フルムーン旅行:センチメンタルジャーニー

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旅立つ前に

 シュンと軽い音を立てて、この地にはありえない技術の粋を集めて作られた基地はその役目を終えた。もっとも、当初の役割はとうに終わっていたから、中心にあった動力を生み出す巨大なエンジンはとうに停止していた。そこで仮の生活を送っていた最後の二人が立ち退くこととなり、今日、わずかに残っていた電力供給のラインも切られた。
 目の前でいつもと同じように滑らかに閉じた扉を前に、かけがえのない恋人は軽く目を閉じてしばらく立っていたが、やがて、いとおしむように扉の表面に手を押し当てた。別れのときを邪魔しないようにと、数歩離れた場所にたって、クラトスはその姿を眺めていた。
 扉に押し当てられていた手がそれはゆっくりと下へと向かい、離れたか思うと、濃紺のマントの影に消えた。おそらく、こぶしを握り締めているのだろう。そんな気がした。だが、軽く髪を揺すって横を向いたユアンは、扉脇の制御板へとすたすたと向かうと、淡々とした様子で最後の操作を始めた。
「ユアン、今閉じなくてもよいのだぞ」
「なぜ。もうここは用済みだ」
「だが、いろいろとお前の思い出もあるだろう。たまには寄りたくなることもあるだろうから、最低限だけは開けておいてはどうだ」
「いや、ここにはもう来ない。今、別れを告げた。この基地は今の新しい世界には不要のもの。使われている技術もこの地に相応しいものではない。だから、これでお終いだ。クラトス、貴様の気遣いはありがたいが、いらないものを維持して、まだこの世界には貴重なマナを無駄に消費するほど、感傷にふけってはいない」
「悪かった。余計なお世話だったな」
「いや、クラトスの気遣いはいつでも嬉しい」
 相変わらず突然の愛情表現を好む恋人は、くるりとクラトスの方を振り向いたかと思うと、クラトスが動く前に抱きしめ、軽く口付けを仕掛けてきた。
「ユアン……」
 軽く抗議の声をあげたはずのクラトスは、その甘い口付けにさらに応えようとユアンの背に腕を廻した。ゼロスあたりが見れば、新婚でもあるまいし、何をやってんだかと肩を竦めるだろう。ロイドなら、父さんもようやく自分に正直になったなと喜ぶだろうし、ジーニアスやリーガルなら見て見ぬふりをして、そそくさと遠くへと離れるだろう。


「クラトス、デリス・カーラーンへ旅立つまで、さほど時間もないのだから、することはたくさんある。そろそろ私を離してくれ」
「いや、その……」
 恥ずかしそうに腕をほどく剣士の姿をユアンは満足気に眺めた。想い人へマナを分かち合ってからというもの、恋焦がれていた遥か昔よりも愛しく感じてしまうのは、何故だろう。命を互いに預けて過ごした遥か以前のときが蘇ったように、語らずとも分かり合える気がする。二人は目を合わせると、互いを認めるようににこりと笑った。
「クラトス、先日、ゼロスから教えてもらったのだが、我々のような仲の良いカップルが旅するのを、『フルムーン旅行』というのだそうだ。貴様にも何か考えがあるとは思う。だが、勝手を言うようだけど、一緒に、この星をもう一度だけぐるりと廻ってみたいのだ。どうだろう」
 真正面から仲の良いなどとユアンに言われると、照れてしまうではないか。昼日中での淡々とした恋人の口調も聞く者によっては天上の音楽だ。クラトスは上気した目線でユアンを見つめ、しかし、ゼロスという名前に気を取り直す。
「……。ゼロスから教えてもらったという言葉がひっかかるな。だが、お前の言うとおり、この星が統合されたことをこの目で確かめるのも良いかもしれないな」
 散々と手を焼かされたゼロスへのクラトスの信頼度は地の底をはっている。能天気な恋人はすぐに奴の言葉にだまされるが、私はそうはいかないぞ。だが、今回の提案は中々悪くはない。神子も反省をしたようだな。
「貴様が良いなら、早速出発だ。まずはどこへ出向くか」


 訪れた先の旅行代理店で『フルムーン旅行』の冊子を偶然手にとり、ゼロスの言葉の真相を知るのはもう少し先である。もちろん、お礼参りを忘れるクラトスではない。
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