拍手小話

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ひまわり その三

 夏のひまわり畑を見下ろす丘に一人で立ち尽くす。空を見上げると、青い空に一つだけ雲がぽかりと浮かんでいた。くっきりと周りから浮かび上がり、何にも溶け込まない。ひまわり畑の中を屈託なく駆け回っていた幼い少女の姿が思い出された。その横で静かに佇んでいた緑色の髪の少年。圧倒されるほどの花の中でも際立つ存在。消えること無く、目に焼きついたままだった。
「ねえ、一人でぼうっとしてどうしたの」
 背後から少し落ち着いた声がする。
「おや、あなたこそ、ローズ夫人と積る話があるのではなかったのですか」
「うん、でも、ジェイドがなかなか戻って来ないんだもの。視察に来たわけでもないのに、何をしているのかなって思ったの」
 ジェイドはゆっくりと近づいてくる少女に背後の景色を指差した。
「空を見ていたんですよ。あまりにきれいだから」
「ふうん、ジェイドとは思えないこと言うんだね」
 脇に立った大事な女性はふふっと笑った。
「アニス、私のことを何だと思っているのですか。私だって、きれいなものは好きですよ。例えば、あなたとか。いつだって見飽きません。ほら、今日の空はとても格別に澄んだ色をしているではないですか」
「ますます、変。私にお世辞を言うなんて怪しい」
 そういいながらも、嬉しそうに彼女は彼の腕に相変わらず細い腕を絡ませた。
「ひまわり畑と青い空が好きなんですよ。さて、景色も堪能しましたし、帰りましょうか」
 ジェイドがしっかりと彼女の腕をとりなおすと、アニスが軽くその腕を引っ張って止めた。
「ねえ、ジェイド」
「なんですか、アニス」
「大好きだよ」
 小さな口から慎ましやかに差し出された言葉は彼女の吐息と共に風にのる。ひまわり畑の上をさわりと風が吹き抜け、小さな雲がゆっくりと彼方へ移動していくことに気づいた。
「ずっと前に、初めてジェイドと一緒に行動したときのことなんだけどね。ジェイドは覚えている」
「ええ、……あなたは導師守護役で、導師もご一緒でしたね」
 ジェイドはゆっくりと答えた。アニスは導師という言葉に懐かしそうに空を見上げた。
「あのときね、ひまわり畑の中をイオン様と一緒に散歩したことがあったの。ほら、私がイオン様を見失っちゃって、大慌てしたときのことだよ。ジェイドったら、ずいぶん意地悪なことを言ってくれたよね」
「おや、そんなことまで覚えているのですか。意地悪ではなくて、上官としての忠告だったのですがね」
「分かってるって。それはどうでもいいんだけど、そこにあるひまわり畑の奥でね。イオン様がとうとつに立ち止まった。イオン様たら急にね。私の預言(スコア)を読んだって言い出したの。何をって聞いたら、必ず幸せになるからねって。すごく真面目な顔して私の手を握った。あのときのイオン様はなんだか秘預言(クローズドスコア)を読んだときみたいに真剣だった。そのせいでかな。あの後から……ここに来るのがすごく怖くてね」
「そういえば、エンゲーブを訪れるのは久しぶりでしたね」
「そう、もしイオン様の言葉が違ってしまったらと思うと、恐ろしかった。でも、さっきジェイドの後ろ姿を見て大丈夫って思ったの。世界は変わったけど、預言(スコア)は間違っていなかったんだって、そんな気がした」
「あなたはその預言(スコア)を、いえ、イオン様の言葉を信じているのですね」
「答えは分かっているくせに。ねえ、ジェイド、変かしら」
「いいえ、あなたらしい。大切な人の言葉はいつまでも心に残るものですよ」
「ジェイドもそうなの」
「ええ、私もあなたと同じです」
 彼を見上げる大きな瞳の輝きは変わらないが、すっかり大人の落ち着きに包まれた彼女がにっこりと微笑みかける。彼は軽く背をかがめると、赤くふっくらとした唇に静かに口付けを与える。閉じようとする彼の目の端に、薄っすらと緑の影が過ぎったように思えた。


 腕を組んだ二人はゆらゆらと丈高く揺れるひまわりを背に、小さな丘を後にした。エンゲーブの村は今日も家畜の穏やかな鳴き声と子供達の歓声に包まれ、周りを囲むひまわり畑は低くなった日差しに色濃く見えた。
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