GIFT - 与えられしもの - (旅路)

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解散

 長く続いた大戦はある日、唐突とも感じられる勢いで終結した。すでにマナが少なくなって、兵器を開発してもその効果を得られないことを実際に経験したからだろうか。鬼神のごとく、刃向うものを叩きのめすクラトスの力を目の当たりにしたからだろうか。あるいは、精霊の王の認められたミトスの絶対的な力に一瞬でも怖気づいたせいだろうか。気づけば、ユアンが長時間かけて巧みに作り上げた和平条約の内容は両勢力によって何の訂正もなく受け入れられることとなった。
 ハーフエルフでさえ一生をかけるだけの長いときを戦いで過ごしてきた者たちにとって、日常がまさに日常であるということは、大いなる安堵といささかの不安をもたらした。それが何を意味するのか、ミトスはしばらく理解していなかった。
 ミトスだけではなかった。おそらく、勇者と呼ばれていた一行の皆が分かっていなかった。
 戦の終結は世界の動きと同じだけ、勇者一行の身の上に変化をもたらした。変わらずにいられないものは、何一つなかった。行く先々で戦さを終わらした英雄と称えられながら、しかし、寒々しいマナの枯渇した世界を元に戻すことは適わなかった。だからだろうか、客として滞在し、もてなされているはずのその席が、ミトスにとってはなんとも面映いものと感じられた。
 いったん、和平条約を作り上げると、ユアンは今後の体制については口をはさむつもりはないようで、ミトスの補佐はしても、未来の青写真について意見することはなかった。クラトスは、和平条約に基づく武器の廃棄、軍隊の縮小に目を光らせていたが、同様にミトスとともに諸侯会議に顔を出すことはほとんどなかった。マーテルは戦の終焉によりどうにか命脈とつないだ大樹にかかりきりだった。
 両陣営が互いに己に益する方向へ今後の政策を導こうとやっきになっている様は、長時間の双方の慇懃無礼な応酬に付き合わされているミトスからみれば、噴飯ものだった。たかだか一人の人間の一生の時間にも満たない間の政策よりも心配すべきは、マナの枯渇と弱りきった大樹を救う方法だというのに、誰一人長い目でみた施策を訴えるものはいなかった。
 そんな表面的な会議は長々と続き、大戦のときのような緊張感はないものの、精神的にはかなり疲れる日々が続いた。そのせいか、仮住まいに戻っても、他の者たちと口を利かずにおわる日も少なからずあった。それは、一日、一日を生き延びるに必死だった以前なら考えられないことであった。


 最初に姿を消したのはクラトスだ。ノイシュと共になんの痕跡も残さず、突然去っていった。諸侯会議を開き、国々の間の条約調印へどうにか目途がついたと仲間だけで祝った次の日の朝、もうその姿はなかった。
 ミトスはクラトスが姿を消したその日、一日そのことに気づかなかった。雑用に紛れ、顔を合わさないことには疑問を持たなかった。いつものように、外で稽古をし、誰か乞われた者に教えている、あるいは、平和における軍のあり方を相談しているとばかり思っていた。
 思い返せば、軍縮自体が条約調印時の条件となっていたから、クラトスが責任を持たねばならない仕事は確かに終了していた。だが、ミトスに全ての力を授けるためにオリジンをその身で封印したのはクラトスだ。だから、ミトスはその一つをとっても、クラトスが自らの側を離れるとは夢想だにしていなかった。
 夕方、ユアンが食事時にまるで散歩にでも出かけたかのようにそのことをミトスに告げたとき、まずは激しい動揺を覚えた。ついで、黙っていたユアンへの怒りがふつふつと湧いてきた。
「どうしてさ。わかっていて、どうして止めなかったんだ。なぜ、僕に黙っていた。ユアン、何故、そんな大切なことを僕に隠していた。教えてくれれば、僕が説得したのに。僕達は一緒にいなくてはならないはずだ」
「すまない。ミトス。だが、クラトスから口止めされていた」
「お前は前から知っていたのか」
 激昂して、立ち上がりさまにユアンの襟首を掴む。ユアンは表情も変えずに、そのミトスの腕に揺さぶられるままになっていた。初夏のむっとした風が吹き込み、室内は汗ばむような暑さだったが、思い出せないほど長いときを共に過ごしたはずの者たちの間は今まで経験したこともないほど、冷え切ったものが流れた。
「ミトス、落ち着け。これは、クラトスが決めたことだ。もちろん、私も意見は言ったさ。だが、クラトスがこうと決めたら、簡単にはその意見を変えないことはお前も知っているだろう」
 冷静なユアンの表情が彼の心をさらに逆なでする。まるで、子供のようだと思いながらも、見捨てられたことへの衝撃、信じていた者のその心を分かっていなかったことの滑稽さ、さらには他の者には話していたことへの嫉妬がない交ぜになり、ふつふつと怒りがたぎる。
「お前は、お前だけがクラトスを知っているような口を聞くな」
「ミトス、ユアンを責めないで」
「姉さまは黙って。ユアン、どうして隠していたんだ。僕の気持ちなんて、どうでもいいんだな」
「違う。ミトス、違うんだ。クラトスはお前に剣を捧げた。精霊の王を封印しているのも彼だ。剣に誓ったことは永遠だ。だが、今、捧げた剣を必要とする時は去った。これからの世界では、剣は不要だ、あれば却って揉め事のたねになると言った。
 そんなことはない、クラトスにしかできないことが多くあると何度も説得した。だが、確かに彼は人間だ。ハーフエルフの命をも凌駕する人間を受け入れるだけの度量が今の世界にあるだろうか。そういうことだ。
 結果として、このような選択をしたことを許してほしい。あのとき石を手にしたことを後悔しているわけではないから、お前が気に病んでほしくないと言った。クラトスはお前が我々と今の世界の板ばさみになる姿を見たくないんだ」
「そんなことは起きない。そんなことはさせない」
 ミトスは呻くようにつぶやき、ユアンの襟首を締め付けていた両手から力が失われた。
「分かってやってくれ。クラトスの気持ちを……」
 ユアンがもう一度言い聞かせるようにミトスに言った。だが、ミトスは首を振るだけだった。
 いつもなら、彼の意見に、いっかな口をはさまない姉が彼の背に向って話しかける。
「ミトス。全ては彼の意志なのよ。私達と一緒にあることを選んでくれたと同じように。今、完全ではないけれど、私達の願いはかなった。クラトスが身を引くことを選んだのなら、それをわかってあげなくては。私達は仲間なのだから、仲間を、相手の気持ちを尊重しなくてはならないわ」
 姉の言葉を理解することができない。首を振りながら、力なくユアンの服の上を彼の手が滑り落ちると、ユアンが軽くミトスを抱きしめ、宥めるようにその背を撫でた。
「だけど、僕にはクラトスが必要だ。これからだって、……」
 泡立つ心をユアンのマナが冷やし、姉のマナが優しく包みこんでくれることを感じた。だが、窓の外を流れる初夏の風と同じく、ミトスの心の中も方向の定まらない頼りない感情が彷徨った。
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