拍手小話

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ひまわり その一

 人の背丈よりも高く育ったひまわりが太陽に向かって一斉に花を咲かせている。地の果てまで続いているのではないかと勘違いするほど先まで、黄金色の花とそれを縁取る濃い緑の葉が続いている。その見事な様は、十年一日のように変わらぬ農村の夏の風物詩だ。
 ジェイドはひまわり畑を見降ろせる緩やかな丘陵の上からエンゲーブの村やその周囲を観察した。背後にある陸艦から降り立った客人は吸い込まれるようにひまわり畑へと足を向けた。油断なく辺りをうかがう彼の目は、ゆらゆらと不規則に動くひまわりの花を見逃さなかった。
 ひょいと黄色の海を区切る土手へと顔を出した少女が仕えている主を探している。丈高いひまわり畑の中に入ってしまうと、どこに向いていいのか分からなくなる。いったん足を踏み入れた者はおいそれと黄金の波から抜け出せない。少女はくるりと先の巻いたお下げ髪を振りながら、主の居場所を探そうと、背伸びしている。
 いつものように、ああ、めんどうばかり、と叫びながら、真剣な顔で走っていくのが可笑しい。口では大袈裟に愚痴を零しながら、あの少女はさりげなく主には気とつかっている。少し強行軍になれば、かならず手を添えたり、顔色が悪ければ、すかさず休憩を申し出たり、黙って考え事をしている主に冷たい水を差し出したりしている。日頃、下士官に仕えられている彼から見ても、少女の働きは甲斐甲斐しい。
 対する導師もやはり少女に気を遣っている。それは押し付けられる過保護な態度に、にっこりと笑いかける少年の笑顔だったり、失敗したとしょげる少女にそっと差し出される柔らかそうな手だったりする。少女が側を離れたとたんに、気難しげに手元の書類を眺めたり、思わしくない表情で考えこんでいるところを何度か見かけた。そして、そんな導師の姿を見るともなく目に入れた彼に、共犯者のようなかすかな笑みを少年は送ってくる。その度に、ジェイドは何とも形容しがたい、もどかしい気分を感じた。


 エンゲーブの村で落ち合う約束していた。ローズ夫人の館に入ると、約束の人影はなかった。今日も傅く少女を後ろに従えて、村の中を好き勝手に歩いているのだろう。出された紅茶を手に、ジェイドは午後の予定を考えながら、二人連れが戻るのを待った。だが、騒々しく現れたのは、予想もしない二人組だった。
 どうみてもマルクトの民間人とは思えない身なりの良い赤毛の少年と明らかにダアトの軍属と思われる少女に出会い、ジェイドはたちどころに緊張した。村人に突き出された少年の驚きや怒りは、長年諜報活動を指揮している彼の目には演技には見えなかった。それどころか、世間知らずとも思えるような発言を繰り返していた。背後ではらはらしながら少年をうまく誘導していた少女はさすがに大した落ち着きぶりだった。どうやってこの二人の正体をあばこうかと考えていると、突然導師が姿を現した。
 ジェイドはその無防備な登場に舌打ちしかかり、どうにか自分を抑えた。側についているアニスはどこにいったのだろう。身も知らぬ外部の人間に導師の姿を見られたのは、作戦上、大失策だ。隠密裏に行動するようにとあれほど口をすっばくして告げたのにと、喉まででかかった。
 結局、エンゲーブの食料倉庫を荒らすものの正体についての話となり、怪しい二人組は自分達が疑われたことを気にするあまり、導師がなぜここにいるのか、疑問は持っていないようだった。導師と長居させないように、さりげなく、ジェイドは会話を誘導した。思い通りに二人を宿屋へと追い出した後、入れ違いのように、アニスが飛び込んできた。
「イオン様、ここにいらしたんですか。探しましたよぅ」
「ああ、アニス。申し訳ありませんでした。ひまわり畑の中で迷ってしまいまして、抜け出たら、食料倉庫が荒らされたと聞いたものですから」
「アニース、イオン様の側を決して離れないようにと伝えておきましたよね」
 彼の表情を認めたとたん、アニスはしゅんと肩を落とし、萎れた表情を浮かべた。
「大佐、ごめんなさい」
「ジェイド大佐、アニスのことを怒らないでください。迷って、アニスを置き去りにしたのは私なのですから」
「ううん、イオン様を見失っちゃったのは私だから、イオン様、そんなこと言わないで。導師守護役たるもの、大佐の言うとおり、お側を離れちゃいけなかったんだもの」
 子供たちが互いに手を取り合って謝っている姿を前に、ジェイドは口を閉じた。年齢も大きさも全く違う彼がまるで理不尽に怒っているような気がしてきた。
「二人とも、今後は注意してください」
 一言伝えると、仲良く子供たちは彼の方に向きなおり、ぺこりと頭を下げた。無用なところまで同期していると、微笑ましいその姿に苦笑いを浮かべ、ジェイドはローズ夫人の家を後にした。
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