拍手小話

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桜並木(その五)

 いい加減、ピオニー陛下のだんまりにも飽きた。不自然な沈黙を破ろうと、ジェイドは姿勢をただし、咳払いをした。
「陛下、何を言っても怒りませんから、どうぞ、この愚臣めにお話下さい」
 ジェイドは猫なで声で促した。
「お前、キモイ。いや、絶対に怒る。怒らないって約束しても怒る」
 明るい金髪が円卓の上に広がり、ピオニーは再びうめき声をあげた。ジェイドははぁと首を傾げた。さて、人事案件の書類ができる時間だ。これ以上、長居は無用だ。ジェイドは立ちあがった。
「陛下、それでは時間が」
「ま、待て、ジェイド」
 のろのろと起き上がるとピオニーはジェイドを再び呼び止めた。
「えっと、その、いや、あれだ。ジェイド、お前、アニスちゃんから子供ができたっていきなり言われたらどうする」
 ピオニーが最後まで言い切る前に、ジェイドがにっこり笑うとピオニーの手を握った。
「アニスがそう言ったのですか。いやぁ、ありがとうございます。それは素晴らしい知らせです。しかし、なんで私に最初に言わないのでしょうね。まあ、アニスはすぐに照れますからね。ということは、順番が逆になりましたが、すぐにダアトに行かなくてはならないですね。しまった。そんな大事な時期に、グランコクマに呼び出すなんて。今日の会見は中止です。すぐに屋敷で安静にさせなくては。その前にアニスを探さなくては」
 いきなり部屋を飛び出そうとするジェイドをピオニーは慌てて呼び止めた。
「落ち付け、ジェイド。例えばの話だ。お前に身に覚えもないのに、アニスに子供ができたらという話だ。というか、お前、身に覚えが大ありのようだな」
 寵臣の反応に、はたと親友の恋の行方に気づき、ピオニーはますます脱力した。だが、ジェイドはピオニーの呆れたような目線をものともせず、椅子に座りなおした。
「陛下、ぬか喜びさせないでくださいよ。身に覚えがないのに、アニスに子供ができたらっていうことですか。そんなこと、絶対にありえませんが、とりあえず、相手をひっ捕らえて」
 一端、言葉を切ると、死霊使い(ネクロマンサー)の呼び名に相応しく、赤い瞳がぎらりと光った。
「そいつには、アニスに手を出すぐらいなら、死んだ方がましだ、と心底思い知らせてやります。もうこの世では味わえないほどの経験をさせてやります」
 すでに想像の中で架空の男を拷問しているのだろうか。ジェイドの目にただならぬ妖気が漂う。誰でも怖気振るような第三師団師団長の凄惨な笑みだが、ピオニーには何の影響も与えなかった。
「ふう、お前はそうだろうな」
 物憂げにピオニーは窓の外へと目をやった。淡い桜の花がバルコニーの先に揺れていた。
「分かりました。つまり、あなたに子供ができたということですか。あなたもやるじゃないですか。ようやく跡継ぎができたのですから、これでこの国も安泰」
 ジェイドがピオニーの醸し出す落ち込んだ雰囲気などものともせずに、陽気に肩をたたいた。
「安泰の訳がないだろう。俺は身に覚えがない。俺はネフリーと将来を誓い合っているんだから、そんなヘマをするわけがない」
 断固とした態度でピオニーが言い放った。ジェイドの凄惨な笑みはたちどころに激しい怒りに取って代わった。
「なんで、そこでネフリーの名前が出てくるんです。三十年前の誓いなんて、とっくに風化しているじゃないですか。寝言もいい加減にしてください」
 語気も荒く、ジェイドがピオニーの想いを全否定する。
「ふん、お前の妨害なんか、俺だってお見通しだ。先月、俺からネフリーに送ったぬいぐるみをグランコクマ港に投げ捨てたのはお前だろう」
 形良い片眉をつりあげ、ジェイドが吐き捨てた。
「いい歳こいて、ぬいぐるみを惚れた相手に贈るなんて、我が君と仰ぐ方にしていただきたくありません。その前にネフリーには何も贈っていただかなくて結構です」
「じゃあ、お伺いしますが、ジェイド、お前はアニスちゃんに何を贈っているんだ。さぞかし趣味のいいものなんだろうな」
「陛下、ネフリー以外の愛人がいらっしゃるのなら、ビクトリア・シークレットの特別秘蔵カタログ、貸して差し上げましょうか」
「お前なぁ、アニスちゃん、今いくつだよ。お前だって、この国の高官なんだぞ」
「愛の前に、身分も年齢も何一つ関係ありませんよ」
 胸を張る軍人に、ピオニーはがっくりと肩を落とした。こいつに相談しても、らちが明かない。怒鳴られること覚悟で、ゼーゼマンに教えを乞うか。
「で、その子供をどうしたいのですか。あなたの子供かどうか、きっちりと調べればいいのですか」
 とうとつに話題を変えると、ジェイドが再度確認した。ピオニーは憤然と答えた。
「俺は覚えがないって言ってるだろう」
「では、引導を渡せばよいのですね」
「いや、ことはそう簡単には」
「何が問題なのです」
「覚えがないのは、覚えがないんだが。で、ことの起こりは三か月前の建国記念日。ちょっと酒を飲みすぎちゃってさぁ」
「ネフリーと誓い合っていたんじゃないんですか」
「そう、それで……」
 数秒黙っていたピオニーは椅子から立ち上がったかと思うと、ジェイドの前に土下座した。
「お兄様、まことに申し訳ありませんでした。しかし、愛の前には身分も年齢も一切関係ないとおっしゃっていただきましたので、ここは広い心でお聞きください。ネフリーに子供ができました。結婚のご許可をお願いいたします」
 しんと部屋が静まり返った。ピオニーの目に、前にあるジェイドの軍靴がぴくりと動いた。
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