GIFT - 与えられしもの -(旅路)

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プロローグ

 その年の春はゆっくりと始まり、もう来ないかと皆を気を揉ませるほど足踏みしていた。
 訪れない暖かさと陽射しを待つ農民達をあざ笑うように暦ではもう春も半ばとなって、雪が降った。この季節の雪は、真冬のわずかな風で舞い上がる軽い雪からは程遠く、わずかの陽光をかき集めて、少しだけ地より顔を覗かせた芽をいためつけ、ほんの小さな葉が出てきた枝をへし折った。重い雪は、田畑に留まらず、都市の丹精こめられた庭の木も、誰も踏みいることのない山奥の木々も倒した。
 追い討ちをかけるように、嵐と言ってよい強い風が吹き荒れ、倒された木々を、傾いだ家をさらに揺すった。もちろん、都市やその周辺の住民も天変地異とも思える気候の悪さに動揺していたが、山里の自然を生業にする人々には大きな打撃を与えた。
 さらに悪いことに、数日続いた雪が終わったかと思うと、南から湿った生暖かい風が吹き始め、その風と共に悪い病が運ばれてきた。
 それは、最初は弱った老人や幼い子供の命を奪うだけの流感のようだった。だが、人から人へと移る間に、徐々にその恐ろしさは露になり、健康な者達がその病に倒れるときには、もう町全体が死に多い尽くされている有様だった。町から逃げ出す人たちが、まだ犯されていない処女地へと菌を運び、気づかぬまに悪意を持ったかのような疫病はあらゆる地へと密かに、しかし、素早く進行を始めていた。


 そんな外のできごとが届かない静かな山間の寒村にミトスは逗留していた。だから、天候不順であることは気づいていたが、世界を飲み込むはずの恐ろしい悲劇までは耳にできなかった。
 しかし、これを予感とでもいうのだろうか。ミトスは一度は収まったはずの争いがまたぞろ起ころうとするかのような総毛立つ不安を感じ、幼い頃の面影を留めたままの優美な面を曇らせた。
「嫌な予感がするよ。あの季節はずれの雪以来、マナはすでにつきたとしか思えない。この星の鼓動を感じられない」
 ミトスの言葉に、その側に寄り添うようにしていた少女が不安そうに彼を見遣る。
「ミトスはどうして分かるの。私は分からない。ただ、寒いだけ」
 ハーフエルフらしく、年齢のわりには大人びた表情を湛えた少女は、今ミトスが滞在している鄙には似つかわしくない美貌を持っていた。
 色白な細面に煌めく青い目と真っ直ぐな鼻筋に、薔薇色の柔らかな唇、わずかに開いた唇からは、粒のそろった真珠のような歯が覗いている。
 彼女の顔の周りを、弱い陽に照らされて後光のように輝く、ウェーブのかかった金髪が揺れている。
「いいんだよ。お前は体が弱いからこれを感じ取れなくても、無理はないさ。気づく者はほんのわずかしかいない」
 彼の手の中にすっぽり納まる小さく柔らかな手を、ミトスは少しだけ力をこめて握り締めた。少女は彼の言葉に困惑した面持ちで首を傾げた。
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