GIFT −与えられしもの−

PREV | NEXT | INDEX

冬至(2)

 神聖な冬至の日の夜だからか、さきほどまでの隣家が賑やかだったせいか、アレトゥサの家の中は妙に静かに感じられた。遅いから明かりはもったいないと灯火はつけず、居間の炉の灰の中から置き火を熾し、太い薪を数本入れる。
 ほとんど闇の中で、パチパチとほどよく乾いた薪が爆ぜるのを、二人は炉の脇の敷物に座って眺める。
「いい日だったね」
 ミトスが囁けば、アレトゥサは炉の火に手を伸ばしながら頷いた。
「ええ、ミトス。あなたがいてくれたから、とても助かったわ。あなたと過ごせて本当に楽しかった」
「僕の方こそ、君に感謝しているよ」
「もう後少しで新年ね」
「新年のお祝いも村中でするのかい」
「ううん、新年は家ごとかな。他のところでは村中でお祝いしたりするの」
「いろいろかな。とても大掛かりにするところもあるし、家ごとに祝うところもある」
「ミトスは本当に何でも知っているのね。私は村から出たことがないから」
 脳裏に隣家の少女が教えてくれた言葉がミトスの心に浮かんだ。告げると永遠の誓いになる。そんなことはもとより信じていなかったが、それでも、背中を後押ししてくれているような気になった。
「村の外に行ったことがないなら、春になったら、姉の家に行こう。僕の家族を紹介するよ。マーテルっていうんだけど、アレトゥサと同じくらい料理が上手さ。家族と言っても姉と義理の兄しかいないんだけど、二人とも、きっとアレトゥサのことを歓迎してくれるよ。きっと、お前も僕の家族を気に入ってくれる」
 少女は驚いたようにミトスを見た。急にこんなことを言い出したりすれば、きっと断るだろう。そんな予感にミトスは自分の愚かさを呪う。こんなことしか言えない。
 だが、少女は少し不安そうな様子を見せながらも、彼の言葉を断らなかった。
「私、外の世界のことを何もしらないの。こんな物しらない田舎者を連れていったりしたら、あなたのお姉さまが何をおっしゃるかしら」
「何も言わないさ。ただ、大歓迎するだけだよ。ユアン、姉の連れ合いの名前なんだ。彼も大喜びするよ。二人とも驚くだろうな。僕がアレトゥサみたいなきれいな子を連れて行ったら」
「ミトスはきれいな子が好きなの」
 少女はふっくらと愛らしい唇を尖らせて、下から彼を見上げる。その仕草さえも、ミトスにとっては愛しいだけだ。それに、彼もとっくに気づいている。ふんわりと儚げな姿からは想像もできないしっかりとした少女の魂が、彼の愛する少女自身を作り上げているのだ。
「ごめん、そういうつもりじゃなかった。アレトゥサが好きなのさ」
「お前みたいにきれいなマナを持っているだけで、驚くだろうな。アレトゥサのようなマナには滅多に出会えないからね」
「まあ、ミトスのマナの方がずっときれいなのに、変な人」
「そんなことはないだろう。アレトゥサはどこもかしこもとてもきれいだ。お前の側にいると本当に落ち着くよ。こんな気持ちは久しぶりさ」
「そう、少しでもミトスの役に立てるのなら、嬉しいわ。何も教えてくれないけれど、ミトスは本当はとても大切なことをしているのよね。だって働いていないみたいなのに、とても強い感じがするもの」
「そうかい、アレトゥサ。僕って、働いていないように見えるの」
 からかい気味に少女の額に己の額をつけ、愛して止まない美しい目を覗き込む。アレトゥサはほんのりと頬を染めてから、外気で冷えた手を彼の頬に添えた。
「ごめんなさい。そういうつもりじゃないの。でも、ミトスは村の男の人のようなことはしたことないでしょ。それに、私には分からないから言わないのだと思うけど、遠くの町の偉い人や村長さんのようなことを時々言うでしょ。だから、……。うまく言えないけど、私が知らない難しいことをしているのだと思ったの」
「偉そうな人に見えるかい」
 ミトスが耳元でささやくと、少女は少し首をすくめてから、笑い出した。
「ミトスったら、何を気にしているの。あなたはあなたよ。偉そうには見えないわ。でも、強そうな気がするの」
「君に嫌われたくないだけさ。僕は強く見えるかな。見えるとしたら、それはそんな振りをしているだけさ。本当の僕はアレトゥサに側にいてもらえなかったら、周りが怖くていつも緊張しているんだよ」
 ミトスは少女の腰に手を回し、互いに冷え切った体を寄せ合った。そんなまさかという表情で少女が彼を見上げ、しかし、彼がおどけたような笑みを浮かべれば、納得したように頷いて、彼の胸に頬を寄せた。
 背後で炉にくべてあった大きな薪が崩れ落ち、灯をともしていない居間は一段と薄暗くなった。ミトスは己の表情を見られないことにほっとしながら、少女の柔らかな髪に顔を埋めた。彼女に幻滅されたくない。でも、彼の望みとは関係なく作り上げられた偶像としての勇者でもいたくない。ただ、あるがままのミトスとして受け止めてほしい。そんな彼の気持ちをどうやって伝えればいいのだろうか。
 寄せ合う体は炉のほのかな暖かさと互いの想いに熱を持ちだす。アレトゥサははっとしたようにミトスの胸から顔をあげると、彼から離れようとした。と同時に優しく廻されていたミトスの腕に力が入り、少女はその暖かな戒めから逃れられないことを悟った。ミトスはゆるゆると髪に埋めていた顔を下げ、少女の耳の側に寄せた。
「逃げないで。僕から離れないで、アレトゥサ。側にずっといて欲しい」
 少女の答えは期待していなかった。本当の自分が何であるのか、当の本人だって分からないのだ。使ってはならない強大な力をもった、そのくせ、無力なこの星の番人。いや、この星の囚われ人。それとも、戦いに長けただけの剣士。石によって命を延ばされた大地のしもべ。最愛の女(ひと)にその一言を告げることのできない臆病者。
「ミトス、……。一度も逃げようなんて思ったことない。あなたを不安にさせたのなら、あやまるわ。あなたと初めて会ったときから、ずっとあなたのことを見ていたのよ。あなたこそ、気づいていたのかしら」
 いつも、勇気を与えてくれたのは姉だった。血を分けた者だけが彼のことを恐れず、厭わず、同じ目線から語りかけてくれると思っていた。ユアンやクラトスにさえ、彼が立つその傍らに近寄ってくれないもどかしさを感じることがあった。彼の持つ何かが、周りのもの全てを彼の側へほんの一歩だけ寄せ付けなかった。
 それなのに、今、彼のことを何も知らないくせに、もっとも奥まで入り込んでくる乙女は、彼の顔を見つめながら、何を与えてくれているのだろう。
「ミトス……」
 何も答えない彼の様子に不安そうにアレトゥサが再度名前を呼んだ。目をそらしていたのは自分だ。二人は同じところにいるのに、まるで自分だけが別の高みにでもいるように勘違いをしていた。わかってもらうためには、自らが最後の一歩を踏み出さなくてはいけなかった。
「アレトゥサ、僕こそ、最初に出会ったときから、君のことを見ていた。わかっていたのに気づかないふりをしていた。ごめん、自信がなかった。僕こそあやまらなくては」
「ミトス、あなたのことが好き」
「ずるいよ、アレトゥサ。僕が先に君に捕まった。だから、僕から言わせてくれ」
 少女の細く形のよい顎を指でとらえる。
「アレトゥサ、愛している」
 少女の大きな目がゆっくりと閉じられ、長い睫が影を落とす。軽く少女の顎を引き上げ、半ば開きかけたままの唇に己のそれを静かに重ね合わせた。
 屋根から雪が滑り落ちる音がどこか遠くで響き、薪のはぜた火花が少女の肩にするりとふりかかる彼の金髪を輝かせた。 

PREV | NEXT | INDEX
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送