拍手小話

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夏:線香花火

 パチパチと小さな小さな花火はごく淡い炎の筋をいくつか流すと、じわじわと赤い芯がしぼみ始め、やがて暗赤色になり、ぽたりと地面へ落ちた。とたんに周囲は真っ暗になった。今まで花火を見つめていたせいか、目の中に濃い赤の残像が残った。
 夏の終わりを告げるように、ひんやりとした夜風がアニスの周囲を抜けていった。どこか、向こうの草叢でひとしきり虫の声がする。隣で彼女の手元を一緒に眺めていた男が静かに立ち上がる気配がした。とたんに、虫達は鳴くのを止め、後は男の軍靴がきしるような音を立てた。アニスはあっけなく終わった線香花火が名残惜しく、暗闇の中にじっとしていた。
「アニス」
 上から男の声が降ってきた。
「さあ、他の仲間も引き上げたようです。帰りますよ」
「え……」
 やけに静かだと思えば、さきほどまではしゃいでいたルーク達の声がしない。ルークは大きな八連発花火を手に持って、走り回っていたくせに、どうやらこんな小さな花火に興味はないらしい。全く情緒のない王族だ。ガイは音機関と連動した精密なロケット花火の動きをじっと観察していた。ティアといえば、ミュウと一緒に手持ち花火をぐるりと振り回していたが、いつの間にか飽きてしまったのだろう。ナタリアはバチカルの港で開催される花火大会の素晴らしさに熱弁を奮っていた。
「皆、この線香花火の良さが分かんないかな。派手なところに住んでいると、ささやかな美しさってものに目がいかないんだよね。まったく」
 アニスはどっこいしょと立ち上がりながら、愚痴った。
「そうですね。あなたが小さな花火を捧げ持つ姿はなかなかでしたよ」
 横に立つ男が全く見当違いのことを言った。
「はあ、大佐。何寝ぼけているんですか。せっかく余韻に浸っていたのに」
 アニスは慌てて周囲を見渡した。確かに真っ暗闇の中、大佐の気配しかない。
「それはすみません。かわいらしいアニスの姿を独り占めできて光栄でした。でも、あまり遅くなると、皆が心配しますからね。さあ、行きますよ」
 男は暗闇の中でも正確にアニスの手を取り、夜道を歩き始めた。アニスは暗闇で良かったとほっとした。これなら、男のいつものふざけた言葉に赤面しないですむ。どうせ、本気でもないくせに、口先だけでアニスを持ち上げては、彼女が心ならずも動揺する姿を楽しんでいるのだ。
 せっかくの線香花火の余韻がだいなしだ。アニスが握られている手をふりほどこうとすると、その手ごと男の懐へと引き込まれた。
「ねえ、アニス。あなたこそ、無粋なことをしないでください。私こそ余韻を楽しんでいるのに、台無しですよ」
 そう言いながら、男は身をかがめると、アニスの顔を真正面から覗き込んだ。
 驚いたアニスが男の顔を見上げると、さきほどの線香花火の残像のように透明で赤い瞳があった。それは線香花火と似ているようで、全く異なっている。刹那の美しさにはない深く強い力にアニスは負けて、静かに目を閉じた。これから与えられる、優しく穏やかな無言の誓いのために。
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