GIFT - 与えられしもの -(旅路)

PREV | NEXT | INDEX

一人旅

 最初こそ、驚き戸惑った英雄扱いは、それが長く続くはずもなかった。その程度のことは、長い争いの間にも何度も経験したことであったから、ミトスも予想はしていた。それは歴史では繰り返されてきたことだった。ただ、今までと唯一違ったのは、すでにこの星の力が、大樹の力がつきかけたために、人間同士の争いが起きなかったことだ。
 つまるところ、争いの中での英雄は、平和の世界では望まれいなかった。クラトスが予想していたと同じようなことが残された自分達の回りで起きはじめた。他のものでは得られない力を持った者は、それが同族のなかでも煙たがられることがうっすらと分かった。
 平和のなかで過ごす数年間は、婉曲な訪問の断りに始まり、気づけば声をかけられずに進む両陣営の和平条約の改定、諸侯会議における実権が気づけば徐々に削がれていくことで、わかった。たまには声をかけてくる人間の友たちはわずか数十年もたてば、次の世代へと自らの役割を渡し、緩やかな時の流れが彼らを知る者を減らしていった。
 大樹が弱った理由としてあの大戦を知るものも数少なくなった。枯渇寸前のマナの流れをどうにか保ち、マナの流れを制御するだけの能力しかないことが分かれば、ミトスとその仲間は両陣営の和平儀式の象徴にすぎなかった。人間たちにとって、彼らはもはや大戦終結の英雄ではなく、マナの流れを増やすことのできない融通のきかない大樹の種の管理人に過ぎなかった。
 この和平がいつまで続くか予断を許さない状況ではあったが、政争の道具として扱われるよりは、幾分の恐れを含んだ触れてはならないものと見做される程度はミトスも我慢できた。いっそ、ユアンが自嘲気味に言ったように、大樹を復活させるために次に恵みの星が再接近するのを待つ間は、道具である方が気楽でもあった。
 
  
 こうして、周囲が徐々に変化していくなか、前面に立つミトスを残し、ユアンと姉もすべての公職から離れ、大樹の管理人という静かな世界に埋もれていった。ユアンと姉が大樹の森にほど近い町の端で小さな家に居を定めると、ミトスは居候というには滞在時間は少なかったが、その家を拠点に出歩いた。
 その生活はミトスにとっては気楽で楽しいものであったが、しばらく過ごすうちに、共にいてはならないことを感じ出した。姉の愛が、ユアンの気持ちが自分に対しておざなりになったとは、決して思わなかった。しかし、姉やユアンが望む市井の中での暮しと、ミトスが心のなかで感じるこの星への愛着とそのための活動の間には、大きな隔たりがあった。
 ミトスの知り合いの求めに応じて、ユアンは政策案や都市計画の面倒をみることがあった。実はユアンが望んでいないことに、たまにユアンがもらすため息で気づいた。立案した施策結果や世界情勢を確かめるためにユアンが彼と共に長旅に出る度、姉が不安そうにしていることも、理解できた。ミトスがいれば、そこには二人が今では望んでいないであろう様々な問題が持ち込まれた。つまるところ、三人で共に過ごすのは目立ちすぎた。
 ひっそりとした平穏な生活を求めて、ユアンはさらに田園の中の館へ移ろうとしてくれた。しかし、すでに小さな町で生活の基盤を作り上げている姉達の努力を無にしたくなかった。
 マーテルは、彼の決意を聞いても、取り乱しはしなかった。もちろん、彼と同じく、互いに離れて暮らすことへの寂しさを姉も感じていた。だが、彼女のマナは彼の周りを巡り、優しく暖かいその力を再度凝縮して、彼の決意を確かめるように、彼の中に入り、微かで長い余韻を残しながら、静かに消えた。
 彼の決断に驚いたのはユアンだった。言葉ではミトスの生き方を認め、その旅立ちを祝ってくれたが、彼のマナに縋るようにユアンのマナが絡まりあい、見せてはならないはずの悲しみが彼の心を震わせた。それは意外だった。ユアンこそ、彼の旅立ちを冷静に受け止めるとばかり思っていた。
「ミトス、私達はずっと家族なのだから、ここはお前の家だから、いつでも帰ってきてくれ」
 ユアンの言葉に素直にうなずいた。確かにそうだ。この一千年、互いに命を預け、血のつながった家族よりも濃い絆を結んでいた。ユアンの口から洩れる家族という言葉の重さに、ユアンのいつもは気づかせなかった彼への思いが感じられた。


 一人で世界を歩くのは想像以上に楽しかった。仰々しいもてなしも、事前の派手な準備もないまま、市井の人の目線で世間を見るという体験自体が、彼にとって目新しいことだった。
 戦火の下でしか見たことのなかった場所を、今この落ち着いた世界を歩いて見れば、当時とは全く異なった景色や人々の営みが目に入った。偶然、共に闘ったハーフエルフの仲間と会えば、意気投合して数年を過ごした。誰にも強制されず、命の危険もなく、己の思うままに次の土地を決められる開放感を楽しんだ。
 クラトスとはあの別れを境に、一度も噂も聞かず、出会うこともなかった。たまに、クラトスによく似たマナを遠くに感じることもあったが、彼もその頃には無理に探し出そうという気は失せていた。それどころか、クラトスが無事であることが感じられると、遠くにある姉やユアンに対すると同じように、健在であろうことに安堵するだけであった。もちろん、彼らのことを気遣って身を引いたクラトスへの感謝の気持ちを忘れたことはなかった。
 一人の気ままな暮らしも数年すると自然と足は姉たちの町へと向いた。ミトスがユアンと姉の家の扉をたたけば、いつでも二人は喜んで迎えてくれ、彼のことをいつも変わらず大切に扱ってくれた。彼が訪れた先で出会った人々や彼らが驚くであろう不思議な出来事を語った。
 たまに会う姉は以前よりもいっそうきれいになり、戦さのときには悲しげに伏せられていることも多かった瞳は今の穏やかな日々を教えてくれるかのように優しかった。
 ユアンは、ハーフエルフと人間が混在するその小さな町でささやかな手習い所を開き、どの子供たちも分け隔てなく教えていた。今でも、彼が望めば、このあたりでは見たこともないような財貨とともに各国が三顧の礼で軍師として迎えることだろう。だが、姉と互いに手を携えながら、その町の暮らしになじんだユアンの姿は、彼が望むものは、まさにここの生活にあることを教えてくれた。
 二人が面倒を見ている数人の孤児達と一緒に、姉と年嵩の少女達が作った香ばしい菓子と茶を楽しめば、長き戦いの代価はほんの日常の些細なことであり、そこにこそ、幸せと満足感があることを知った。
 ユアンも姉も、彼が一人で過ごしていることを心配していることは分かっていた。だが、ユアンが姉を得たような、姉がユアンと出会ったような、そんな奇跡は滅多に起こらないことを二人は理解していない。だから、ひと時をそこで過ごせば、二人の無言の願いに申し訳なくなり、引き止める二人の手から離れた。
 いつだったか、まだクラトスと共にいたとき、突然、彼がミトスに言ったことがあった。
「ミトス、出会いは自分では選べない。天から与えられるものだ」
 あのとき、クラトスがじっと見つめていた先で、姉とユアンが白霞と見まごうばかりの杏の花の下を歩いていた。そのときは、何を言っているのか、理解できなかった。とうとつな彼の言葉に、暗に姉達のことを認めようとしていない自分をしかっているのだと、聞き流していた。
 今なら、あの淡々とした一言に込められたクラトスの思いがわかる。人との出会いは確かに選べない。その時も、その場所も、そして、やがてくる別れも何一つ自分では選べない。
PREV | NEXT | INDEX
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送