自分の手を引っ込め、ユアンは彼を誉め挙げる青年の意図を図りかね、マーテルの脇という安全圏に脱出した。
「気持ちの悪い褒め方は止めてくれないか。戦場で散々戦っておきながら、私を覚えていないような輩に言われたくない」
 ユアンがぴしりと青年に向かって文句をつけると、クラトスは残念そうに目を伏せた。
「ユアン、クラトス将軍にそんな冷たいことを言ってはいけないわ」
 すべからく母性愛を発揮するマーテルが優しくユアンを諭した。
「だけど、マーテル……」
 ロッキングチェアの背から、マーテルの肩に縋るユアンに、ミトスの厳しい指示が飛ぶ。
「ユアン、いくら姉さまの婚約者だからって、人前では遠慮してよね」
「これぐらい、いいではないか、ミトス……」
「だめだ」
「まあ、ミトスったら……ユアンを許してあげて」
「大体、お前がクラトス将軍に思い出してもらえないからと拗ねるからいけない」
「わ、私はこんな男に思い出してもらわなくて結構だ」
「ユアン、失礼なことを言ってはだめよ」
 いつもの三人のやりとりを他所に、一人、クラトス将軍の表情が若干固くなった。
 婚約者とはどういう意味だ。この二人から、仲間がいると聞いていたが、まさか、マーテルとこの人は婚約しているのか。出会ってすぐに片想いと判明するなんて、なんということだ。こんなことなら、戦場で武具をつけてないで戦ってくれれば良かったのに。そうすれば、打倒してすぐにかっさらえたものを。まあ、さすがに、敵軍の騎士を個人的な理由で連れ去れるのはまずいかもしれないな。それなら、戦場以外の場でこの人と出会えれば、ここまで嫌われなかったかもしれない。
 まあ、これからずっと共にいるのだから、仲良くなれる機会はいくらでもあるはずだ。
 クラトスのやや落ち込んだ表情をミトスが勘違いする。
「ユアン、クラトス将軍に謝れ。せっかく、仲間になると言ってくれているのに、無礼な態度を取るから、がっかりしているぞ」
「なぜ、私が謝らねばならない。無礼な態度はあちらが先だろう」
「まあ、ユアン。この方にはもう少し優しくしてあげて」
「マーテル、私はお前以外の人に優しくする義理はない」
 ユアンの激高した声に、クラトスが恐る恐る割り込んだ。
「あの、私のことはクラトスと呼んでいただけないか」
「わかった、クラトス。ただちにここから出ていけ」
「ユアン、その言葉取り消せ。クラトスも入れて僕たちはこれから仲間だ」
 やんや、やんやと騒ぐ三人のハーフエルフと、優美な表情を多少強張らせたままの人間の旅はこうして始まった。
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