フルムーン旅行:センチメンタル・ジャーニー

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トリエットの夜 −過去編−

 海を越えた向こうに古い神殿があるとの噂をユアンが耳にした。それが、最初の精霊との契約だった。大地は疲れ切っている。大樹も貴重な最後の一粒の種だけとなった。このまま、精霊の守護も得られなければ、貴重なマナはさらに無駄に消費されてしまうだろう。
 神殿でのイフリートとの契約を目指し、海をどうにか小さな小船で渡った。疲れきった一行の前に高い山が行く手を阻んでいた。大国同士の争いが拮抗した隙での移動だ。一度は手を結んだはずの国は海を挟んで睨み合っている。だから、海での生業を糧にしている漁師達はともかく、定期航路もなく、堂々と商船が行き交うわけでもない。
 大金を積んでの密航は、荒れる海の上、船底でのひどい船酔いに終始した。こっそりと上陸しても、相変わらずのひどいハーフエルフへの偏見に、弱ったマーテルを休ませる宿も見つからない。どうにか船酔いから立ち直ったユアンが、今に崩れそうな漁師の道具小屋を見つけ、借りる算段をした。
 四人は今にも消えそうなランプの下で身を寄せ合っている。ユアンの肩に体をもたせかけたマーテルはこの先に待ち受けている山越えに耐えられそうもなかった。クラトスは、これまたユアンがどこからか手に入れたぼろぼろの地図を食い入るように見た。
「クラトス、僕とユアンだけで行くよ」
 ミトスが剣をそこらに落ちているボロ布で磨きながら、声をかけた。
「姉さまを連れていくのは無理だ。だけど、ここのハーフエルフへの偏見も尋常じゃない。ユアンじゃ、生活に必要な物を手に入れるのも大変だけど、クラトスなら、しばらくはうまくいくはずだ」
「ミトス、あなたとユアンだけでは何かあったときに……」
 マーテルが少しだけ顔をあげ、文句を言おうとしたが、また、ユアンの肩へと凭れかかった。
「マーテル、無理をするな。確かにミトスの言うとおりだな。季節は冬に入ろうとしている。今すぐに動いて、契約を結ばなければ、あちらの大陸へはしばらく戻れなくなる。この地で半年過ごすのは危険だ。どうだ、クラトス。貴様がしばらくここに……」
「ユアン、ミトス、私は一人でも大丈夫。行くなら、三人で行ってちょうだいな。クラトスは癒しの術が使えるわ」
「だが、使えると言っても私の力では限りがある」
「そうだ。クラトスには悪いが、薬で補えるだろう。だから、マーテル、クラトスと共にいてくれ」
「姉さま、こんな場所に姉さま一人なんて、残しておけないよ」
「確かにミトスとユアンの言うことも一理あるな。だが、山越え以外にもルートがありそうだ。この鉱山のところを見ろ。出入り口があちらにもあるように見える」
「へえ、クラトス、よく気がついたね」
「しかし、どんな場所かさっぱりわからないな。明日、市場で情報を仕入れてくるか」
「そうだな。そう思うと、酒場に鉱山の労働者らしき者たちがたむろしていたな。私も一緒に出て話を聞いてこよう」


 古い鉱山は、山の下を奥深く鉱脈を求めて掘り進められている。ユアンが言葉巧みに鉱脈の調査を申し出れば、監督官は意外にあっさりと承諾の返事を寄越した。
「ミスリルが手に入らなくなって、久しい。鉱脈に沿って掘ると、途中で切れている場所があって、そこより先が判然としない。他に採れる物ときたら、鋼ばかりでぱっとしない。よい結果が出たら、そのときは礼をはずむから、是非調べてみてくれ」
 こうして、坑道を走るオンボロ車に揺られるながら、一週間はかかるかと思われた山越えは一日であちらに抜けられることとなった。坑道を出たところで、ユアンはしたり顔で、鉱山のいくつかの場所に印をした地図を相手に渡した。
「ここと思われるところは印をつけた。試しに下に向って十メートルほど堀り進んでみるのだな」
 

「ユアン、お前の知識にはいつも関心しているが、今回の件でもたいしたものだな」
 砂漠へと続く草原の端で野営をする。体力が回復せずすぐに寝てしまったマーテルとその横で同じく寝ているミトスの側に、クラトスが焚き火に目をやり、あるかないかの細い火をかきたてた。やや、離れた場所に立って、空の星を眺めていたユアンがくるりとこちらを向いた。
「クラトス、何を言ってるのだ。ミトスとマーテルには内緒だが、あれは適当だ。だから、帰りは山越えしないと詐欺師呼ばわりされるかもしれないな」
「ユアン、適当って」
「長い時間をかけてあれだけの距離を掘っているのだ。もう、取り尽くしたに決まっている。だから、鉱脈が途切れているが、不自然に曲がっている場所を適当に印をつけておいた。下に掘るのは時間がかかるからな。我々が順調に契約できれば、適当に印したとばれる前にここを離れられるだろう」
 涼しげにそう言い放ち、ユアンがこちらに向かって微笑んだ。クラトスはその笑みに目を泳がせ、口ごもった。
「ユアン、お前ときたら……」
「クラトス、きれいごとでは何も進まない。マーテルは調子が悪い。ミトスは契約を前に疲れさせることはできない。お前はこれから、オアシスで人間相手にがんばってもらわねばならない。だから、ここは私の出番というわけだ。貴様がそういうことを好まないのは分かっているが、まあ、目を瞑ってくれ」
 クラトスから目線を外したユアンはいつもより心無しか早口でそういうと、軽くその肩をたたいて、焚き火の前へとしゃがんだ。
 そうではない。私はお前を咎めるつもりで言いかけたのではない。本当はそれを一番好んでいないのが、お前だと分かっている。それを認めようとしていないのはお前だ。昔からそうだ。無理をしているときのお前の笑顔は美しい。だから、すぐ分かる。私は分かっている。だから、私の前では繕うなと言いたかった。
 しかし、そんなことは言えない。不器用な気づかせまいとするユアンの努力に合わせる。
「役立たずですまないな。お前にはいつも助けらている」
 クラトスのぎこちない言葉は爆ぜる焚き火の中に消え、二人はしばらく黙ったまま、前を向いていた。
 野営するには不適な平たい草原の上を、砂漠から冷えた夜風が吹いてきた。ユアンの髪がはらりと服の上を滑る音にクラトスは横を見た。いつからこちらを見ていたのだろう。ユアンがほの暗い中でも鮮やかの群青の目で彼を見つめていた。
 クラトスと目線が交わったとたん、ユアンは横を向き、声をかけてきた。
「さて、火の番を替わろう。砂漠越えはかなりのものになるはずだから、しっかり休んでくれ」
「ユアン、お前が先に休んだ方が……」
「マーテルのために煎じ薬を作っておきたい」
「そうか。では、先に私が休もう」
 クラトスは、マーテルとミトスが寄り添っている場所とは火を挟んで反対の場所にごろりと横になった。ユアンが火を掻き起こし、小鍋に湯を沸かすのが、炎の影に揺れて見えた。
 なぜ、こちらを見ていたのだろう。どれくらい見られていたのだろう。見つめられていると分かったとたん、自分はどんな表情を浮かべただろうか。漏らしてはならないものは全て奥に封印されているはずだ。何も気づかれてはいない。
 闇からユアンを盗み見る。炎に照らされる白い横顔は以前と変わらず整い、クラトスの心を引き付ける。しかし、さきほどとは違い、その目線が注がれる先は炎の向こう側だった。期待していたわけではなかったが、ちくりと何かが胸にささった。気づかれないように深く息を吐き、クラトスは火に背を向けるよう体を廻し、暗闇に溶ける先を凝視した。
 明日のために眠らなくてはならない。この胸苦しさもやがては消えるはず。いつものように己に言い聞かせる。浮かび上がったものは語られることなく、再び胸の奥底に沈められていく。数刻後に目がさめれば、触れようとしても近づけない蜃気楼は消えているはずだ。
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