拍手小話
雨:虹
とうとつに雨は上がった。さきほどまで空を覆っていた黒雲は消え、見事な青空がまいもどった。大木の下で雨宿りをしていた男は立ち上がると、脇で子供を抱えていた妻へと手を差し伸べた。
「カエル」
素っ頓狂な声を出して、妻の手から転げ落ちるように息子が走り出した。
「ロイド、駄目よ」
ふんわりと優しい足取りで二人目も走り出した。クラトスは、まだ雫を散らしている艶やかな緑の笹を蹴散らして走る息子に目を細めた。山の斜面を覆いつくす丈短い笹原には、宝石のように濃い緑のアマガエルがぴょんと跳ねた。
「あら、本当にきれいなカエルさんね。でも、ロイド。カエルさんも雨宿りが終わっておうちに帰るところよ。邪魔しちゃかわいそう」
小さな手は捕まえていたカエルをそっと離した。
「カエルさんのおうちはどこ」
「さあ、どこでしょうね。きっと、この緑の中に隠れているのね」
「どこなのかなぁ」
小さな男の子はその場でしゃがむと、笹の隙間を覗き込む。
甘い緑の香を運ぶ風が斜面を吹き上げてくる。笹原全体がさわりと揺らされ、彼の大切な人のまわりをかけめぐる。幼子の薄茶色の髪が風にぱらりと立ち上がり、横に立っている愛しい彼女のサンドレスがふわりと靡いた。
どこまでも続く緑の園と青い空を背景に、二人のシルエットがくっきりと浮かぶ。その背後に待っていたかのように、虹が浮かび上がった。
彼がにっこりと微笑み、手を軽く振ると、二人は手を繋ぎながら、駆け寄ってきた。
「さて、私達も家に帰るとするか」