拍手小話

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王様ゲーム

 ケテルブルクの高級ホテルのスイートルームは、外の寒さとは全く無縁の熱気に半分覆われ、残り半分は外の寒さもおよびもつかない極地の冷気に包まれていた。20世紀初頭の南極探検隊がブリザードに出くわしたように青ざめているのはダアトからやってきた若者達だった。
「それでは、俺が『王様』だ」
 白いくじを引いた皇帝が嬉しそうに声をあげた。
「なんだよ。俺が『王様』っていうのは納得いかなって表情だな。ジェイド」
「これはルールですからね。ピオニー、別にそれが納得いかないわけではありません。ただ、あなたが何回も『王様』を引く理由を考えていたわけです」
「ジェイド、理由なんてありませんよ。ピオニーは昔っから悪運だけは強いのですから、考えても分かるわけないですよ。ジェイドも相変わらずですね。はははは」
 怪しげな笑い声を立てるプラチナブロンドの男は、両側の中年男二人からどやされた。
「サフィール、俺が悪運が強いなら、お前はなんだよ」
 『王様』のくじをディストの目の前に突き出して、マルクト第九代皇帝陛下が笑いながら尋ねた。
「ディスト、ことはすべからく理由があるもんです。あなたもたいがい頭が悪いですね」
 スイートルームとは全く場違いな青い軍服を着た男がむっと答えた。
「ジェイド、ディストと呼ぶなと何度言ったらわかるんです。あなたこそ、昔っから頑固で融通が利かないですよね」
「下僕が何を言うんです」
「おいおい、お前達、喧嘩は止めろ」
「はい、今のが命令ですね。『奴隷』の私めが、いたしかたないので我慢してやりましょう。ちょうど、喉も乾いていましたし」
 ジェイドがぽんとくじを放り投げると、目の前のグラスの酒を飲み干した。もちろん、この程度の罰ゲームは雪国の幼馴染達にとっては、罰どころかご褒美のようなものだ。陛下からはボトル一本が提案されたが、お金がかかるということで、アニスから即座に却下された。
「おい、俺はまだ命令していないぞ」
 子供のようにだだをこねるピオニー陛下は無視され、ジェイドがさっさと次のくじの準備をしている。
「さあ、行きますよ。王様、だーれだ」
 大佐の声に一斉にくじが差し出された。
「奴隷のくじを引いたのは誰ですか」
 浮き浮きとした声に、空クジを見せながら、ディストがけたけたと笑った。
「ジェイドが『王様』のときに運の悪い人ですね」
「それって、俺かよ」
「まあ、ピオニー陛下、がんばってくださいね」
「ネフリー、俺を助けてくれ」
 ピオニーがネフリーに泣きついた。とたんに、『王様』は不機嫌そうに命令をした。
「そこの『奴隷』、ネフリーから二メートル離れなさい」
「何を偉そうに言ってるんだよ。お前が俺に命令するのか」
「当たり前ですよ。これが、このゲームのルールです」
「お前、普段だって俺の言うこと聞かないくせに、こういうときも偉そうに命令するってか」
「あなたこそ、皇帝として、まともに働かないじゃないですか」
「『皇帝』の言うことも聞かない奴に命令されたくないな」
「ゲームのルールも守れない人が皇帝だなんて、情けないかぎりです」
 いい年した大人達が再び言い争い始めた。


 横目でそれを眺めるアニスに、友人達がささやいた。
「ねえ、アニス。皆で盛り上がろうって集まったお友達カップルが、どうして皇帝陛下とその恋人、ディストとアリエッタなの。アリエッタはいいわよ。お友達だから、でも、ディストはあれだし……」
 非難の声にアニスも反論できなかった。せめてもと恨めしそうにアリエッタに訴えた。
「うう、アリエッタ、ディストと付き合っているから、こんなことになっちゃったんだよ。ディストが自慢するから、ジェイドが意地張って、一緒にパーティするって言うんだもの」
「アニスこそ、趣味悪いよ。ジェイド大佐、ディストに意地悪だもん。アリエッタ、止めてって言ったもん」
「なあ、お開きにしないか。俺、だんだん、肩凝ってきたよ」
「ごめんね。ピオニー陛下も幼馴染だから断れなくてさぁ……」


 ダアト組が顔をつきあわせて、こそこそと話している姿に、目ざとく気づいたプラチナブロンドの男が文句を言い始めた。
「ピオニーもジェイドもいい加減にしてくださいよ。アリエッタちゃんが呆れてますよ」
「サフィールに言われたくないな」
「ディスト、下僕のクセに黙りなさい。とにかく、ピオニー、あなたは私の言うことを聞かなくてはならないんですよ」
「おい、ネフリー。お前の兄貴、どうにかしてくれよ」
「お兄さんに逆らわない方がいいんじゃないかしら。目が真剣よ」
「そうですよ、ピオニー。例の戦いのときに、私がジェイドにどんな目に合わされたと思っているんです」
「下僕には、当然の報いだと思いますがね。まだ、分からないのですか」
「キィー、ジェイド。あなたこそ、いつでも思いやりのないことばかりしていると、その内ひどい目にあいますよ」
「おやぁ、今すぐに痛い目にあいたいんですか。ディスト」
「はあ、お前達はいつでも仲がいいよな。ネフリー」
「ピオニー、ネフリーに触らないでください」


 ダアト組は言い争っている雪国幼馴染四人組をじっと観察する。いい年した大人達が、しかも世界を左右するような出来事を治める立場にあるはずの重要人物が、ささいなゲームのルールも守れずに、口喧嘩している。一人、一人離れていれば、さほど問題を感じないが、こうして集まった三人を見れば、世界の平和とマルクト帝国の行方に暗雲が漂っている。
 アニスの友人が真剣な表情でアニスに語りかけた。
「アニス、あなたが昔から玉の輿を目指していたのは知っているけれど、悪いこと言わないから、お付き合い、よく考えた方がいいんじゃない」
「エリー、ありがとう」
 アニスも心底彼女を心配してくれる友人に感謝の眼差しを送った。
「確かに、もう少し考えてみることにするよ」
「アリエッタも、ディストにはお世話になったけど、少し考えようかなぁ」
 言い争っている中年男達が聞いたら、卒倒するようなことを言い、アニスとアリエッタが手を取り合った。
「とにかく、ここの掛かりは全部陛下持ちだから、もう少し、楽しもうよ。ジェイド達のことは放っておいて、もう一曲、歌おうよ。ジェイドときたら、ナツメロしか知らないんだもの。ちっとも、面白くないから、こういうときに新曲、歌わないとね」
「アニスもそうなんだ。ディストも全然……」
「これこれ、これは新譜だよ」
 若者達はカラオケのスタンバイ・ボタンを押した。通称、ハッピー・バレンタインデー・パーティの夜はこうして更けてゆく。
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