フルムーン旅行:センチメンタル・ジャーニー

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トリエットの夜 −二人旅編(終)−

 クラトスは、不機嫌そうに寝転がったユアンからそそくさと体を離し、話題を変えようとする。
「そうだ。いい機会だから教えてくれ。ユアン、ずっと気になっていた。例の旅の最中、我々がここに泊まっただろう。あのとき、どうしてロイドの部屋を襲った」
「はぁ、突然なんのことだ」
「ユアン、ロイドを拉致した後も執拗に狙っていたのは、まあ、お前の目的が目的だから、いたしかたないがないことだ。だが、この私がいるのに、どうして夜にロイドの部屋を訪問したのだ」
「クラトス、貴様の息子の部屋なんか私は行ってない。何か勘違いしていないか」
「では、部下に命じたのか」
「いや、貴様が側にいるのに、そんな無謀なことはさせない。部下の命は惜しいからな」
「では、誰が……」
「フォシテスか他の五星刃の配下が探っていたのだろう。まったく、考え無しのロイドが、あいつらの手先が張っているというのに、のこのことこの町に入ってくるから、あちらの手に先に落ちてはと焦った」
「そういうことにしておいてやる。しかし、ユアン、ロイドを攫ったのはお前の手下ではないか。私があの基地に入ってお前の気配に気づかないわけがないだろう。確かにお前はロイドに会っていた。本当にお前がロイドを追いかけたのではないだろうな」
「何を気にしている。ロイドに聞けば分かるだろう」
「ロイドに変なことを言っただろう。聞いたからこそ、気になっている」
「クラトス、何か勘違いしているぞ。ロイドを盾にしようとしたことについては謝る。貴様を傷つけたことは反省している。だが、私がクラトス以外の者に、それこそ、ロイドであっても、目を向けたと思われるのは心外だな」
 そう言いながら、ユアンは逃げようとするクラトスの手を引き、再びクラトスの体の上に覆いかぶさる。ユアンの動作に慌てて、体の下でもがくクラトスににっこりと笑いかけ、半分肌蹴たローブの中へと手を差し込み、クラトスの体の上に這わす。
「クラトス、私がクラトスのことをどれくらい大切に思っているか、これからしっかりと教えてやる」
「ユアン、お前の気持ちは分かった。いや、ずっと分かっているつもりだ。今は許してくれ。とにかく、この宿ではこれ以上駄目だ」
 クラトスはうっかり自分から言い始めたことに後悔しながら、優しい愛撫から抜け出そうとする。愛しい者が図らずも曝け出したささいな嫉妬に、ユアンの理性は半分以上消え去っている。頭に血を上らせているハーフエルフにクラトスの抵抗は無駄な足掻きだ。
「私がクラトス以外の者のところへ忍んで行くわけがないだろう」
「その通りだ。気にした私がいけなかった。だが、ここの壁が薄い。あのときだって、部屋からの叫び声が廊下まで聞こえたのだ」
「貴様が声を立てなければいい。どうせ、客は少ないし、我々がここに来るのはこれが最後だ」
「そんな無茶を言うな」
「クラトス、朝だし手加減するから」
「そう言って、守った例がないだろう。絶対に駄目だ」
「黙れ。クラトス」
 二人はしばらくもつれ合い、やがて、ユアンの接吻は熱い吐息と共に迎え入れられる。クラトスの腕がユアンの背に廻され、互いの足は絡まりあう。滑り落ちるユアンの長い髪に喉元を擽られ、クラトスは声を立てまいとユアンの背にぎりりと爪を立てる。


 ほとんどの宿泊客はとっくに出て行ったのか、フロントは閑散としている。残っている客はこの地ではあまりお目にかかれない大柄な剣士とその連れらしい、人目を引く容姿のハーフエルフだけだ。剣士がノロノロと階段を下りてくる姿をそれは嬉しそうに連れが見上げている。
 宿屋の主人の意味ありげな薄笑いに、ぷいと横を向いた剣士の首筋にははっきりと赤い跡がつけられ、心なしかその足取りはふらついている。横で、早速腰に手を廻そうとして怒られている青い髪の恋人はひどく上機嫌だ。
「お客様、ずい分と遅いご出立で。ごゆっくりお過ごしいただけましたでしょうか」
「ああ、すっかりくつろがせてもらった。朝方の砂漠の景色が怖いくらい美しかった」
「それはようございました。是非、こちらにいらっしゃいましたときには、またご贔屓にお願いいします」
「もちろんだ。なあ、クラトス」
「機会があれば……」
 言葉少なくうなずく剣士の横で、青い髪の麗人が嬉しそうに主人に話しかける。
「私たちはフルムーン旅行とやらに出かけるところでな」
 客商売が相当長い主人も、二人の姿からは想像もつかないその言葉に一瞬返答に詰まる。
「ユアン……」
 横で剣士がぽっと頬を染める姿に、一瞬凍りついた主人がどうにかお愛想の笑みを浮かべた。
「そ、それはおめでとうございます。随分と長くご一緒されていられるのですね。あまりに仲がおよろしいので、ご新婚かと」
「いやあ、そう言われると照れるが、ずいぶんと付き合いは長いのだ。山あり、谷ありで、いろいろとあったよな」
 聞かれれば、あることどころか、ないことまで話しそうなユアンにクラトスが慌てて口封じのボディブロウを決める。
「ユアン、他の人に迷惑になるから、さっさと精算しろ」
「他の人って、私たちだけだぞ。クラトス」
「仲がよくて、うらやましい限りです。次におっしゃっていただければ、うちで一番よい部屋をご用意させていただきますよ。また、是非おいでください。ところで、今日はこれからどちらへ」
「確か、南にちょっと行ったところに遺跡があったよな。あそこを覗いていこうかと考えている」
「昨年、神子様がいらっしゃって、長年巣くっていた怪物を退治して下さったんですよ。お蔭様で、今ではちょっとした観光地になっております。中が迷路のようになっておりますので、よろしければ、ガイドをお連れになってはいかがですか。砂漠を横切らなければなりませんから、乗り物もご都合いたしますが」
「ガイドはいい。こいつを連れているからな」
「こちらの剣士様ですか」
「ああ、こう見えて、あの遺跡はちょいと詳しいんだよな」
「ユアン、またそういうことを……」
「そんなわけで、せっかくだが、ガイドも乗り物も不要だ。では世話になった」
「ご宿泊、ありがとうございました。どうぞ、お気をつけておでかけください」


 この地のいつでも変わらぬ強い日差しの下、市場の雑踏を二人は歩く。ユアンの髪に、金の髪留めがきらりと光る。クラトスは一歩後ろから満足そうにその姿を眺め、それから、胸元の贈り物を確かめるように軽く押さえた。とたんに、その動作に気づいたかのようにユアンが振り向き、声をかけてきた。
「神子が怪物を退治したか。お前達、結構有名人ではないか」
「ユアン、ふざけたことを言うな。本気であの神殿へ行きたいのか」
「ああ、別に観光に行きたいわけではないが」
「そうだろうな。再生システムの件か」
「システムの回収がきちんと進んでいるか知りたいのだ。デリス・カーラーンの制御装置を停止した今となってはすでに利用できないとは思うが、もう誰にも使いたくないし、誰にも使わせるつもりもない」
「ゆっくりしようと言ったくせに、お前もすぐに仕事を思いつくのだな」
「すまない、クラトス」
「いや、今は観光地だそうだからな。私は楽しませてもらおう。さあ、行くか」
 オアシスの奥、満々と溢れる水を湛えた水源を見ながら、砂漠へと歩を進める。占いの天幕を通り過ぎ、人影が途絶えれば、先は砂山のうねりが連綿と続く砂漠が広がっている。
 ふわりと軽く浮き上がった二人に焼き尽くすような陽射しが降り注ぐ。揺らぐ砂漠の空気に羽を震わせた二人は、照り輝く花崗岩の砂粒のような目を眩ます白光を放ち、たちどころに姿を消した。
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