拍手小話

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上弦の月

 今にも崩れそうな古い遺跡から外に出た一行を迎えたのは、夜の砂漠だった。深く地中に穿たれた古代の遺跡は、中にこそ、廃屋や壊れかけた瓶にそこで生きていた人々の痕跡が残っていた。だが、地表の建物はすでに崩れて久しいらしく、倒れた柱が砂に埋もれているだけで、身を寄せられる建物など見当たらない。遺跡の入り口からは、下に向かって隙間から絶え間なく砂が流れ落ち、とても安心して過ごせたものではない。
 結局、一行の様子をつぶさに観察していたジェイドは、夜の移動は更に危険が伴うと判断し、遺跡脇の小さな砂丘の脇に野営を張った。ナタリアが砂だらけになりますわと悲鳴を上げ、ルークが寝るには固いとぶつぶつと文句を言いはしたが、さすがに我がままな王族達も移動すると言い張ることはなかった。
 導師を取り戻せたからか、何もしないでころがっている王族に文句を言うでもなく、アニスはてきぱきと砂漠を転がる乾いた草を集め、火をおこし始めた。ティアとガイがその勢いに押されるように、残っていた食料で簡単な食事を用意している。ジェイドは大人しく休んでいる導師の姿を確認すると、周囲の偵察を行うために野営地を離れた。
 細かな砂漠の砂が一陣の風に巻き上げられ、ジェイドの視界を遮る。こういうときは眼鏡があると助かると思いながら、彼は野営地を見下ろせる砂丘の上へと登った。遺跡からはやや離れているせいか、中にいたモンスターが出てくる気配は感じられなかった。周囲に生息しているであろう野生動物も急激に温度の下がる砂漠の夜を避けて、巣に戻っているのだろう。生き物の気配は何もない。もとより、人が近づくことのない遺跡には盗賊も用がないのだろう。彼の視界が届く範囲には何も危険なものはなさそうだった。
 砂丘の上から野営地がはっきりと見える。火が景気よく熾り、ティアとガイが小さな鍋を火の上にかけていた。横で我がままな赤毛の青年が寝転がっており、その横で気の強いお姫様が膝を抱え、青年に向かって何か論しているようだった。そういえば、火の番をしていたはずの少女が見えないと、ジェイドはじっと目を凝らした。小さな焚き火の明かりがようやく届くほど離れた場所に少女が立っていた。その先に少女の影が伸び、暗闇へと吸い込まれていく。
 何をしているのだろうと、少女が立っている先を追うと、暗闇に浮かぶ白い影が目に入った。仕えている少年が彼女の目線の先にいるのだろうと、ジェイドは見当をつけた。六神将に導師を奪われたことを少女はひどく気にしていた。ようやく出会えた主から目が離せないのだろう。導師らしき白い影の先は、茫洋とした砂漠の暗闇が広がり、その先は同じく真っ暗闇の天へと繋がっている。天と地の境目も分からない漆黒の宙に、レンガ色をした上弦の月が低く懸かっている。ときおり巻き上げられる細かい砂粒のせいなのか、濁った赤色の月は輪郭が滲み、今にも暗闇の中へと消えてしまいそうだった。それは、これから先に起こる出来事の予兆なのだろうか。
 遠く離れていたにも関わらず、ジェイドは息を殺して、二人の影を見守った。誰かに声でもかけられたのだろうか。歪んだ月を見上げていた導師がくるりと野営地の方へと振り向いた。とたんに、導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)である少女は主に向かって小走りでかけより、何か話しかけながら導師の横へと並び立った。二人は焚き火に向かって歩き出し、導師もアニスに何かを答えていた。とたんに、アニスが立ち止まり、導師に何事か訴えると、導師は首を横に振りながら、少女に向かって手を伸ばした。まだ何事か言い募ろうとする少女の手を少年が軽く引き、とたんにアニスが硬直したのが見てとれた。
 ジェイドはどうにか無理やり二人から目を逸らした。たわいもない子供達のやりとりに気を取られ、周りへの警戒を怠っていたことに、長年前線に立っている自分らしくもないと苦笑いをこぼした。無事に砂漠を抜けるまで、一行の中で唯一経験豊富な彼が気を抜いてはいけない。再度、周囲の様子を確認すると、ジェイドは砂丘を下り始めた。薄い月明かりに足元に頼りない自分の影が伸びた。誘われるように背後の空へと向かう彼の目に、先ほどよりさらに歪になった月が飛び込んできた。そのせいだろう。胸の中を今まで経験したことのない何とも苦いものが過ぎった。
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