GIFT −与えられしもの−
冬至(1)
雪に埋もれた村は美しい。
朝日に照り輝く誰も歩いていない真っ白な道。屋根に降り積もった青白く輝く雪。窓に凍りついた見事な氷の結晶の花たち。軒下から下がるツララの見事なまでの透明な輝き。
その背後にある生活を知らない者にとっては、神秘的な世界だ。ミトスも最初の内は感動して朝や夕刻、外をそぞろ歩いたものだが、数週間もすれば、そんな酔狂なことをするのは彼一人だということがわかった。
そんな彼の姿に、アレトゥサは秋にこっそり準備してくれたのだろう。村の男達が身につけているごわごわしてはいるが濡れにくい毛糸の胴衣や毛をつけたままなめした皮の上着を渡し、一人でつまらないなら、私を誘ってねと笑った。
今は彼も理解している。外でできない分、真冬でも家の中は大忙しなのだ。
「今日は散歩はやめるよ。その分、昨日できなかった細工を仕上げたいからね」
ミトスが窓の外を見て言った。
「うう、今日は冷えるわね。雪が降る日はそんなに寒くないのだけど、珍しく天気がいいから、朝方は寒いわ」
窓辺でアレトゥサがわずかに差し込む冬の日の明りで刺繍をしている。ミトスはその横で見よう見まねで覚えた木工細工の細々とした部品を削り出していた。
村の皆と同じく、アレトゥサの家も勤勉だ。冬の日の出は遅いから、暗い内から起き出す。朝食が終われば、納屋に数頭いる羊やヤギの面倒を見る。日が昇り、明るくなると、機織やら細工物を作り、日が落ちて冷える頃には炉辺で体を温めながら、刺繍をしている。
いつでも楽しそうに歌いながら作業をするアレトゥサの姿はユアンが嬉しげに眺めていた姉の姿に重なった。ユアンもこんな気持ちでいるのだろうか。愛しくて、大切で、誰かに教えたいけど、自分のものだけにしまっておきたい。
愛しい。その言葉が胸にはっきりと浮かんだとき、ミトスはその感情を受け入れる準備はできていた。もう、知らないふりは、自らの気持ちを否定しなかった。心の中で望んでいることも認められた。それだけで、幸せだった。
その日は快晴だった。
前日に降り積もった雪はあくまでも白く、木々の上にも綿帽子の冠が置かれている。うっすらと氷のついた窓に息をはきかけ、外を見れば、のんびりと顔を出した薄い桃色の朝日に、ウサギの足跡がくっきりと映えていた。
下では暗い内から準備を始めた冬至のための調理の音が聞こえる。台所から通じているミトスの部屋の暖炉を抜ける煙突がもうじんわりと暖い。何の関係もないはずの彼も、神聖な冬至の日を迎えるための準備を手伝ううちに、すっかりその興奮に巻き込まれていた。
昨晩、見ようみまねで作っておいた竹で編んだランタンをかかえる。アレトゥサの父に聞いて、あらかじめ、庭や道沿いの決められた場所に置かなければならない。
戸口にも冬至で弱りきった太陽に力を与えると信じられている、明るい緑のやどり木のリースを飾る。昨晩、ミトスが探してきたやどり木からアレトゥサがそれは形良く組み合わせてリース台にし、ドライフラワーで見事に飾ってくれた。
ミトスが外で飾りつけをしていると、按配を見にきたのか隣家の娘が雪をかきわけやってきた。
「あら、素晴らしい。私もがんばったんだけど、アレトゥサの作ったのにはかなわないわ」
ひとしきり、少女はミトスの横で、もっと高く飾れだの、それじゃ真ん中じゃないわなどと言いながら、飾りつけの監督をしてくれた。
「君のおかげで助かったよ。確かにアレトゥサがきれいに作ってくれたんだから、ちゃんと飾らなくてはね」
ミトスが礼を言うと、隣家の娘はげらげらと笑った。
「ミトス、あなたって、本当にいい人ね。うちの父さんなら今ごろ、うるさい。指図すんじゃねぇって、母さんと大喧嘩よ」
娘の言う光景が目に浮かんで、ミトスも噴出した。
「そうそう、あなた、笑ってた方がずっといいわ。で、お礼を言ってもらったから、いいことを教えてあげる」
「え、なんだい」
「あなたのことだから、アレトゥサに何にも言ってないでしょ。冬至の日に告げるとね。永遠の誓いになるのよ。長い夜の間に生まれ変わる新しい日の命に力がもらえるのよ」
「誓いって、ねえ、僕達はまだ……そんな……」
「鈍い男は嫌われちゃうわよ。せっかく教えてあげたんだから、がんばってね」
答えも返せず目を泳がせている彼の手をぶんぶんと握ったかと思うと、隣家の娘はウィンクし、ぱっと林の方向へ進み始めた。見れば、秋祭りで一緒だったあの優しそうな青年が大きなやどり木を振り回している。
「やった。うちのやどり木が一番大きくなったわ」
彼女の声が辺りに木霊した。
冬至の日は日暮れ前に村の教会に集まるから、軽く夕食は終わらせる。どの家も聖なる祈りをささげた後に準備してきたご馳走を食べるのだ。ミトスとアレトゥサは、彼女の両親達に頼まれ、朝から用意してきたご馳走をあらかじめ親戚の家に運ぶ。これで、準備は整った。
青くも見える降り積もった雪の中を、里の人々が信じる神の家へと歩く。静寂と敬虔な思いに溢れた儀式が終わると、教会から出た人々は夏至の日に採っておいた聖なる火を思い思いの容器に移し持つ。そして、家の周りにあらかじめ用意していたランタンのキャンドルに火を灯す。すでに日の落ちた青白い雪の上で、蝋燭の火がちらちらとまたたき、空の星が落ちてきたかのようなそれは幻想的な風景だった。
神聖な日の魔力がそうさせるのだろうか。寒さに頬を赤らめたアレトゥサの青く澄んだ目の輝きがキャンドルの揺らめきと重なり、一緒に歩いている間中、ミトスはこれが現実のものとは思えなかった。またたくキャンドルは遠くに近くにと彼を取り囲み、キャンドルの明りに青く輝く雪の壁、その前で手編みの帽子から長いウェーブの金髪をはらりと広げたアレトゥサが立つ。彼の心は愛しさに震え上がった。
その中をしばらく村人達は静かに歩き、やがて三々五々に分かれて、暖かい家へと戻っていく。
アレトゥサの両親は、三軒となりの親戚の家で飲み明かすのが恒例となっているらしく、その家へとでかけていった。仲良しの少女がいる隣家にアレトゥサとミトスはおしかけた。秋祭りのときと同じく、四人でおしゃべりやたわいものないゲームを楽しむ。隣家の親父さんがこっくり舟を漕ぐころになれば、ミトスとアレトゥサは、夜も更けて星空も高くなったころ合いと、アレトゥサの家へと戻った。まだ、彼女の両親はもどってきていなかった。