拍手小話

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マッサージ

 炉の中で景気よく薪がはぜている。メガロフレデリカ・スパはさすがに設備が充実している。おかげで、夕食前には適度な運動ができ、ホテルご自慢の夕食の味はさらにおいしく感じられた。ほどよく疲れた体がじんわりと暖まると、瞼は自然に目を閉じた。
 ベッドの上でのそりと起き上がったアニスは、寝ぼけ眼で部屋を見渡した。味気の無いホテルの薄い水色の壁紙の前に、見覚えのある青と黒の色が目に入った。とたんに嫌な予感に襲われた。
「大佐、人の部屋に勝手に入らないで下さい」
 アニスはベッドの上で飛び起きると叫んだ。
「いえ、勝手に人の部屋に入っているのは、アニス、あなたでえす。ここは私の部屋ですよ」
 いつものように、大佐は邪気のない、それだけに彼女を憂鬱な気分にさせる笑顔を浮かべた。本当に本音を出さない男だ。あの間抜けなディストみたいに思いっきり陰湿に笑えばいいのに、とアニスは考え、それから、言われたことの意味に気づいた。
「どうして、大佐の部屋に私がいるんですか」
「あなたが私の腕の中で無防備に寝るからですよ」
「勝手に嘘つかないでよね、大佐。食堂で夕食すんだ後、ロビーの暖炉の前の揺り椅子にトクナガと一緒に座りました」
「それで、あなたがぐうぐう寝てしまうから。誰もあなたを運んであげる人がいなかったので、仕方なく私がここまで運んできてあげた訳です。アニース、感謝して下さい」
 大佐が再びにっこりと笑った。仕方なくとは良く言える。すでに共に行動を始めて数ヶ月。アニスだって、大佐がどんなことをしているか、ちゃんと分かっている。誰だって、この男の冷たい眼差しを浴びたり、ぐさりとくる嫌味を聞いたり、素敵なお仕置きが何か知ったりしたくない。だから、他の仲間は誰もアニスを部屋に運ぼうなんて思いもしないのだ。
「頼みもしないのに、勝手なことしないでよ。それに、私の部屋はティアと一緒のところだよ」
「ご心配なく、ティアには、あなたと私で一緒に寝ると伝えて置きましたから」
「……」
 アニスは怒りのあまり、大佐に向かって怒鳴った。
「いつもいつも、なんで、そんな誤解されるようなことを言うんですか」
「これからそうなるんですから、誤解ではないでしょう」
 大佐がアニスの脇へと入り込んでくる。
「えっと、これは乙女の危機……」
「そんなこと言って、私達の仲で今更じゃないですか」
「だから、誤解するようなことを言うなって」
 アニスの手をジェイドがいきなり引いた。アニスはされるままに、彼女の手を男の体の上に乗せた。うんざりしながら、明日はティア達がどんな顔で二人を見るのだろうとアニスは考えた。


「そう。アニス、上手ですよ。そう、もう少し強く。あ……。う、アニス、立派に一人前です」
 ジェイドのあられもないうめき声にアニスは手を止めた。
「ああ、アニス、止めないでください」
「大佐、いい加減、その変な反応、止めてもらえませんか」
「本当のことを言って何が悪いんですか」
「大体、アニスちゃんとトクナガを無料のマッサージ器扱いするの、やめてよね」
「人聞き悪いですね。ちゃんと、あなたの大好きな同人本、手を回して仕入れてきているのはこの私ですよ。グランコクマの部下に○○シティまで行かせたおかげで、私にその趣味があると思われたんですからね」
「大佐、大佐が主役を張れば、ものすごーい人気なんですよ。このアニスちゃんが保証します」
「それこそ、まっぴら御免です。私はピオニーとか、ルークとか、ガイとか、ましてや、ディストのお相手なんて、死んでもお断りです。何が嬉しくて、この私のような立派な軍人をネタに……。それを読みたいというあなたの気がしれませんね」
「大佐、乙女のロマン、全然分かってないですよぅ」
「これっぽっちも分かりたくありません。が、アニース」
 男が猫撫で声に変わった。
「そろそろ、私の願いを聞いてくださってもいいんじゃないですか」
「アニスちゃんだって、相手は選びますよ」
「今は真夜中。素敵なホテルの一室。しかも、ベッドの上。おまけに相手はマルクト帝国軍の師団長にして、花の独身。願ったりかなったりの素晴らしいシチュエーションではないですか」
 アニスが慌ててベッドから飛び出そうとすると、大佐がぐっと彼女の腕を引いた。
「皆さん、思わせぶりにして、私達がマッサージしているのご存知ですからね。今から何しても誰も疑いませんよ」
「大佐、犯罪ですよぅ」
「もとより、承知の上です」
「大佐……」
 アニスがあきらめたのか、弱々しく目を伏せた。とたんに、彼女の腕を握っていた腕が少女の顎を捉え、口付けを与えようとした。
「爪竜烈濤打」
「粋護陣」
 二人はベッドを挟んで体勢を立て直すと、向い合った。
「むむ、トクナガをうっかりあなたの側に放置したままでしたね」
「そうは問屋はおろしません。大佐、アニスちゃんのマッサージのおかげで、ずいぶんと動きがよくなりましたね。あやく、ファーストキスを奪われるところでした」
「残念無念。しかし、掠りましたね。ちょっと、檸檬シャーベットの味がしましたよ。デザート後は歯を磨いてくださいね。アニス」
「このぉ、セクハラ親父ぃ!  テメェ、ぶっ殺す!  斬影連旋撃」
「天雷槍」


「なあ、またジェイドの部屋で騒いでいるんだけど」
「ルーク、気にするな。あれはジェイドの旦那とアニスがじゃれているだけだ」
「その割にジェイドの目、本気だよな」
「ルーク、そこに気づくなんて、なんて成長して……」
「ティア、そんなことに感動している場合じゃないだろう」
「そのとおりです、ルーク。止めなくては、また、大佐が怪我をなさいますわ」
「ナタリア、ほっとけよ。ジェイドの旦那、アニスごときじゃやられないって。あれは、わざとアニスに看病させるための手段さ」
「そのとおりね。どんなに血を流していても、私の治療、受けたことないもの」
「そういえば、私もヒールをお願いされたことありませんわ。まあ、愛の神秘ですわねぇ」
「ナタリア、感動するところが違うぞ」
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