蜜月旅行(ハネムーン)

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序章: お熱い場所はお好き?

 もの憂げな午後、ゆったりと繰り返される単調な波音を聞きながら、白い砂が広がる明るい浜辺にユアンと一緒に横たわっている。
 さざなみの音と共に、周囲のざわめきがぼんやりと届き、冷たい飲み物でのどを潤しながら、日差しに照り映えるどこまでも青い海とその上にぽっかりと浮かぶ白い雲を見れば、ようやく訪れたこの星の平和をしみじみと味合う。何千年もの間彼を覆っていた緊張感も、この暖かな空気の中へ溶け込んで消えたのか、気づけばどこにも感じれらない。
 隣の大切な恋人は、こちらに体を向け、さきほどからの騒ぎに疲れたのか、彼の肩にあごをのせたまま、半分うつらうつらとしている。
 ことの起こりは一週間前のことだ。


 イセリアの森もすっかりと冷え込んできた。
 デリス・カーラーンがこの星からゆっくりと、だが、確実に離れ行こうとしている。
 クラトスがあのエルフの故里と共にこの星を離れようと決意したことを、言われずとも気づいている。彼が息子へ送る眼差し、ふと見せるこの星にあるもの全てへの愛惜、自分へのいつもよりも甘えたような振る舞い、気づかせないようにしているつもりかもしれないが、四千年の付き合いである。ただ、言い出すまでは気づかないふりをしているつもりだ。
 ただの人間では想像もできない長い生を送ってきた者に、新しい世界が居場所を与えないであろうことは、同じく長い年月を過ごしている同志である自分も容易に想像できる。若い者たちは、彼らがそんなことを考えているとは気づいていないだろうが、やはり、ユアンもクラトスと同じく、すでにこの星での自分達のときは満ちたと感じている。


 ユアンが部屋に入ると、寒々とした木々を眺めながら、テラスでクラトスがわずかな日を浴びて座っている。ユアンの気配にクラトスは慌てて何かを後ろに隠した。
「何を眺めていたのだ」
 わずかに顔を赤らめて、クラトスが首を振る。いつも素直じゃないから、本音を引き出すの苦労するが、共に過ごせる時間も限られているのだからここはきちんと聞き出してやるのが、恋人の務めだろう。
「外を見ていた」
 一度くらい、素直に言ってくれればいいのに、たちどころにいつもの無愛想な表情でいつもの調子の低い声でクラトスが答える。
「いや、何か手に持っていただろう」
 慌てて、クラトスがさらに隠そうとするので、彼の後ろに手を回そうとすると、ばさっと音がして何かが落ちた。頭を抱えるクラトスを横に、すばやくユアンは本を拾う。


 床に落ちた薄い冊子には美しい青い海が表紙に描かれ、『二人で過ごす熱いとき、アルタミラで過ごす五日間ハネムーン』と馬鹿でかい字で描かれている。
「クラトス」
 思わず、声が上ずった。
 『熱いとき』とは、また大胆なタイトルではないか。こいつがこんな冊子を眺めているなんて、どうしたのだろう。さすがのユアンも驚く。オリジンの封印を解いてからというもの、人が変わってしまったのだろうか。
 ところで、ハネムーンとは一体なんだ。レネゲードの活動に忙しくて、最近の世界の動向には目を向けていなかったが、かなり、魅惑的な言葉に聞こえる。クラトスの望みとあらば、何をもってしても、叶えてやる必要がある。それに地上にいられる時間も後わずかだ。知らないことはきちんと調べなくてはいけない。早速、皆にこっそり相談しよう。


 しまった。
 コレットが何を勘違いしたのか、渡してくれた下らない冊子をたまに手にとったときに、どうして、ユアンが現れるのだ。
 あの、嬉しそうな顔。絶対に勘違いしたに違いない。ユアン、頼むから変なことをしないでくれ。これ以上、この星の上で、実の息子の前で醜態をさらしたくないから、お前は大人しくしていてくれ。


 クラトスが彼の方を切々と訴えるように見つめる。心配するな。貴様の気持ちはよーーく分かった。


 そして、今、二人はアルタミラにいる。
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