拍手小話

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桜並木(その七:最終話)

「という訳で、件の女性と会うことになったのです」
 ジェイドが長い説明を終えた。見事な桜吹雪に似つかわしいお目出度い出来事に、彼の膝の上に乗せられていたアニスは、おめでとうと祝いの言葉を述べた。
「ネフリーさんと皇帝陛下の結婚が決まってよかったねぇ。お目出度いこと続きだね」
「ちっとも目出度くありませんよ。私のネフリーがどうしてピオニーと結婚しなくてはならないのです。まっとうな男は他にもたくさんいるのに」
 不満そうに愚痴るジェイドにアニスが首を横に振る。
「そんなことないでしょ。皇帝陛下を超えるのって大佐ぐらいじゃない。でも、実の兄じゃあネフリーさんも結婚できないでしょ。それにしても、説得、御苦労さん」
 納得したとは言いがたい顔をしている大佐をアニスは労った。
「兄というのはなんて損な役回りか。陛下にとっては自業自得ですが、ネフリーを傷つけるわけにはいきませんからね。心底疲れました」
 軍人はまったく己には似つかわしくない甘えた仕草でアニスの頭に頬を寄せた。男の長い金髪がアニスの肩にさらりと落ちる。
「大佐、親友と妹のために頑張って、偉いよ」
 アニスは自分の体に巻きついている腕をぽんぽんと軽く撫でた。
「それで、その女の人の説得の結果がさっきの騒ぎなんだね」
「ええ、話を聞いて私の部下が調べれば、家が傾きかけていることも、ろくでもない男に、と言っても陛下ではありませんよ。やくざな男に食いものにされていることも分かりました。ここまでで一時間です」
「うわぁ、なんでもすぐに調べ上げ。さすがだね、大佐」
「まあ、私の配下は優秀ですからね」
 恋人の褒め言葉にジェイドも上機嫌で答えた。
「で、なんで打たれちゃったの」
 アニスは体勢をかえると、男の顎から腫れた頬へと優しく手を這わせた。
「相手にもプライドがありましてね。陛下から手切れ金が欲しいだけで、確約の言葉が欲しいわけではない。だが、素直にそうは言えない。かと言って、こちらも陛下との間に関係がないのに、内分にと手切れ金を渡して黙らすのは釈然としません。本来、二人だけの問題だから、言った、言わないは藪の中です。だから、正直に申し上げたんですよ。陛下はあなたを覚えてはいらっしゃらない。だけど、陛下のお手つきなら興味のある男はたくさんいる。彼らから必要なだけお金を手に入れればいい。今後紹介してあげるから、まずは、この私の愛人になればどうですか、と。お払い下げになるのはそんなに嫌ですかねぇ。悪いようにはしない、と口説いたら、いきなりですよ」
「なんだ、大佐。やっぱり口説いたんじゃない。大佐こそ、お仕置き必要なんじゃない」
「そうでも言わないと、あの女、自分が利用されているとはとことん認めたくないようでしたからね。今ごろ、陛下の無礼な臣下に手ごめにされそうになったと、恋人と思いこんでいる詐欺師に泣きついていることでしょう」
「本当に陛下ったら何もしなかったの。ジェイドの親友だから、怪しい」
 大きな目をきりりと光らせ、アニスが上目づかいに嫌味を言う。
「おや、私を信用していないのですか」
「大佐ったら、私が見ていないときなにしているかわかんないもの」
「言い寄られた女に打たれているだけですよ。痛みますから、もう少し優しく」
「もう、すぐごまかすんだから。で、陛下は……、大佐に見張られているから、そんなこと出来ないか」
「私がいうのも何ですが、陛下はそのあたりお上手ですからね。君子危うきに近寄らずですよ。だいたい、あの娘と陛下が出会った日は何もなかったと、残念ながら私も断言できるのです」
「なんでぇ」
「実は名前を聞いてすぐに思い出したんですよ。陛下がこれ以上意味のない出会いはお断りだ、と大臣達にはっきりおっしゃいましてね。そのまま、部屋の閉じこもってしまったのです。結局、陛下をなだめるために、私が駆り出されました。ですから、その日は一晩陛下とご一緒させていただいたのは私ですから」
「うわぁ、ひょっとして大佐と陛下が一緒に過ごしたの」
 少女の黄色い声に大佐が顔を顰めた。
「アニス、そのきらきらした目で嬉しそうに私を見るのは止めてください。陛下と私が何をしたと思っているのです。残念ですけど、あなたの想像はありえませんよ。私より年上のあんなガタイのいい男、頼まれたってお断りです。陛下とひと晩飲み明かしただけです。ネフリーをあきらめられないから、国を捨てるなどと戯言を言うので、少々お灸をすえてやりました。思い切り踏みつけてやったら、多少反省してました」
 淡々とひどいことを語る大佐にアニスが両手を合わせて呟いた。
「……、陛下を足下にする大佐も素敵……」
「やれやれ。ピオニーもそうですが、あなたにもお灸が必要ですね」
 にんまりと唇の端を持ち上げ、ジェイドは膝から逃げ出そうとするアニスをしっかりと抱え込んだ。有無を言わせず、赤く艶やかな唇を奪う。くすくすと笑い声を漏らしていたアニスも男の勢いにぐったりと体を預ける。
 互いの熱を交換するように唇を触れ合わせる二人の上に、桜の花びらがはらはらと降りかかる。
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