蜜月旅行(ハネムーン)

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一章:昼下がりの情事

 どこまでも続く青い海。わずかに空にかかる白い雲。陽を浴びて輝く広い砂浜。照り返しも艶やかな濃い緑。そよぐ風も穏やかで、波の音を背景に人々のざわめきや遠くに聞こえる鴎の鳴き声。どこを見ても、この世界随一のリゾート地の名に恥じない心地よさである。浜辺に足を踏み入れ、周りを見渡せば、開放的な水着を着用した美しい女性達に、日焼けしたたくましい若者が砂浜の上でそこかしこでのんびり過ごしている。


 ここにいる者達は、ハネムーンとやらに来ているのだろうな。やはり、ここは皆と同じく恋人の腰に手を回し、口付けの一つなぞしなくてはなるまい。ユアンがクラトスの腰に手を伸ばした瞬間に、クラトスの鉄拳がユアンの脇腹に入る。
「クラトス、痛いぞ。この浜辺で誰も恋人に拳なぞくれているものは一人もいない」
「ユアン、後ろにロイドもコレットもジーニアスもプレセアも、あまつさえ、テセアラの神子としいなから、リフィルにリーガルまでいるのだ。場所と面子を考えろ!」
 クラトスが小声でユアンに諭している後ろで、皆が二人の行動を生温かく見守っている。
「父さん、何のためにここに来たんだ。ユアンがかわいそうじゃないか」
「ロイド、二人きりでほっておいてあげなくちゃ悪いよ。貝殻を拾いにいこう」
「ジーニアス、ユアンさんのHP減少率90%です」
「プレセア、ユアンさんは弱っているぐらいが丁度いいんだよ。そうでもしないと、クラトスさんが倒れるよ。僕達もロイド達と一緒に海に行こう」
 子供達は手に手をとりあって、波打ち際へと走っていく。
「さ、ゼロス。あんたもあの二人をそんなじろじろ見ていないで、約束通り冷たいカクテルでも奢っておくれよ」
「おお、しいな。わりぃ、わりぃ。つい、面白くてな。四千年付き合っていても初々しいってのもいいもんだな。俺達もああなりたいものだぜ」
「あんた、何言ってるんだい。いつ、私達が付き合ったっていうんだい」
 ゼロスは、同じく武術に長けてはいても恋の機敏にはうとい大切な少女の反応に、少しだけユアンへの同情を感じつつ、しいなの手をとり、カクテルバーへと歩いていく。
「リーガル、お願いを聞いてくださってありがとう。教え子の危機ともなると見捨てるわけにもいかなくて」
 リフィルが小声で囁けば、リーガルもいがみ合っている二人の天使に苦笑いを浮かべて答える。
「いや、仲間のためなら、この程度お安い御用だ。我々も冷たい飲み物などいかがかな」
 ユアンがクラトスに膾切りにされそうになっているのを必死で止めようとしているロイドとコレットに泣きつかれて、旅の仲間でアルタミラで集まりゆっくりするようにリーガルに企画してもらったのは、二人には内緒だ。


 ユアンの行動に目を光らしているクラトスを除いて、他の皆はそれぞれ、アルタミラの海を堪能している。
「父さん、もう少し海を楽しんだらどうなんだ」
 渚でロイドが遠くで揉めている恋人達を眺めて、ため息をつくと、コレットがにっこりと笑って言う。
「ロイド、ユアンさんとクラトスさん、楽しそうじゃない。いつも通りが一番だよ」
「そうさ、ロイド。クラトスさん、どっちにしろ、ユアンさんしか見ていないんだから、心配することないよ」
「クラトスさんのユアン注視率 90%」
 プレセアが淡々と解析する。
「そのとおりだな。余計なこと言わなくても、父さん、ユアンしか見ていないものな。俺達もそうなりたいよな。コレット」
「ロイド……」
 実の父に爪の垢を飲ませたいような素直にして真っ直ぐなロイドの言葉に赤面するコレットを見て、ジーニアスが慌ててプレセアの手を引く。
「さ、プレセア、僕達はあっちへ行こう」


 こども達が遠くで楽しそうに過ごしている光景を目に焼き付けようと眺めている父の横で、恋人はせっせと持ってきたのものを取り出している。
「まずは、シート。せっかくだから、こんがり日焼け用反射シートだ。これで、どこもむらなく焼けるはずだ。さ、クラトス、脱げ」
「ユアン、離せ。私はこのままで良いのだ」
 クラトスが顔を赤らめて、抵抗する。
「せっかく、ゼロスに今流行の水着を教えてもらったというのに、水着の上からいつものように服を着込んでいては、意味がないであろう」
 だから、嫌なのだ。この水着はほとんど何も着ていないと同義語ではないか。ここに来て回りを見渡せば、もっと常識的な水着を来ている者も多いではないか。この極限まで布地をけちった水着はゼロスにこそ相応しいかもしれないが、我々には少々合わないと思わないのか。大体、ユアン、お前こそ脱ぐな。お前のその姿は、人目にさらすには刺激的だから、何かはおった方がよい。ほら、前を歩く女性達がみんなこちらを見ているではないか。
 目立つ容姿のいい男同士がじゃれあっていることにがっかりされているとは、二人は全く気づいていない。結局、ユアンのおねだり目線に負けたクラトスもしぶしぶと服を脱ぐことになる。
 ゼロスめ、さんざん、世界統合前にも手を焼かせたあげくのはてに、こんなものをユアンに渡すとは、この星を離れる前に礼儀を教えなくてはならないな。


 どうにも恥ずかしいクラトスは背中を上にうつむけに寝そべったまま、動こうとしない。横で恋人はまた次のものを取り出している。
「クラトス、日焼け止めを塗ろう」
「勝手にしろ」
 開放的な海辺でも、愛しいものの返事は相変わらず無愛想だ。
「みんな、互いに塗りあっているぞ」
 そう言いながら、ハーフエルフは周りをきょろきょろと観察しながら、クラトスの背中に手を這わせてくる。クラトスはその感触に跳ね起き、剣を抜いてつきつける。
「クラトス。潮風で剣が痛むから、しまっておいたほうよいぞ。いくら、お前が稽古好きとは言えども、ここには合わない」
 いつものことであるから、まったくユアンは動じず、クラトスが起き上がったのをこれ幸いと、よく鍛えられているその胸に日焼け止めをすり込もうとする。
「ユアン、私の胸の上に手を這わすな」
「だが、クラトス。これだけ日差しが強いからには、日焼け止めを塗ったほうがよい。日焼けをしては、夜がつらいぞ」
「……、ユアン、夜、なにをするつもりなのだ」
「貴様、知らないのか。ハネムーンでは、恋人は夜中、愛し合わねばならないらしい。私の体力が持たなかったらまずいから、その剣はしまっておけ」
 ユアン、お前は誰からどんな話を聞いてきたのだ。ハネムーンとは、あの冊子によれば、結婚したての男女(いいか、男女だ)がする記念の旅のことだ。どこにも夜中、ずっと愛し合うなどとは書いていなかったぞ。
 ちゃっかり、あの後、冊子をすみからすみまで読んではいるクラトスだが、ユアンがよもやゼロスに相談していたことまでは気づいていない。もちろん、気づいていれば、背後でにやにや笑いながら彼らを観察しているゼロスの命はないも同然だ。


「クラトス」
 しばらく、その強い日差しの下、おとなしくしていたはずの恋人は彼にすりよってくる。
 さきほどまで、日焼け止めを塗ってくれないとはひどいではないかとあの大きな目でじっと彼を見ながら訴えていた非常識な恋人を黙らせるために、子供達の目線を気にしながら、仕方なくローションをくまなく塗ってやったので、ひどく気疲れした。大体、ユアンのいつもの香に日焼け止めローションの甘い香が混じって、彼の愛して止まない長い髪から漂ってくるのがこれまた刺激的で、これ以上ユアンを見ていられない。
 だから、返事はしない。
「クラトス」
 あきらめない恋人が呼ぶ。あまつさえ、彼の体に手を這わせてくるので、仕方なく起き上がる。ここは、衆人環視の海辺なのだ。これ以上、変なまねをさせてはならない。
「何だ」
「暑い。海に入ろう」
 いやです。こんな格好で歩きたくありません。
 頭の中で答えるが、横にいる恋人は波打ち際の彼の息子とかわいらしい神子に向って手を振っている。
「クラトス、ほら、ロイドと神子が呼んでいるぞ。それにしてもあの二人はお似合いだな。まるで若いときの貴様と私のようではないか」
 はい、今、何かおっしゃいましたか。
 クラトスは強い日差しで幻聴が聞こえたような気分になる。確かに、冷たい海の水で頭を冷やしたほうがいいかもしれない。ついでに、ユアンもあの海に沈めてやろう。そうすれば、しばらく、大人しくしているに違いない。
 すでに起き上がって、クラトスの手を引く無邪気(と思いたい)な恋人に従って、海へと向う。周りの目線が痛い。やはり、こいつにこんな全身が露な為りをさせてはいけないのだ。仕方ないが、他の者にさらわれるのも癪なので、側で見張っていなくてはならない。ロイド達からみれば、ユアンと同じくらい幸せなクラトスは、周りへ大いなる勘違いから、険しい目線を放っている。
 周りの恋人達の様子をしげしげと眺めていた能天気なハーフエルフが、彼の背中に周りをまねしてこっそりとハートマークを日焼け止めで描いていることに、クラトスはまだ気づいていない。


 ロイド達に掬いあげられなければ、あわや、海底の藻屑となりかけたユアンが横で恨みがましげに彼を見つめている。
「クラトス、そんなに怒ることではないぞ。ロイド達は素敵だと言ってくれたはないか。ほれ、そこの二人組もマークがついている」
 寝たふりをしているクラトスは返事を返さない。ハネムーンとはえらく疲れるものなのだな。埒もないことをぼんやりと考える。いくら、愛しい者のためとはいえ、こんな目に合わなくてはならないものなのだろうか。ハネムーンが二人きりで楽しむという最も根本的な事実を四千年の同志達が理解していないことは、他の仲間にとっては幸いである。
 つかず離れずなところで、古代遺物である二人の生態について詳細な観察日記を書いているリフィル。あの二人は客寄せとしては驚異の効果だ、平日にも関わらず浜の売り上げは二倍だ、夜のカジノが楽しみだな、と休暇にも関わらず仕事のことを思い浮かべているリーガル。自分のアドバイスに忠実に従うユアンと右往左往するクラトスを楽しんでいるゼロス。いつ、あの二人に事の真相がにばれるのかとはらはらしながら見守るしいな。鵜の目鷹の目でいる大人達とは別に、父親が大変控えめな愛情と限度を知らない制裁を愛する相手に吐露することはいつもの風景なので、気にせず海を楽しむロイド達のお子様軍団。普通のハネムーンにはこんなに素晴らしい小姑達はついてこない。
 もっとも、常識の固まり(ただし、四千年前の)を任じるクラトスとは違い、幸せ一杯な見た目だけは楚々とした恋人はそんな状況をものともしていない。近くから仲間達の観察する視線にじっと身を固くしているクラトスを他所に、いつも通りに恋人の多い海辺に適応し、周りの恋人達と同じく彼の胸に手を這わし、肩に唇を寄せて、意固地な恋人を懐柔しようとする。こんなことをすると、さらにクラトスが凍りつくことに気づいていない。ゼロスは遠くで笑い死にしそうである。


「ユアン、やめろ。怒ってなぞいないから、その手を私の胸からどけろ」
 とうとう、我慢できずにクラトスが叫ぶ。こんなに周りに人(主に女性)が集まっていなければ、ジャッジメントでも食らわせるところだが、赤の他人を巻き添えにするわけにいかない。たちどころに、恋人は機嫌よく起き上がる。
「怒っていないのだな。では、あの飲み物を頼もうではないか」
 さきほどから、彼も目をつけているとてもきれいな青いカクテルのグラスをさす。確かに恋人の髪のように深く青い色は魅惑的であるが、あの妙な向かいあって飲むハート型ストローは願い下げだ。そう考えている横で、もう、恋人は嬉しげに手を上げて、ビーチボーイを呼びつけ、注文している。
「ストローはあのハート型のもので頼む」
 ユアン、何を頼んでいるのだ。恋人の口を手でふさぎ(ついでに息の根も止めそうになって、さすがのユアンも顔が青ざめている)、
「グラスは二つ、ストローは不要だ。よいな」
 とクラトスが低い声で唸れば、目の前のあまりな光景と声の迫力にボーイはコクコクと頷く。
「クラトス、皆があのストローで頼んでいるぞ」
 ユアンがまたしても、煌めく大きな目でうらみがましく彼を見つめる。
 だめだ。こいつのこの目線にうなずいて、何度痛い目にあったことか。珍しくユアンの眼差しに負けないクラトスの努力は、注文とは別に、リーガルがサービスとばかりに気をきかせて運ばれてきたカクテルで、無となる。大きなグラスに並々とそそがれた爽やかな橙色のトロピカルカクテルには、真っ赤なハート型のストローが毒々しいまでに燦然と輝き、クラトスの眩暈を引き起こす。
「クラトス、他人の好意を無駄にしてはならないぞ」
 クラトスが断る前に、すでにユアンが受け取っている。
 二度とこの海岸には来ないと誓いながら、嫌なことはさっさと終わらせるべく、勢いよく甘いカクテルジュースを飲むクラトスと、やや顔を赤らめている恋人の顔をすぐ間近に見ながら、このストローは記念に持って帰って使おうと考えているユアンに、浜辺の風は優しく吹き寄せる。


 長い半日が終わるころ、騒ぎの根源である恋人はようやく昼寝に入って静かになる。
 この愛しい寝顔だけ見ていられればいいのだが、こいつが目を開けていると、どんでもないことしか起きない。万が一にも次にここに来なくてはならないときは、最初から一服盛ってやろうなどと、不穏なことを考えながら、クラトスは安堵の息をはいて、二人分のブルーハワイを一気飲みする。
 夕刻、仲間がじっと見守るなか、二人は肩を寄せ合って寝ている。もちろん、ゼロスは持参した高性能デジタルカメラで、滅多にお目にかかれない光景をこっそりと激写している。後でユアンに売れば、いい値段になるだろう。
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