GIFT −与えられしもの−

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心遣い

 山里を閉じ込めていた冬がしぶしぶと後退しはじめた。
 ミトスはアレトゥサと共に、しぶる彼女の両親を根気よく説得し、二人でミトスの姉を訪ねる許しを取った。
 首尾を尋ねにきた隣家の娘は、アレトゥサが頬を染めながら、ようやく許可が出たと告げれば、まるで自分のことのように興奮して喜んだ。
「ミトス、よくやったわ。アレトゥサを黙って連れてったら、それはまずいから、心配していたのよ」
「ひどいなぁ。僕はそんなことはしないよ。アレトゥサが傷つくようなことは絶対にしない」
「あら、ご馳走さん。でも、そうよね。ミトスがきちんとしていることはわかっているわ。それに、アレトゥサは黙って出て行ったりしないわよね」
 ミトスもその言葉に頷いた。アレトゥサはそういうところはしっかりしている。大切な両親のことも、大事なミトスのことも考えてくれる。
「そうと決まったら、今度はお土産よ。義理のお姉さんですもの。ちゃんとしたものは欠かせないわ。早速準備よ」
「まあ、エリン、ミトスのお姉さまよ」
「そのうち、同じ意味になるわ」
 ミトスが口を挟む前に隣家の娘がきっぱりと言った。なぜか、アレトゥサよりミトスの方が顔を赤くし、また、からかわれた。
 まだ外は冷え込むこの季節、赤々と燃え上がる炉辺で少女達はミトスからマーテルのことを聞きながら、ああでもない、こうでもないと長く相談をしていた。
 ミトスはその話を聞きながら、この数ヶ月ですっかり作りなれた木工細工の仕上げをしていた。彼の細い指先は器用に木を削りだし、アレトゥサの父親に頼まれた細かい部品を作りあげる。余った端切れはアレトゥサのための置物やブローチへと変身した。
「まあ、ミトス、すごいわね。このぶどうの葉のブローチ、まるで本当に木の葉が揺れているみたい。ね、アレトゥサ、つけて御覧なさいよ」
 話に疲れた少女達は炉にかけてあった薬缶の湯でお茶を煎れ、ミトスにも振舞ってくれる。口と同じだけ手もよく動く隣家の娘は、昨年の秋に集めた木の実でおいしいケーキを作ってきていた。
「私がつけていいのかしら」
 少し首を傾げて、それでもアレトゥサが嬉しそうに手の上にそのブローチをのせた。
「もちろん、アレトゥサのために作ったんだから、ぜひ使ってほしいな。エリン、君にもあげるよ。さっきのケーキのお返しだ」
 雪の合間からもうすぐ顔を覗かせるはずの雪割り草をおもい浮かべて作った飾りを差し出せば、隣家の娘も大層悦び、アレトゥサと互いに見比べていた。
「うう、こんなに上手に作れる人のお姉さんて、何でも出来そうね。アレトゥサ、さっきの髪飾りを編む案は止めよ。あなたが得意の織物に刺繍だわ。ほら、あのすてきな森の緑色の糸でおったサッシュが秋祭りでも人気だったじゃない。あれなら、絶対に誰でも喜ぶわ」
 隣家の娘が大真面目にアレトゥサに忠告している。ミトスは慌てて首を振った。
「そんなに気をつかわないでくれ。姉さまは何でも喜ぶさ」
 娘達はミトスのそんな姿に何がおかしいのか、また、くすくすと笑った。


 冬が長かったせいもあり、アレトゥサが入念に考えて用意を始めたマーテルやユアンへの細々とした品もとうにできあがっていた。アレトゥサの父が丹精こめて作ってくれた見事な柘植の櫛はこれまたアレトゥサの母が美しく刺繍をほどこした小袋におさめられていた。
 だが、峠の道はアレトゥサを伴っていくには深く雪に覆われたままだった。例年なら、彼岸には消えるという雪が一月たってもそのまま残り、ミトスは一日置きに様子を見にでかけていた。
 そんなミトスの落ち着かない様子にアレトゥサや両親達は笑った。
「まるで私が逃げていってしまうのを恐れているみたいよ。ミトス」
 春を待つ窓辺で並んですわっていると、アレトゥサが口を尖らせて文句を言えば、その口に軽く口付けを返し、ミトスは笑った。
「もちろん、そんなことはないさ。だけど、今年は春が遅い。それで何となく不安なのかもしれない。それに、お前を早く紹介したいって思ってはだめだろうか」
 アレトゥサはミトスの笑いににっこりと微笑み、軽く彼の肩へともたれかかった。だが、彼の心の中は秋に湧き上がった不安がまたぞろ吹き返していた。
「嫌な予感がするよ。あの季節はずれの雪以来、マナはすでにつきたとしか思えない。この星の鼓動を感じられない」
 ミトスの言葉に、その側に寄り添うようにしていた少女が不安そうに彼を見遣る。
「ミトスはどうして分かるの。私は分からない。ただ、寒いだけ」
「いいんだよ。お前は体が弱いからこれを感じ取れなくても、無理はないさ。気づく者はほんのわずかしかいない」
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