拍手小話

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お花見:花見酒

「なあ、なあ。お花見ってみずほの村にすんげえ楽しいお祭りがあるんだってな。しいな、俺様、お花見に行きたい」
「あんた、何言ってんだい。今はお花見どころじゃないだろ。やらなきやいけないことが山積しているっていうのに」
 後頭部をしいなからどやされて、ゼロスはそのまま書類が積まれた机へとつっぷした。
「俺様、死んじゃうぜ」
 弱々しい口調でゼロスが訴える。
「ゼロス……」
 机の顔をつけたまま、ゼロスはにやりと笑った。なんだかんだ言って、しいなは心配性だ。
「わかったよ。じいちゃんに頼んで、どうにかしてやる。だから、仕事をがんばっておくれよ。あんたには悪いけどさ。ゼロスしか出来ないことが多いんだから」
「本当だな」
「女に二言はないよ」
 とたんに、がばりと起き上がったゼロスは、今までの働きはなんだったのかと思うような勢いで仕事を始めた。

「やっほー。しいなちゃん、やって来ましたよん」
 遠くから威勢よく手をふるゼロスの姿が見えた。
「ああ、こっちだよ。あんたの行いがいいからさ、花はちょうど見ごろだよ」
 準備にてんてこまいだったしいなも嬉しそうに手を振り返した。
「あれ、しいなさん、お祭りだっていうのに……」
 会場に近づいたゼロスが首を傾げた。それは見事な桜の木の間に赤い毛氈が引いてある。漆塗りのお重はいかにも由緒正しそうな蒔絵で飾られ、大吟醸の一升瓶がここかしこに並べられている。
「ああ、皆、あんたが来るのを待っていたんだよ」
「いや、あれ、これって祭りだよな」
 ゼロスが首を傾げている間にも、前頭領であり、しいなの祖父が近づいてきた。
「ゼロス殿、よく来られた。あんたがみずほの村にも、しいなにもいろいろと手を貸してくれていることに、我々も深く感謝しておる。しいなから伝統的なみずほの花祭りを楽しみたいと聞いて、久方ぶりに準備させてもらった。ごゆるりと楽しんでくだされ」
「じゃ、ゼロス。楽しんでおくれよ。村総出の準備だったからね、そりゃもう立派なもんだよ」
「あ……、ああ。ありがとうございます」
 ゼロスは肩を落として周囲を眺めた。こんなはずではなかった。なぜ、むくつけき野郎ばかりが赤い毛氈の上に並んでいるんだ。噂では、赤い毛氈の上には、お酒が入って少し着乱れたあんな人妻や、酔って無防備になったそんなお嬢様とかがいるはずだったのに。
「ゼロス、しっかりがんばるんだよ。うちの村は皆強いからね。あんたが倒れたら、そのときは私が面倒みてやるよ」
 しいなはそう言うなり、ゼロスの背中をどやして会場から去っていった。
「では、ゼロス殿もきたことだし、花見酒飲み大会を開催する」
 重々しい前頭領の言葉とともに、ゼロスの前にも大きな杯に並々と酒が注がれた。こうなったら、さっさと酔いつぶれて、しいなに介抱してもらうのが一番いい選択かもしれない。
 ゼロスは、はらりと散る花びらと一緒に注がれた酒を一気に煽った。
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