拍手小話

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お花見:山桜

 がさりと背後で音がした。深い藪の向こうに何やら動く影が見える。クラトスは音を立てないように素早く振り向くと、剣へと手をかけた。混んだ下生えの藪は幾重にも重なっており、ざくざくと草をなぎ倒して近づいてくるものの正体はわからなかった。
 クラトスは側にある大木の幹の後ろへと回りこんだ。神子とその付添いはすでに半時は先に進んでいるはずだ。事前に調べたときに、このあたりに危険なモンスターがいるという記録はなかった。あのしっかり者の教師がついているから、神子に心配もなかろうとうかつに離れてしまった。手っ取り早くモンスターを倒して、追いかけなくてはならない。
 がさりと出てきた影が立ち止まった。
 すらりと音も無く剣をすらりと抜きながら、クラトスは幹に体を押し付けながら、背後を確認した。
「……っ」
 道には、予想外の者が立っていた。確かに手ごわいと言えば、最も危険なモンスターの一つではあるだろう。図鑑にだってのっている。しかし、今ここで現れ出る理由はなかったはずだ。
「おい……」
 声をかけたとたんに、相手も身構えた。ダブルセイバーを軽く持つ姿はいつもながら不似合いだった。この男はどうして見た目に合った細身の剣でも持たないのだろう。それだけでも相手に緊張を与えるだろう。こんなダブルセイバーを手にしていたら、振り回した瞬間によろめきそうにも見える。だが、実のところ、あのダブルセイバーの威力は強烈だ。油断した相手は一撃で倒せる。ひょっとして、それが狙いなのだろうか。いや、それは在り得ない。何事も真面目に向き合い、不器用に生きている青い髪の同志はそんな効果があるとは露とも思っていないに違いない。彼がそんなことを考えたと知ったら、さぞかし憤慨することだろう。
 クラトスは思い浮かべたことにうっすら笑いを浮かべて、剣先をゆっくりと下ろした。
「なんだ。クラトスか」
 ユアンも手にした武器を下げると、気まずそうに答えた。
「なぜ、お前がこのような場所にいる」
「花見に来た」
「そうか」
 理由を言うつもりはないことは分かったが、それはそれで、クラトスをいらつかせた。せめて、久しぶりに顔を合わせたのだから、多少は嬉しそうにしても良いだろうに、そういうところは馬鹿正直な男だった。クラトスはユアンへ一歩近づくと言わずもがなな問いを発した。
「ユアン、私と会うのは都合が悪かったか」
「いや、貴様こそ、そうであろう」
 クラトスはその問には答えず、ユアンを見つめた。沈黙を守る二人の間にはらりと白い花びらが落ちた。見上げる空は山桜の大木に遮られ、青い背景の大半が雪より白い花で埋め尽くされていた。しばし、二人は無言の内に桜の木を見た。
 さっと谷間を風が過ぎると、はらはらと花びらが散り落ちた。とたんに、優雅に手を差し伸べて花びらを受けながら、ユアンが独り言のように言った。
「ああ、もう春だったのだな」
「気づいていなかったのか」
 一瞬顔を強張らせ、軽く首を振ると、ユアンがクラトスに微笑みかけた。
「こちらに降りている貴様とは違って、ウィルガイアは季節なぞないからな」
「……」
「クラトス、護衛は辞めてもよいのだ。神子は所詮……」
 ユアンはふっつりと言葉を切った。
「所詮、なんだ。私が護衛をしない方がよいか」
 クラトスは語気を強めて、ユアンに尋ねた。ユアンはしばし逡巡した後、首を振った。
「いや……」
 ざあっと谷間を再び風が吹きぬけ、ユアンの表情を隠すかのように白い花びらが舞った。
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