迷走

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崩壊

 地に、空に鳴り響く轟音に地上の者は皆、ひれ伏す。神子の道行きは成らなかったのだ。激しい雷鳴とともに、白く長く空へと続いていた塔は緩やかに震え、やがて、自らの最後を知る悲鳴のような轟音をあげながら、崩れ落ちていく。全てが消えて虚空の中、暗闇で覆われている天空に、稲妻でも掻き消せない神の光が浮かび上がる。その灯は、わずかに輝き、揺れて、人々にさらに驚愕を与え、唐突に消える。
 この世界は女神より見捨てられたのだ。


 足元には偽りの瓦礫が次々へと落ちていく。中空に浮かんだ三人は、その様を眺めている。金色に輝くミトスはその羽を怒りに震わせ、呪いの言葉を吐く。
「また、駄目か。役立たずの人間どもめ。選別の仕方が悪かったのかな」
 静かに、ほとんど無駄な動きを見せず、その背後にて青白い光をこぼし、クラトスが宥める。
「ミトス、慌てるな。あちらの世界の神子はすでに三世代目を迎えた」
 二人からわずか離れた位置でユアンは自らが仕掛けた大げさな舞台道具が崩れていくのを見送る。
 ミトスが望むものを巧妙にその結果が得られないようにごまかすことも、そろそろ限界がきている。このシステムを生み出したのはミトスであっても、機能させているのは自分だ。だから、今まではうまく行った。だが、こうまで大きくなると、自分のみの力でシステムの中に仕掛けを埋め込むことは無理だ。
「ユアン、お前はどう思う。今度の神子は適合率はとても高かったのに、天使化した後が良くなかった。姉さまのほんの側まで来たのにね。」
 ミトスが詰るようにこちらを見る。
 確かに危なかった。これほどまでに、適合率の高い神子が生み出されるとは予想外だった。危うく、最後のスクリーニングを抜けて、あの部屋に近づけるところだった。どうにかして、この足元に横たわる、狂気につかれたように使命を果たす子供達を生み出す純血の世界を乱さねばならない。
「それは、試練が厳しすぎるということか。しかし、天使化を許すからにはそれ相応の適応力が必要であろう。ミトス、無駄に天上に神子を上げるわけにもいかない」
 わずかに彼の羽からこぼれる光が近くを落ちる瓦礫の欠片を照らす。
「ねぇ、あちらの人間どもが生み出す神子が次ぎに立つまではどれほどかかるのかな。ユアン、お前は適合率を調べるために、あちらの教会に指示をだしていたよね」
「お前が望むなら、ことが早めに動き出すよう、指示を出しておこう。だが、数世代では神子もこちらまで来るだけ血を高められないでと思う。もう、この眺めもよいだろう。私は戻るぞ」
「ユアン、折角、お前が用意したものなのに楽しまないの。ほら、下の人間どもの恐怖の叫びが聞こえてくるようじゃないか」


 ミトスは軽くマナを放出して、底無しの闇に吸い込まれていくかのような瓦礫や破片を明るく照らす。足元で神子が成らなかったための天の怒りにおびえている人間達は、何かの奇跡が起きたと、また勘違いすることだろう。
 そんなミトスの冷えた笑顔を見るに忍びず、この場からすぐにでも去りたい。お前が望むから、この仕掛けを作ったのだ。決して自分で楽しむためではない。そもそも、この再生の儀式を望んだことは一度もないのだ。
 クラトスが気遣わしげに二人を見つめ、その目線が彼の悲しげな面とミトスの憑かれたような表情との間を彷徨う。やがて、見飽きたミトスが例によって気まぐれにマナをさらに放出し、一際輝くと姿を消し、それに続いて、二人も虚空へと吸い込まれる。


 足元では、成らなかった神子を思い、涙にかきくれるひと握りの者達の悲しみなど打ち捨てられ、次なる神子を生み出すために、新たな悲劇の幕があく。冷厳な血統のシステムは、次ぎの舞台の主人公の思いなぞ、ましてや、舞台の幕間で秘めやかに育まれる愛なぞ斟酌しない。そこにあるのは、数字でのみ裏打ちされた、全くの犠牲だけだ。
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