フルムーン旅行:センチメンタル・ジャーニー

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トリエットの夜−二人旅編(四)−

 身を寄せ合ったまま、部屋へと戻った恋人達は寝台の背もたれに寄りかかるように腰を下ろした。しばし、無言のまま互いの体温を分け合い、触れ合わせた手もそのままに過ごす。ゆったりと身を預けているクラトスの首に、ユアンが指先でなぞるようにしながら、ふんわりと笑う。
「なあ、クラトス。昨日買ったネックレスを身につけてみてくれないか。せっかく買ったのだから、今の内に拝ませてくれ」
「お前が望むなら」
「いつでもこう聞き分けてくれるといいのだがな」
「殴るぞ」
 クラトスは首筋を擽る指を軽く払いのけると、いつのもの通り、ハーフエルフの恋人は大袈裟に痛がった。
「クラトス、私の繊細な指が折れたらどうしてくれる」
「生憎、そんな場面は見たことがないな」
 ふっと笑いを浮かべた剣士に、ユアンは肩をすくめ、くるりと振り向くと、寝台脇の小机に手を伸ばした。
「受け取ってくれ。クラトス」
 しなやかな小鹿の皮で作られた袋がユアンの手の平に載せられ、目の前に突き出された。クラトスは貴金属を包む柔らかな袋を取り上げると、絹の紐を解いた。そろそろと細く口の開かれた袋の底をつまみ、逆さに振る。クラトスの手の平へとひやりとする細い金鎖と曙の紅のように濃い赤の宝石を滑り落ちた。
「これはまた、私には不似合いな繊細な細工だな。無駄に高い買い物をして」
「たまにはいいだろう。それに、クラトスはこういう上品な物が似合うと思うぞ」
「お前の気のせいだろう。だが、ありがとう」
「なあ、つけて見せてくれ」
 ユアンはクラトスの手の平から鎖を持ち上げ、首へとぐるりと廻した。冷たい金属の感触に、クラトスが首をすくめた。ユアンはクラトスの肩を両手で掴んで、つくづくと恋人の様子を眺める。
「ああ、クラトス。思ったとおりだ。貴様の喉元に血の雫が落ちたようだ」
 そういうなり、ユアンは無防備にさらされているクラトスの首へ唇を触れ、ちらりと舌を這わせた。
「せっかく跡を残しても、いつでも消えてしまうものな。その代わりだ」
「ユアン、馬鹿なことを言うな。だが、大切にする」
 クラトスは恋人に触れられるままになりながら、小さな声で答えた。とたんに、肩へと置かれていたユアンの手はクラトスの頬を挟み、熱烈な口付けが与えられる。


 固く抱擁し合う二人へ、開かれた窓からその日一番の朝日が差し込んでくる。眩しそうに目を瞬かせ、クラトスがユアンの腕から逃げ出し、脇机に無造作に置かれたままの小さな包みを手に取った。
「ユアン、これを」
「何だ」
「貴様が選んでいる時間が長いから退屈しのぎに見ていたら、ちょっと気になる品があった」
「クラトスが選んでくれたのか」
「お返しにはならないだろうが、良かったら受け取ってくれ」
「開けていいか」
「もちろんだ」
 ユアンが簡単な包装を解くと、この地方特産の椰子の木で作られた焦げ茶色の木箱が出てきた。丁寧な造りの箱は、きれいに磨かれ、小さな蝶番にも、唐草紋様が彫られている。小さな突起を押すと、かちりと音を立てて蓋が開き、金の髪留めが具合よく収まっていた。
「クラトス、これは……」
「良かったら、たまには使ってくれ」
 ユアンが手に取ると、髪留めは朝日を浴びてきらりと輝く。砂漠地方独特の細かい唐草紋様が表面に彫られ、意匠を凝らした髪留めは、その縁に小さなラピスラズリの玉が埋め込まれ、波の紋様を象っていた。
「とてもきれいだ」
「なあ、ユアン、お前も使ってみてくれないか」
「ああ、もちろん」
 頷いて、髪をまとめようと体を起こしたユアンがおかしそうに笑った。
「何だ。何か気にいらないのか」
「いや、こんなに長く傍にいたのに、貴様と私が装身具を贈り合ったことはなかったと思って……」
「それはそうだ。我々は男だし、お前はともかく、私には装身具は不似合いだ」
「そんなことはないぞ。クラトス、そのペンダントは貴様のために誂えたようだ」
「からかうな、ユアン。だが、よい記念になった」
 恥ずかしそうに床の方に目線を落とし、それでも嬉しそうなクラトスの声色にユアンがはしゃいで言う。
「クラトス、そんな声で礼を言ってくれるな。もっと前から贈れば良かったと後悔するじゃないか。なあ、ひょっとして誘っているのか」
 ユアンはにっこりと笑いながら、再び、クラトスに圧し掛かろうとする。クラトスは上から真正面に覗きこむユアンを慌てて引き剥がした。
「ユアン、何をする。髪留めをつけて私に見せてくれ」
「どうせ、すぐにはずさなくてはならないから、貴様を抱いた後でゆっくり見せてやる」
「おい、ふざけるな」
「クラトス、本気だ。抱かせてくれ」
「馬鹿なことを言うな」
「だめか」
「駄目だ、ユアン。今日、この町からは出るだろう。もう他の泊まり客も起きる刻限だ。離せ」
 剣士は喉元に舌を這わせてるハーフエルフを押しやると、ユアンが大げさに息をつき、つまらなそうに寝台の上にひっくり返った。古めかしい装飾が施された真鍮の柱がぎしりと音をたて、麻布に同系色の刺繍が施された天蓋から垂れ下がる房がゆらりと震えた。
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