フルムーン旅行:センチメンタル・ジャーニー

PREV | NEXT | INDEX

トリエットの夜 −二人旅編−(一)

 砂漠に囲まれたオアシスの町は相変わらず暑い。すでにイフリートは新たな契約主の元に下り、以前ほどの影響はない。だが、気の遠くなるような長い時間の内に作り上げられた砂の海はそうそう簡単には以前の豊かな草原にはもどらない。今日もまた、容赦ない陽射しの下で強い風に砂が巻き上げられ、広場を、通りを吹き抜けていく。
 しかし、貴重な水を守るために外から訪問者には冷たかった町の人々も、世界の変化に影響されたのか、以前ほどはよそ者にけんもほろろの態度はとらない。オアシスの貴重な泉は強い日差しに青く輝き、周りで遊ぶ子供達はちょっとの砂嵐で家にこもることはない。


 オアシスの商人達はいかにも冷やかしに見える背の高い剣士とこの町には不似合いな長いマントを纏った連れにも賑やかに声をかける。
「そこのハンサムなお兄さん、その美人のお連れさんにこちらの腕輪なんかいかがですか」
「うちの織物で服を作ってさしあげてはいかがですか」
「おいしい水を奢ってあげるなら、うちの店が一番だよ」
 美人のお連れさんはきょろきよろと辺りを見回し、それから何か分かったようにうなずき、クラトスの方に振り返る。クラトスはけんもほろろに、声をかけてくる商人達にいらないと断っている。そんな恋人の態度にはお構いなく、ユアンが囁いた。
「なあ、クラトス。貴様のことを美人と褒めてくれているぞ。他人の目から見れば、貴様の魅力は私ほど見えてないかと思っていたが、見る目のある人達は違うな。私もいつもそう思っていたが、貴様の色気はかなりのものだ」
 ぴたりとクラトスの足が止まった。
 こいつは何を言っているのだ。いくらなんでも、お前と私を見比べて、それはないだろう。いや、自覚できていないお前の色香こそ、危険ではないのか。ユアン、地球を去る前にもう少し常識を身につけてくれ。
 うっかり、クラトスが口に出さずに考えているその数秒の間に、恋人を褒められたと勘違いした非常識な者はその店へと吸い込まれていく。
「ああ、こいつを褒めてくれてありがとう。昼日中で見るのも美しいが、夜のぼんやりした灯の下だと壮絶なものがある。よく分かったな。この色気が分かるなら、店の品もさぞかしセンスがよいだろう。だが、こいつは剣士なので腕輪を使う機会はあまりない。何せ、邪魔になるからな。できれば、ネックレスの方がよいな」
 しまった。驚きのあまり、ぼんやりしている間に、ますます馬鹿なことを言っている。どこをどう捻じ曲げたら、お前の横に私しかいないのに、そんな解釈ができるのだ。お兄さんと美人という選択肢とお前と私がいて、逆に線を引くのは、この世の中でユアン、お前だけだ。
「あの……。お客さん、こちらの剣士様にプレゼントをされたいとそういうことで……」
 少し遅れて、あたふたと入ってきた剣士の壮絶な目つきに、店員の口調が突然変わる。お客さんは後ろを振り向いて、嬉しそうに遅いぞなどとのんびり文句を言う。
「そうそう、こちらの美人さんへプレゼントだ」
「ユアン、もう一度、そのたわけた言葉を口にしたら、ただではすまさんぞ」
「クラトス、本当のことだ。私の大切なお前を美人と言って何が悪い」
 まあ、ユアンに大切と言われれば、悪い気はしない。しかし、常識というものがあるだろう。ほら、店員が目を白黒させている。
「その口を閉じていろ。ユアン、お前が口を開くとろくなことがない。それに、どう考えても、私とお前が並んでいれば、お前の方が美しいだろう」
「いや、クラトスの方だよな。そう思うだろう」
「お前の方が美しいに決まっている。そうだな」
 店員に向かって、遠慮なく極上の微笑を送るユアン。その横でその笑みを見た者へ射殺しそうな目線を放っている剣士を前に、店員はごくりとつばを飲み込む。
「あ……。あの……。お二人とも……。お美しいかと……」
「私のこともそう思ってくれるか。見る目のあるやつだな。これは、ますます何かを買わねば、申し訳ないな。なあ、クラトス」
 美しいなどとユアンに向かって何度も繰り返す店員は危険だと、剣士がじとっと睨む中、調子にのったユアンは品物を選び始める。
「クラトスのマントには赤い石が似合うよな」
「何でもよい。さっさと選べ」
 結局、勢いを得たユアンは他の店でも値切り倒し、足取りも軽く満足そうに鼻歌を歌っている。後ろで、疲れきったクラトスが足を引きずっている。
PREV | NEXT | INDEX
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送