迷走

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蛍籠(2)

 向ってくる相手に剣を手にしようとした途端、何もないことに気づく。愛用の剣がどこかにいってしまったことを忘れていた。ここはどうやら過去の世界だ。石の力が何も働いていない。数は5名か。王国のしかもこのようなさびれた場所の警備兵だ。腕はたいしたことはないだろうが、こちらは一人だ。さっさと片付けないと不利になる。
 いきなり振りかぶってきた兵士の下に潜り込み、当て身を喰らわせ、その剣を奪い取る。そのまま、倒れた兵士を盾代わりに背後から襲い掛かってきた兵士へ向かい合い、相手が一瞬ひるんだ隙に、気を失っているであろう兵士を左へ放り投げると、右の藪の中にはいる。
 足場のよい道の真ん中よりは、背後に周り難いだろう。倒れた仲間を置いて残りの四人が追いかけてくる。おそらく、王国軍と聞いて怯まないような者を相手にしたことがないのだろう。さほど、勢いはない。
 足元の草薮に潜んでいたコジュケイが騒ぎに驚き、いきなり飛び出す。兵士達がその羽音に怯んだ様を見て取り、振り返りざまに一人を峰打ちにする。残りの三人は彼の腕が立つの見て取り、遠巻きにしながらじりじりと下がる。
「お前達の命までは取りたくない。どうだ、私を見逃してくれれば、これでおしまいとしよう」
 クラトスの言葉に三人の目線が絡み合う。
「今は峰打ちしただけだが、次は腕か足をなくすぞ。それでもいいのか」
 追い討ちをかける彼の言葉に兵士達はちらりと倒れている仲間を見る。目の前の剣士は軽くなぎ払っただけに見えたが、鍛えられているはずの仲間は微動だもしない。三人の内の年嵩の兵士が若い者たちを宥めるように見渡し、一歩前に出た。
「わかった。どことなりへ立ち去るといい。だが、すぐにここを出て行ってくれ」
 兵士の一人が倒れた者の側へそろそろとより、肩にかつぎあげる。
「では、お前達は持ち場へ戻れ。たいして打ち付けたつもりはないが、肋骨を痛めているかもしれないから、手当てしてやれ」
 三人がまだ朦朧としたままの仲間を抱えていくのを見届け、さきほど、出てきた森の方へと戻る。この世界にどうやって来たのか見当もつかないが、戻る場所といえば、そこぐらいしか思いつかない。


 背後に気配を感じ振り向いたと同時に、青い影が彼を道脇へと押しやった。
「卑怯者め」
 甲高い声がして、体勢を立て直した彼が見たのは、小さな少年が背後をつけてきたらしい警備兵に石を投げつけている姿だった。
「このハーフエルフめ。どうせ、お前達は仲間だろう」
 どうやら、まだ仲間がいたらしい。さきほどよりは腕の立ちそうなその兵士はいきなり、少年に向って剣を奮う。その太刀筋は躊躇いもなく、冷酷に幼い者へと振り下ろされた。だが、さすがというべきか、少年はその年でありながら、素早く横へと避けた。成長したユアンもさぞやと思わせる冷静さでその剣を見つめ、間合いを避けようとさらに二歩下がる。
「馬鹿者、どうして戻ってきた」
 声を荒げながらも、一歩遅れて二人の間に入ると、空を切った剣によろけた兵士がクラトスへと向ってくる。
「だって、丸腰だったでしょう。あなたを一人にしておけないから、私でも何かできるのではないかと、こっそり戻ったら、入り口のところで、この男に他の兵士が言いつけているのが聞こえたものですから……」
「とりあえず、助かった」
 クラトスは背後に少年を庇いながら、兵士の剣を受ける。その剣はある程度の鍛錬を受けたものにありがちな型にはまったものだから、数々の実戦を生き抜いてきた彼にとって、受けることはたやすかった。だが、こんな幼い少年の前で命を奪うわけにはいかないだろう。
「いいか、次に私が彼の剣をはじいて隙を作ったら、この先の逃げ道を案内してくれ」
 囁けば、聡い少年はすぐにこっくりと頷き、辺りを見回し、目線で方向を知らせてくる。二人のやりとりを勘違いした兵士は、クラトスが少年を庇って下がれないことをいいことに、勢いよく前面に飛び込んできた。
「まずはお前からだ」
 その脇が空いた瞬間をねらい、下から剣をねじ上げるようにすれば、クラトスの剣の勢いに勝てずに兵士の剣が手の中で浮き、そこを弾き飛ばす。少年が走り出した先を確認しながら、慌てて下がる兵士を蹴り倒し、そのまま追いかける。


 少年は慣れたように藪に覆われた道を走る。しばらく行くと、小さな崖が見えてきた。
「早く、こっちに回って。一度、飛んで」
 少年は崖下に転がり込んだかと思うと、姿を消した。躊躇わずにそこに入れば、小さな窪みができている。クラトスが入ったことを確認すると、少年は静かに手を伸ばし、前の藪を整えた。
 ところどころに残る踏み跡を辿ってきたのだろう。かなり遅れて兵士達の姿が現れた。
「どこにもいないじゃないか」
「確かにこっちに逃げると見えたのだがな」
「あいつら、かなり素早かったからな。もう、裏の方へ出ているのでは
ないか」
「おい、あまり奥まで行くのはよせ。こっちにいけば、どうせ行き止まりだ。町に戻るに決まっているから、そちらで待とう」
 兵士達の会話が聞こえ、やがて、戻っていく気配が感じられる。
「もう大丈夫だろう。助かった。わざわざ、すまなかったな」
「いいえ、私の方こそ助かりました。あのまま、出口で一人で警備兵に出会っていたら、きっと、薬草は持って帰れませんでした」
「だが、どうやら町への道を待ち伏せされているようだぞ」
「私は大丈夫です。町へ入るための道は脇に川が流れているのです。川の反対側には獣道がいくつか走っていて、私ならかがんでいけば、草丈も高いし、今の季節なら見つからないと思います。でも、騎士様は大きいから……」
「私のことは気にするな。町へ行くつもりはなかった。悪いが、私と出会ったところまで戻りたいのだが、方向を教えてくれるかな」
「ご案内します」
 少年はそう言いながら、窪みから体を出した。
「もう、兵士達の姿はみえません。どうぞ、ご一緒に」
「だが、お前は急いでいるのだろう」
 クラトスが聞くと、少年は首を振った。
「ここから、お会いした場所まではすぐです。お送りします」


 少年は確かな足取りで前へと進む。後ろからついていくクラトスも少年の目指す先に、さきほどの若い森の雰囲気が近づいてきたことがわかった。
「もう大丈夫だ。大体、わかった」
 彼が声をかけると、少年は突然立ち止まって、彼をじっと見つめた。
「あの、さっきはお礼もしなくてすみませんでした。本当に助かりました。ありがとうございます。もし、良かったら教えていただけませんか。
クラディウス様はこれからどちらに行かれるのですか。どこに住んでいらっしゃるのですか」
 これが夢でないなら、どういうわけか、未来から過去に戻ってきてしまった。成長したお前と少し前まで一緒だった。未来に戻りたいが、方法が分からない。そんなことは、さすがに言えない。躊躇う彼を見て少年は慌てて頭をさげた。
「すみません。その、お近くにいらっしゃるなら、また、お会いできるかもしれないと思いまして……」
「残念だが、この近くではない」
「では、もう、お目にかかることも……」
 少年はしょんぼりと肩を落とし、それから、軽く頭を振ると、少し無理をしているであろう笑顔を浮かべた。
「見ず知らずの方にこんなにご迷惑をおかけしているのに、すみませんでした。私も早く戻らないといけませんから、ここで、失礼いたします」
 律儀に頭を深く下げる少年は、最初に見たときとよりさらに小さくなったかのようだ。もう少し、もう少し立てば、また会える。そう言ってやりたい気持ちを抑え、しかし、愛しさは抑えがたく、軽く抱きしめてやる。
「こちらこそ、すまなかったな。お前が無事に孤児院に戻れるよう、
お前が面倒を見ている子供たちが早く良くなるよう、祈っている」
 少年は彼の胸に小さな吐息を落とした。口の中でつぶやいているのが聞こえた。
「あなたに付いていきたい」
 しかし、少年は彼の腕から離れると、もう一度笑みを浮かべ、再度、軽く頭を下げただけだった。
「ご心配、ありがとうございます。それでは、お気をつけて」
 そういうなり、くるりと反対を向き、今たどってきた道を走り始めた。
「お前こそ、気をつけていけ」
 彼の声に、少年が頷き、長い青い髪が揺れるのが見えた。
 けなげな少年の姿が見えなくなると、はたと困る。このまま、この森にいて元に戻れるのだろうか。そういえば、さきほど、きこえるはずもないあの子のつぶやきが耳に入ったが、石の力がもどったのだろうか。
 手の石を見ようと気を取られたせいか、足元の石か何かに躓いた。とっさのことに受身のまま倒れこむ。こんなことで情けない、大地にぶつかると思った瞬間、白い霧にとりまかれ、一瞬、息をのんだあと、頭が地面にあたる衝撃を感じた。

 
「クラトス、クラトス、しっかりしろ」
 耳慣れた男の声が聞こえた。さっきまでの幼い子供の声ではない。目を開けば、心配そうに覗き込む恋人の顔がある。どうやら、抱きかかえられているらしい。
「ユアン、無事だったのか」
「何、寝ぼけたことを言っている。大体、貴様ともあろうものが、たかだかあの程度の崖から足を踏み外したくらいでどうしたのだ。ずっと寝ていたが、頭を打ったか。私の指が見えるか」
 どうやら、無事に元の場所に戻ってきたらしいことを感じる。それとも、さきほどまでの出来事はただの夢だったのだろうか。夢にしては、妙にはっきりとしていた。だが、ユアンが寝ていたと言うのなら、やはり、夢だったのだろう。
「見える。お前の顔も指もきちんとわかっている。体は大丈夫だ。今は何時だ」
 クラトスは体を起こし、ユアンの顔を見る。
「もう、午後もいい時間になってしまった。クラトス、なぜこのような
ところまで来た。私が見つけるまで、ずっとここで寝ていたようだが、呼んでも返事をしないし、この霧だ。見つけるのに時間がかかった。どうして、落ちた場所でじっとしていない」
「それは悪かったな。どれくらい、私を探していた」
「半日ほどかな。急にお前のマナを感じなくなって、いきつもどりつしていた。ようやく見つけたと思ったら、呼んでも、寝息を立てて起きない。せっかくの休暇だというのに、働きすぎじゃないのか」
「お前の夢を見ていたのだ。お前の顔が見られて嬉しい」
 起き上がったかと思うと、やにわにクラトスはユアンを抱きしめた。ユアンが釈然としない表情のまま、それでも、クラトスの腕の中にいる。
「本当に頭を打っていないか。目を覚ましたと思ったら、こんなことをして、貴様、一体、何の夢を見ていたのだ」
「お前の夢だと言ったろう。ユアン、お前のことはいつでも好きだ」
「クラトス、頭以外のどこかも打ったのか。そんなことを貴様が言うなんて、どこか具合が悪いに違いない。まずは、宿のあるところまで戻ろう。ここにいて、また、倒れられたらやっかいだ」
 大真面目な顔をして心配するユアンに少しだけ腹がたつ。
「私が言うとおかしいか」
 クラトスの真剣な眼差しにユアンが嬉しそうに顔を寄せる。
「いつでも言って欲しいが、貴様の柄ではないだろう。それに、言われなくてもわかっている」
 

 二人で押し問答をしたあげくに、大丈夫だと言い張るクラトスの頑固さにユアンが根をあげて、そのまま、森の奥へと進む。
「霧が晴れてきたな」
「そういえば、貴様を探し出すまではほとんど周りが見えなかったが、だいぶ奥まで見通せるな」
そう言いながら、ユアンが立ち止まり、腰に手をやる。
「そうだ。お前の剣だ。崖の下に落ちていた。とりあえず腰につけていたが、これは重い。命より大切とか言っているくせに忘れるな」
 ユアンがクラトスの剣帯と剣をさしだす。
「すまなかったな。忘れたわけではない。気づいたらなかったのだ。そういえば、私が崖から落ちる前に、何か私に言いかけていなかったか」
「なんだ。そこまで覚えているのか。では、本当にたいしたことなかったのだな。頭を打つと直前のことは忘れるというからな」
 ユアンが真顔で彼の言葉に答え、それから、急に手をうって答える。
「そうそう、よくぞ、聞いてくれた。このあたりは、すっかり様変わりしているが、本当に大昔は…」
「王家の森だったというんじゃないだろうな」
「何だ。貴様も気づいていたのか」
「いや、何となく、そんな気がした」
「もう、すっかり森は成長して、何度も世代交代しているだろうからな。景色などは何も面影がないが、位置としてはこのあたりは、確かに王家の森だったところだ。実は、まだ話したことがないかもしれないが、クラトスと王宮で出会うより前に、ここで人に助けられたことがあるんだ」
 ユアンが突然言い出す話にびっくりする。さきほどのできごとだろうか。それとも、別の話なのだろうか。
「お前が覚えているとは、よほど、記憶に残ることだったのだろうな」
「ああ、……」
 ユアンがあたりを窺う。
「ちょうど、休むのによさそうな空き地があるのを、クラトスを探しているときにみつけた。このあたりの木が開けている場所なのだが」
「あそこの方角か」 
 クラトスが指すそこは、高く上った陽光に明るく開けた空間へ差し込んでいるのが木々の間に見えた。
「そうだ。そこで休もうではないか。それが不思議な話で、是非、クラトスに一度聞かせたかった」


 空き地には小さな泉があった。その泉は、地下からの湧き水で潤されているらしく、流れはゆっくり小さな小川となり、外へ出て行っている。ほとりは、芝草に覆われ、ところどころに紅色のカタバミソウが花をつけ、まるで人が来るのを待っていたかのように、いくつかの座りやすそうな石が配置され、見事な自然の庭園となっていた。
 二人が近づくと、日当たりのよい場所で昼寝でもしていたのだろうか、小さな亀がちゃぽんと音をたてて、泉の中へと入り込み、その奥で餌でも採っていたらしいリスが軽く近くの木へと走りあがるのが見えた。のどかな風景は、何もないはずの森を豊かに感じさせる。
「いいところだな。つまらない場所などと文句を言って悪かった」
 クラトスがユアンの横にすわりながら言えば、青い髪を風に踊らせて恋人は笑う。
「クラトスが選んだのだから、そこがいい場所さ」
「それで、お前の言うここでの思い出とはなんのだ」
「せっかくの休暇には暗い話なのだが、気を悪くしないでくれ。お前にも、もちろん、マーテルにもミトスにも会う前だ。クラトスは王宮にいたから知らないだろうけど、お前と出会う数年前の夏、ひどく立ちの悪い流行病が都で蔓延した。手のほどこしようがなくて、孤児院でも子供達がたくさん死んだ」
 ユアンは泉の方をながめながら、淡々と語る。
「前に言ったことがあるかどうかわからないが、孤児院は小さな子供ばかりで、私も何人かの子の面倒を見ていた。本当に何人も死んだ。この手の中で何も楽しいことを知らないまま、……」
 ユアンはわずかに言葉を切った。その何の感情も浮かべない面に、却って、愛しい者がこんなに時がたってもそれを忘れられないことを気づかせる。クラトスがそっと手をとると、ひんやりと冷たかった。
「本当に昔の話だ。どうしようもなかった。お前に責任はない」
「ああ、昔のことだ。あの孤児院はひどく貧しかったから、薬もそうそう簡単には手に入らなかった。暑い夏で、熱を下げるための氷なぞ、どこにもなかったし、都中に流行っていたから、ただの熱さましでさえ高価なものになっていた。だから、私が面倒を見ていた子供がまた熱を出したときに、いけないとわかってはいたが、王家の森に薬草を探しに忍び込んだ」
 妙に符合する話だ。確かに今日のできごとを合致する。
「あの日は不思議な日だった。熱を出した子は本当に危なくて、側を離れるべきではなかったのだが、恐くてな。何もできずに、ただ人を見送ることが急に恐くなって、側にいられなかった。だから、薬草のことを言い訳半分に、森に入った。そんな後ろめたい気持ちできたせいだろうか。いつもなら簡単に手に入るのに、焦って探しても全く見つからなくて。戻っても、あの子は消えているかもしれない。そんなところに手ぶらで戻るなんて、見捨てたことを認めるみたいで、もう、このまま、どこかへ逃げてしまおうと思っていたとき、ある人に出会ったのだ」
 無理もないだろう。お前はあの世界でたったの10歳と言ってたではないか。私は王宮でそんな出来事がこの世にあることも知らなかった。
「その人はどこかの騎士らしくて、今思えば、今のクラトスにそっくりな雰囲気だった。もう、細かい顔の造作などはすっかり思い出せなくなったが、とにかくクラトスのような大柄な騎士で、剣の腕も素晴らしかった。その人が声をかけてくれた途端、自分が本当は何をしなくてはいけないのか、思い出せた」
 あの小さく痩せこけて目だけが輝いていた少年の顔が浮かぶ。いきなり現れた彼に怯えながらも、必死に訴えていた少年。あの生真面目な物腰。
「そうか、私によく似たものと会ったのか」
 いまも変わらず生真面目かつ真剣に、自分を見つめてくれる。お前の目の前にいる、長すぎる命に戸惑っている私がその男の正体だ、勘違いしているだけだぞ、と言ったら、怒るだろうか。
「なんだ。その含み笑いは。作り話だと思っているだろう。本当の話だ。その人は私のために薬草を探すのまで手伝ってくれた上に、ハーフエルフの子供である私に、大切なことを教えてくれた。しかも、帰りに警備兵達に見つけられたときも、見知らぬ私を救ってくれた。もう一度会いたかったが、森の奥の方へ行ったから、他国の騎士だったんだろうな。二度と会えなかった」
「今会ったらわかるのか」
「どうだろうな。だが、きっと会ったら、惹かれるだろう。そんな人だった。まるで、天から降りてきた御使いのようだったな。前にある道が分からなくなった者にそれを教えてくれるような……」


 そこまで愛する者に褒められると、却って恥ずかしい気がする。胸の奥がくすぐったいような、むずがゆいような気分に、ユアンが話をとぎらせたときに、話を変える。
「お前はその人を好きだったのか」
「あこがれたな。自分も困った者にあのように接したいと思った。確かにクラトスの言うとおり、初恋だったのかもしれないな」
「いい人に出会えてよかったな」
「なんだ。クラトス、私の初恋だと言っても、喜んでくれるだけか」
「何千年も前のその男に嫉妬しろというのか。そいつは私にそっくりだったのだろう。ということは、お前はいつでも私に恋してくれるということではないか」
 お前が会ったのは私だ。お前が私を好きになってくれたように、私もあのときのお前に出会って、やはり愛しく思った。ユアンに教えてやりたいが、あのときユアンへ感じた気持ちは自分だけのものとして秘めておきたいと逡巡し、笑みを浮かべたまま黙る。
「随分な自信だな」
 不満そうに言うユアンに「だめか」と尋ねれば、ユアンも彼の少し甘えるような笑顔に反応して、首を振る。
「いや、そういうことにしておいてやる。本当はあの人のことは、今日ここに来るまで思い出せなかった。それに、やっぱり、クラトスの家でお前と目が合った瞬間に恋したのは本当だ。あのときは言えなかったが、初めて会ったときに貴様のマナの眩しさで目が奪われた。今でも、クラトスを見ると胸が熱くなる」
「お前の心を捉えているのは、私のマナだけか」
「聞きたいか。答えを知っているくせに。それに、クラトス、貴様はどうなのだ」
「さきほど、お前こそ、言ったではないか。言わずともわかっていると。ユアン、お前を愛している。どこでも、いつでも、お前の全てを」


 夕暮れの小さな泉に、ほんのりと柔らかい光は昔と変わらぬままに、蛍が舞い始める。その様は、舞踊曲も流れなければ、金剛色に輝くシャンデリアも、目を見張る正餐もないが、遥か昔の王宮のような華やぎを思わせた。自由に飛び交うなかで、一際明るい二つの蛍が、あたかも惹かれあうか者同士のように、互いの周りを巡り続けている。
 その様子を並んで見ていた二人は、同時に指をさそうと手をあげ、触れ合わせた腕の感触の熱さを感じながら、ゆっくりと互いの顔を覗き込む。ユアンの肩から零れ落ちる髪が夕方の優しい風にクラトスの肩を撫で、クラトスの手がユアンの手へと伸ばされる。そして、二人は、幼いときには知ることも、許されることもなかった熱い口付けを交わす。
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