フルムーン旅行:センチメンタル・ジャーニー

PREV | NEXT | INDEX

トリエットの夜 −二人旅編−(二)

 パタンと扉の開く音に、転寝をしていたクラトスは目を覚ました。汗を流したユアンが濡れた髪を拭きながら、浴室から出てきたところだった。
「やれやれ、すっきりした。クラトス、目が覚めたか」
 ユアンは寝台に腰を下ろすと、横になっている恋人を見下ろした。クラトスは申し訳なさそうに目を瞬いた。
「ああ、どうにか。先に寝てしまって悪かったな」
「貴様にしては珍しいな。シャワーを浴びたとたんに寝てしまうのだものな。だが、気にするな。貴様の寝顔を見ながら、本を読むのは楽しい」
「私の寝顔。つまらないものを見るな……」
 ほんのりと顔を赤らめた剣士はぷいと横を向いた。
「なんだ。もうちょっと褒めないとだめか」
 するりと恋人の脇へと体を潜りこませ、ユアンが耳元で囁く。クラトスは返事もせずに、ユアンに背中を向けた。
「クラトス、何をすねているのだ。せっかく、いいものが安く手に入ったのに……」
「お前が変なことを言うから、あそこの市場にはもう顔を出せないではないか。商人達が大笑いしていたのに気づかないのか」
「私が何を言った。本当のことしか言ってないぞ」
「すでにそれが間違っているのだ。よいか、私のことをだな」
「美人を美人と言って何が悪い。クラトスはきれいだ。先ほど、寝顔を見ていたときにもつくづく見惚れた」
「ユアン!  」
 くるりと振り返って文句を言おうとする剣士の唇をユアンが軽く己の人指し指で塞ぐ。
「笑っている奴は見る目がない」
「……」
 ユアンがにっこりと笑えば、クラトスはすっかりあきらめたように天井を見上げた。
「もうよい。お前のその非常識ぶりは数千年の筋金入りだ。怒った私が馬鹿だった」
「貴様こそ、頑固な奴だな。店員だって肯定していたではないか」
「あれは客への気配りだ」
「まあよい。自覚するまで、いくらでも言ってやる」
 ユアンが恋人の肩へと伸ばした腕はクラトスの鉄拳にすげなく払われた。性懲りないハーフエルフはそんな恋人の仕草にもめげず、腕を伸ばせば、照れていた者もそのうちおとなしく体を寄せてきた。
「レネゲードの基地からは近かったが、この町までは足を伸ばすことはあまりなかった。ゆっくり歩いてみると、ずいぶんと賑やかだな」 
「そうだな、この町もすっかり大きくなったものだ」
「貴様が訪れたのはほんの一年前だろう。さして変わっていないだろう。クラトス」
「いや、遥か以前、四人でいたときのことだ。海を渡るのも、砂漠越えにも難儀しただろう。我々がイフリートとの契約をするために訪れたときのことだ。あのときは、今と違って、人も少なかったし、ひどく閉鎖的だったと思いだしてな」
「それはまたずいぶんと昔だな。数千年前のことだ。同じ名前、ほぼ同じ場所と言っても、あのときのオアシスとこの町がそのまま重なるものかどうかは、さだかではないぞ」
「ほとんど同じだろう。雰囲気も、人の生業も、……。違うといえば、通商路がしっかりして、道に迷わずたどりつけるようになったことかな。あのときは、最後の二日はほとんど水もなく、マーテルとミトスをかかえて、往生したな」
「確かに……。貴様がわずかな隊商の痕跡を見つけられなかったら、危なかったな」
「そういえば、あのときも、お前はオアシスのほとりの小さな店から見事に商品を格安で巻き上げていたな」
「クラトス、そんなことを覚えていたのか」
「水を手に入れるのも難しいはずなのに、食材から武器までこの地でずっと暮らしてきたような値切りぶりだった。今日、久々にお前の技を見せてもらったが、そういうところは変わらないな」
「お前達のためにがんばったのに、その言い草はなんだ」
「分かっているさ。あの頃はいつでも、お前が嫌な役を引き受けてくれていたな」
「そうか……。貴様のかいかぶりだ。だが、クラトスに労われると気分いいな」
 ぴたりと身を寄せていたユアンが腹ばいになり、枕を顎の下へと抱え込んだ。そのまま、ユアンが真っ直ぐとクラトスの目を覗き込みながら、笑顔を見せる。落とした照明の中でもくっきりと濃い藍の目の眩しさに耐えられず、クラトスはすっと顔を背けた。
「何だ、クラトス。そんな困った顔をして、どうした」
「困っているわけではない」
 そっけない恋人の返答にはお構いなく、ユアンがクラトスの肩の上に顎をのせる。クラトスは肩を擽るユアンの髪の感触に軽く息を吐き出した。
「だが、貴様にそんな表情で横を向かれると、気に障ることでもしでかしたかと不安になる。それこそ、四人で旅をしていたときにもよくそんな顔をされた。ずっと貴様に気遣いばかりさせていたからな」
「過ぎたことだ。それに気遣いしていたわけじゃない。ただ、……。お前に覗き込まれると、言ってはならないことが口から零れそうだった」
「クラトス……。そんなつもりではなかったのだが」
「気にするな。私が勝手にそう思っていただけだ」
「今なら、ああ、その、言ってはならないことなど、我々の間にはないだろう。だからこちらを向いてくれ」
「ユアン……」
「だって、クラトス。目が離せなくなるのだから、仕方ないだろう」
 振り向かないクラトスの肩に手をかけ、ユアンが囁くと、恋人は耳の付け根まで赤くした。そのまま身を乗り出し、ユアンはいつでも柄に似合わず照れた様を見せる恋人の顎に手をかけ、己の顔を向わせる。宙を彷徨う赤銅色の目の上に軽く唇を当てると、クラトスは擽ったそうに身を捩った。
「やめろ、ユアン。もう少し離れろ。今日は暑い」
「クラトス、もう少し己に正直になったらどうだ」
「ユアン、お前は正直すぎるぞ。だが、あの頃はそうもいかないことも多かった」
「まあ、いろいろとあったな。私の都合でクラトスを振り回していただろうな」
「それはお互い、納得ずくでのことだ。振り回されたと思ったことはない。大体、それどころじゃないことばかりだった」
「そうだな。こんな風にのんびり夜を過ごすこともなかった。だが、考えてみれば、貴様のおかげで窮地を逃れられたことも多かったじゃないか。世間の目はハーフエルフにきつかったからな。クラトスがいなければ、行き倒れになりかねなかった。もっとも、あれから数千年たった今も、偏見は少しましな程度かもしれないがな」
「よいのか、ユアン。レネゲードで共にいた者達もハーフエルフばかりだ。お前がもう少し面倒を見てやらねば、ウィルガイアの経験しかない者も多いだろう。この世界の風当たりはいまだ強いだろうに」
「クラトス、分かっているだろう。私と貴様は過去に属する者。それを言えば、貴様だって、ロイド達から手助けを望まれても否と答えたではないか。これから、この地で生きる者が自らの手で勝ち取らねばならないことだ。もちろん、助力は惜しまないが、前面に出るつもりはない。そういうことさ。それこそ、リフィルやゼロスのように今の世界の仕組みを身をもって味わった者の方が適任だ」
「ユアン……」
「クラトス、今更何を言いたい。どうしても私をこの地に置いていきたいのか。そんなに一人で旅立ちたいか」
「怒らないでくれ、ユアン。お前が良いのなら、決して……」
「なら、もうこの話を蒸し返すな。私は愛する者と離れるなんて愚かなことを二度するつもりはない」
 ユアンはそのままクラトスの体の上に身を滑らし、ひとしきり、恋人達は口付けを交わす。さらりと流れ落ちる恋人の髪の感触に、縋りいている背中のしっかりとした広さに、廻される腕の強さに、クラトスは求めて止まなかった者が傍らあることを再度確認する。
 砂漠を渡るひんやりとした夜風が細く開け放たれた窓から忍び込み、夜の市場のざわめきが遠くに聞こえる。夜も更けて顔を出した月が宿の後庭にある椰子の葉の影を窓へと映し、隙間から零れ入る月光は白い敷布に広がる青い髪を輝かせる。
PREV | NEXT | INDEX
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送