拍手小話

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逆恨み

 ピオニーは至って拘りのない男だった。彼の周囲は、彼の血に、彼の国に拘る者ばかりだった。幼い頃から、くどくどと説教をする教育係といい、たまに顔を合わせても帝国の先を憂う父親といい、彼個人が何を考えているか、彼が真に欲することを問いただす者はいなかった。捨て置かれて育ったようなものだ。そのせいだろうか。雪のあの街で、彼自身に直接語りかけてくれるものが現れたとき、ピオニーは子供心に深い感動を覚えたものだった。

 だから、唯一拘りのあった者を遠ざけられたとき、自分でも驚くほどの怒りを覚えた。もちろん、その怒りを露わに人に見せることはなかった。だが、一度燃え上がった怒りは彼の心の奥底でずっと眠っていた。

 目の前で、幼馴染がひどく衝撃を受けている。何も感じないかと思っていたら、何も表面に出さないのかと思っていたら、とんでもない間違いだった。譜術のためなら目の前で血を流す恩師も冷静に見つめていたのに、衝撃を受けているピオニーに向かって冷徹に皇帝の務めを語っていたのに。そんな男が、真っ青な顔色で彼の前に悄然と座っている。もちろん、本人は他の者には気取られていないつもりだ。確かに、長年共に過ごしてきた彼でなければ、分からない。

 親友なら慰めてやるのが当然だろう。もちろん、ピオニーもそう思っていた。だが、長い間ためていた怒りは思いもかけないときに解き放たれた。人前でそんなことなど聞いて欲しくないと親友が目を逸らしていると、どうしても声をかけることが抑えられない。
「どうしたんだ、ジェイド。元気がないな」
 周囲の将軍や参謀総長も、皇帝がかける言葉にジェイド・カーティス大佐の方を一斉に振り向いた。
「陛下、とんでもありません」
 そう答える幼馴染の目がそれ以上言うなと訴えてくる。
「そうか。さきほどから口数少ないぞ」
「そういえば、カーティス大佐。ご意見を伺っておりませんでした」
 くそ真面目なマクヴァガンの倅が丁寧にジェイドに向かって頭を下げる。皆は知らなくても、上の空で会議を過ごしていたことなんてお見通しだ。
「お前が提案した軍の再編成についてだぞ。ジェイド大佐、遠慮せずに変更点について、もう一度意見を言ってくれ」
 ゼーゼマンの爺さんも食いついてきた。ますます、ジェイドが困惑した顔をしている。
「ジェイド、他に気になることでもあるのか。そういえば、この数日、お前の姿を見かけなかったぞ」
 彼が水を向けると、幼馴染は何か言おうとしていた口を再び閉じた。どうだ、ジェイド。本当に大切な者を失ったときの俺の気持ちが分かったか。その原因をお前が作ったことを知らないとでも思っているのか。今は、誰にも分かるほど、うろたえた目をしたジェイドが立ち上がった。
「陛下、すみませんが、体調が悪いので、本日はこれにて失礼します」
 思い切り悩めばいい。悩んで、悩んで、決して失なってはならないものだったという真実に気づけばいい。そして、それが二度と手に入らないという事実に絶望すればいい。そうして泣きついてきたら、俺が軍人の務めについて、冷静に語ってやろう。さすがにそこまではしないで、本当のことを教えてやるか。
 彼が一言言えば、幼馴染はたちどころに回復するだろう。だが、まだ教えるつもりはない。お前がうんと悩んで、俺の苦しみに近づくまでは、絶対に教えない。


「陛下ぁ、いつまでここにいればいいんですかぁ」
 クリームパフェをぱくついている少女は、機嫌よく部屋に入ってきた彼に文句を言った。
「もう、退屈しましたよぅ」
「もう少し、待て。せっかく、ここまでうまくいったんだ。きちんとジェイドに教えてやらないとな」
「陛下、趣味悪い」
 少女はくすくすと笑った。
「そうですよ。ピオニー、兄さんだって十分に反省していますよ」
「いや、あいつが泣き言を俺に言うまでは、絶対に駄目だ」
「ネフリー、陛下って意外と意地悪なんですね」
「そうね。ちょっと、逆恨みのような気もするけど」
「ネフリー、あいつは俺に国を担う者がそのようなことでくよくよするべきではありませんと説教したんだぞ」
「でも、陛下。ジェイドと陛下ではやっぱり立場が違うっていうか」
 アニスが首をかしげた。
「そうよ、ピオニー。それに私が最初の結婚を決めたのは、兄さんのせいってわけではありませんもの」
「いいや、あいつのせいだ。あいつが俺に直前まで黙っているから、こんなに回り道をして面倒なことになったんだ」
「兄さんは私に何度もそれでいいのかって聞いてくれたのよ。周囲の圧力に負けたのは、私なの」
「あいつはそういうやつだ。妹にはいい顔をして、俺のことは無視しやがる」
 どっちもどっちだなぁという顔をして、アニスとネフリーは顔を見合わせた。
 血の雨が降るような夫婦喧嘩のあげくの果てにアニスが家出を決行して一週間。さしものジェイドも、よもや皇帝陛下の部屋にアニスが匿われているとは気がついていない。 
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